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毒りんご

「多分これから、君も姉姫達もショックを受けることになる。ちゃんと覚悟はできてるか?」


 僕はルビーナに問うた。とても大切なことだ。

 この島の気風なんだろうけど、呑気すぎるからな。


「大丈夫。もしもの時のために精神安定剤おかしを用意してるわ。甘いものは心を軽くして、気持ちを落ち着かせてくれるのよ? 先生にもわけてあげるね」

「うわ、なにこれ……」

「なにその反応! ほんのりピンクで見た目も可愛いのに。蜂蜜とりんごの砂糖菓子、とても美味しいのよ?」


 ルビーナは悪意に疎すぎて、本当に王族なのか疑う時があるんだが……今まさに、ガラスの器から取り出した砂糖菓子は、僕の目には悪意の塊に映る。


「死ぬほど甘そうだね。ただでさえ丸いほっぺが余計丸くなりそうだから、食べない方がいいって、絶対」


 むぅ、とりんごのように頬を膨らませたルビーナの手から、砂糖菓子をやんわり叩き落として菓子器ごと没収した。

 なり振り構わず排除しようとしているのだとしたら、これはかなりの危険信号だ……。



「待たせたわね」

「遅くなってごめんなさい」



 タイミングよく到着した姉姫達に、控えていた侍女がお茶を用意する。

 この場所は、中央に位置しながら植物や噴水など遮蔽しゃへい物が多い。

 さらに到着と同時にテーブル周りを包囲する護衛の陣形が、完全に死角を作り出している。


 姉姫達の背後にそびえる噴水が視界を遮り、水音もあって、よほど大きな音でもなければ王宮には聞こえまい。

 開けているようでそれとなく隔絶された、後ろ暗いやり取りをするには最適な場所だ。

 

 ──黒い思惑が透け過ぎて笑いそうだよ。僕らを始末する気満々じゃないか。


「あら、マダムがいない?」

「僕が用事を頼んだんだ。後から合流するから、先に始めておいてほしいってさ」


 逃げないで来るかが心配だけど、もしもの時に備えて通信アイテムは持たせてある。問題ない。


「姉様たちが来る前に打ち合わせたのだけど、あたしが説明するのを先生がフォローしてくれるから」

「ルビーナは感情的だから、そっちの方がわかりやすくていいと思うわ」


 サンドラ姫にうながされ、表面上は穏やかに報告会は始まった。





「……それでね、血塗れのお姉様がね、鏡に映ってて、こっちに手を伸ばしていてね、髪飾りをぶちって……」


 ルビーナの説明は予想通り、感情が先行して要領をえない。僕はすかさず付け加えた。


「サフィリア姫はうつ伏せ状態で、目視では外傷の類は確認できなかった。表情や苦しみ方、吐血の感じからして内臓に深刻なダメージを負ったと考えられる。おそらく死因は毒だね。あの症状には覚えがある。

 使用された毒は『白雪の林檎』だろうな。有名な童話の姫の名を冠する、恐ろしい猛毒」


 ルビーナを含めた姫君達はしばらく呆気に取られていたが、僕の発言を徐々に理解して、悲しみ、困惑、怒りと三者三様の反応を見せる。


「先生、もしかしてあの鏡に描かれたりんごは、毒のことを伝えようとしてたの?」

「そんな恐ろしい毒を、誰が……? 離宮は食事の管理が厳しく、品物も検閲されて容易に危険物を持ちこめなかったはず。王族、特に王女であるわたし達なら検閲も甘いけれど……」

「エスメルの言うとおりだとしても、お姉様が消えたと思われる日の夜、王宮では夜会が開かれていた。わたし達を含め、王族は全員出席していたわ。誰にも犯行は不可能よ!」


 一斉にまくし立てられた僕は、薄く笑みを浮かべて一つ一つ質問に応えることにした。

 煽ってるみたいだって? わざとだよ。


「まずはルビーナ。あの鏡に描かれたマークは毒のことを示してる訳じゃない」


 サフィリア姫が遺したシンプルなマーク。

 今はまだ、その謎を解く時ではない。


「事前に読んだ離宮の資料によると、最初にサフィリア姫が倒れた地点のすぐ傍には、何も描かれていないキャンバスが落ちていた。地獄の苦しみの中、這ってまで鏡にメッセージを残したのはなぜだろうね?

 描くだけなら床にもスペースは一杯あったのに。そして、わざわざ髪飾りを外したのは、それが王家の紋章だったからさ」


 でも、こう言っておけばサフィリア姫の真意はともかく、犯人は王家に居ると思うだろ。


「次にサンドラ姫。あなた達にサフィリア姫の遺体を運び出すことは不可能だろうけど、あらかじめ毒を仕掛けておくことはできるんじゃないかな」

「……否定はできないわね」


 サンドラ姫が悔しそうに呻く。


「『白雪の林檎』の名前の由来は、りんごに似た独特の香りと強い甘みにある。資料には現場に置いてあったものも全て記載されていた。その中には、この菓子器と同じ物が含まれていたんだ。

 中味は蜂蜜とりんごの砂糖菓子。『白雪の林檎』を仕込むのに、これ以上ないほど打ってつけだよね。

 『白雪の林檎』を砂糖で固めたものを一粒だけ混ぜておけば、現場から他に毒は検出されない。いつになるかわからなくても、サフィリア姫が菓子を食べる時間さえ把握していれば、アリバイも作りやすい」


 この場にいる全員の視線が僕の手元、りんごの形をかたどる菓子器に集中した。

 エスメル姫は信じられない、と眉をひそめる。


「確かあのお菓子はルビーナが選んだけど……持って行ったのは、サンドラよね。それに『白雪の林檎』ですって? お姉様が描いた絵の偽りの作者名、“スノーホワイト”となにか関係があるのかしら」

「あたしの、お菓子のせいでお姉様が……!?」


 ルビーナは青ざめ、今にも卒倒しそうだ。だから覚悟しろと言ったのに。

 疑われていると思ったのだろう、サンドラ姫は僕のことを気丈に睨みつけている。

 

「誰が毒を盛ったのか、特定するのはとても簡単だ」


 僕は姉姫達に向けてガラスの菓子器を押し出した。


「さっき、ルビーナが食べようとしたのは僕が止めておいた。やましいことがないなら、あなた達も食べてみて」

「いいわよ。それで疑いが晴れるなら食べてやろうじゃない!」

「……」


 即座に身を乗り出したサンドラ姫と対象的に、エスメル姫は困ったような笑顔のまま動きを止めた。

 実の姉妹を殺すのを躊躇わず、見苦しい悪あがきで妹に濡れ衣を着せようと誘導した、毒りんごのような女。

 確認が取れたから、もう必要のない菓子器は引っこめる。


「エスメル姫……食べられる訳ないよね。だって、この砂糖菓子にも毒が仕込まれているんだから」


 その沈黙が答えだよ。




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