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残酷な真実

 許可をもぎ取った翌日。

 意気揚々と王宮を発とうとしたあたしと先生を、サンドラ姉様が釘差しに……じゃなくて、見送りに来てくれた。


「ルビーナ、遊びじゃないのよ。公子に迷惑をかけないように。はぐれて迷子にならないよう気をつけなさい!」

「小さい子じゃあるまいし、迷子になんかならないわよ!?」


 青みがかった深緑の瞳が印象的なサンドラ姉様は、一見垂れ目でおっとりしてそうなのに、実はとても気が強くサバサバしている。


 姉妹仲は悪くないけど、あたしはこの姉が苦手だ……。


 だってお金にがめつくて、お姉様が失踪する前からこそこそと絵を売り払っていたのよ?

 今では堂々としたもので、最近もあたしの大好きなりんごの木の絵を、遠い外国に高値で売ってしまった。

 立派な美術館に飾られた方が、絵もお姉様も喜ぶですって!


 悪い人ではない。でも、情が薄いというか、合理主義なのか、物に愛着がないの。


「わたし達が出した条件は覚えてるわね?」

「わかってる。姉様たちが選んだ護衛を連れて行け、でしょ。それに嫁入り前の身で、異性と二人きりにはならないこと。ちゃんと侍女も控えさせてる」


 二人きりでデート、なんてちょっぴり期待した時もあったけど。

 王族と賓客が二人で出歩けるわけないだろって、先生にも呆れられたもの。


「さらに追加で連れて行ってほしい人がいるの。きっとあなた達の役に立つわ。マダム・ステラ!」


 紹介されたのは、ワカメみたいな髪を垂らした陰気なおばさ……落ち着いた雰囲気の年配女性だった。

 黒いチューリップハットを脱いで挨拶した時に見えた顔は、そこそこ美人だけど目が死んでいる。青白い肌には生気も張りもない……。


 どうやらサンドラ姉様の後ろにずっといたらしい。

 明らかに怪し、いえおかしい、じゃなくて個性的な人なのに、異様に存在感が薄くて気付かなかった。


 え、この人も一緒に行くの?


「大陸の方では有名な霊能力者だそうよ。特に霊を使った人探しが得意分野なのですって」

「ただ、王宮にはサフィリア様の居所を教えてくれる霊がおりません」


 マダムが大きな水晶玉を取り出すと、胡散臭さが倍増する。

 あたしは思わず先生に耳打ちした。

 

「怪しいわね。本物なの?」

「僕の国でも有名だよ。──いろんな意味でね」


 いろんな、という部分が意味深過ぎる。

 サンドラ姉様、騙されてない?


「マダムならお姉様を見つけてくれる。……例えどんな姿でも」


 サンドラ姉様はお姉様が死んだと思っているのね……。

 藁にもすがる思いなんでしょうけど、なんだか悲しいな。


「いいわ! それでサンドラ姉様が納得するなら、彼女も連れて行く」


 必ず手掛かりを──生きたお姉様を見つけてみせる、とあたしは決意を新たにする。

 霊能力者なんてお呼びじゃないんだから。

 






 大所帯になったあたしたちは、細密な紋様を織りこんだ伸縮自在の魔法の絨毯で上空を悠々と進む。

 ……まさか空飛ぶ絨毯が実在するなんて思わなかった。


 本当は王宮の馬車を使用する予定だったけど、狭い空間でガタガタ揺られると気分が悪くなるって、先生が貸してくれたの。


「ここにもサフィリア様の居所を教えてくれる霊はおりません」

「こんな所でまでやめてよ……」

「ある意味天国に近い場所だからじゃない?」


 軽い掛け合いをしながら、侍女が差し出すお菓子を食べる。

 初めての空の旅はとても快適だった。

 温度管理は完璧で、絨毯が強風にあおられることもなく、眺めは最高。

 確かに、この心地良さに慣れたら馬車には乗りたくないわね。


「あたしの国と先生の国、なんで文明の水準にこんなに差があるのかしら?」

「ここが閉じられた場所だからさ。神族を信仰する国は文明が停滞する場合が多いんだ。外敵からは守られて、豊かな恵みが約束されている。暮らしに困らないから発展も遅い。良くも悪くも、技術の進歩には貪欲さが必要なんだよ」


 日除けの下、素顔をさらした先生は可愛らしい顔立ちなのに、その表情は大人の男のもの。

 彼の国は古くから悪魔との激戦区で、ぬくぬくと育ったあたしとは経験値が違う。


「僕の国は昔から神族を信仰していない。この国でいう“悪魔”や侵略者には自力で立ち向かってきた。皆で力を合わせて生き抜いてきたから、向上心も同族意識も強い」

「なんで神様に守ってもらわないの?」


 君は本当に何も知らないね、とでも言うように先生は嗤う。


「ここの神は統治に無関心みたいだけど、神族トップの気まぐれの方が悪魔や犯罪より遥かにヤバい。悪魔の被害のレベルを台風とすれば、神族の降臨は百年に一度の大地震……いや、隕石衝突かな? 

 とにかく突発的な大災害レベルだ。神族は総じて気まぐれで享楽的、理由もなく戦を起こしたり、生贄を求める者までいる。そんな輩に大切な家族や自分の命を預けられるかよ」


 先生やその従者は真剣な表情なのに、こっちの護衛や侍女は神様なんているわけない、と呑気に笑っている。


「どんなに対策を練っても犠牲はなくならない。守りたいものがあるから、僕は優秀な人材がほしい。上に立つ者の役目として、いずれは前線で戦い、指揮する立場になる。

 家柄だけの若輩者には誰も従わないだろ? 信頼関係ってのは簡単には築けないから、今の内に足場固めをしておきたい。父上が外交を任せるのも僕個人の人脈を作るため、修行の一環さ」


「難しいわね。手駒……忠実な部下がほしいってこと?」


「違う。ほしいのはともに戦う仲間だ。軽んじられた者は裏切る。一方的な搾取は必ず手痛いしっぺ返しを食らう。大切なのは協力だよ。僕が君に手助けを申し出たように、助け合う気持ちが肝要なんだ」

 

 不意打ちの笑顔に、ドキっとしてしまった……。

 あたしのことも仲間だと思っていてくれてるのかな?

 実権のない第四王女でも、あたしだって先生の力になりたい。


「…………手助けは投資と同じ。恩はいくら売っても困らない。利用することになったとしても、見返りは必ず用意する。そうしておけば、おいそれとは手を切れなくなる。情けは人のためならずだよ」


 先生の呟きは小さすぎて聞き取れなかった。

 なぜかしら?

 蟻地獄や底なし沼のような、抜け出せない深みに片足を突っこんでしまった気がする……。

 



       (┴)(┴)(┴)




 何代か前に洒落者の王が建てた離宮の内装は、百合と三日月をモチーフに白と銀で統一されている。

 封鎖されたフロア、その他の部屋を簡単に調べたあと、絵のなくなったギャラリーを通り、あたしたちは問題の部屋の扉を開けた。


 まず視界に飛びこむのは、色味がないからこそ際立つ、生々しい血だまりの痕跡……。


 乾いてはいるものの、バケツでぶちまけたような大量の血液が床を浸食し、血飛沫は壁の紋章にまで届きそうだ。

 昼間だというのに薄暗い部屋の奥、大きな鏡には血で描かれたりんごがポツンと浮かび、得体の知れない不気味さが漂っている。


「血液は空気に触れたら酸化して黒ずむのに、まるで今流れたみたいに鮮やかな血の色だな」

「お姉様の定着液のせいよ。いくら拭いても消えやしない。そのせいで余計に呪いだなんて言われてるの」


 侍女たちは怖がって入り口から離れようとせず、気のせいか護衛陣の顔色も冴えない。

 そんな中、マダムだけがズカズカ進み……いきなり血の中心にダイブした!?


「ちょっ!?」

「ここには霊の気配を感じません。サフィリア様もおりません」


 横になったまま首をかしげるマダム。

 大量の謎の血はとにかく不安をかき立て、甘い見通しを挫きにかかる。

 腐っても一応霊能力者の断言に、あたしはすこし安心したの。

 


「ボーっと突っ立ってないで、君も早く家探ししなよ」

「言い方が悪い! ていうか、なんで二人とも平気な顔してるの!?」

「別に血なんて見慣れてるし」

「死はいつでもワタシの傍にあります」


 島の外ってどんだけ物騒なのよ……。


 内心ドン引きながらも、あたしは気持ちを切り替えて手掛かりを探す。

 鏡の周辺を調べてみるが、隠し通路らしきものは見当たらない。

 それにしても、このりんごの絵は何なのかしら?


「この鏡は僕の絨毯と同じく、アート・マジックアイテムで有名な大手メーカーの『童話メルヘン』シリーズの一点物だね。ちなみに亡き正妃様のご実家だよ。

 時間が経ってて微妙だけど……鏡に描かれた記号マークを触媒にすれば、当時の状況を映し出せるかもしれない」


「そんなことできるの!?」

「映し出す機能に特化した鏡、姫直筆と思われる念のこもったマーク、強い動力源と条件が揃っているから、多分」


 先生は臆することなく鏡の前に立ち、手をかざす。


「鏡よ鏡、在りし日の残影を映し出せ」


 眩い光を放つ鏡から先生の姿が消えて、入れ替わりに血塗れで倒れたお姉様のアップが映し出される。

 

 ひっ、と侍女が息を飲む声がやたらと鮮明に聞こえた。


 今も尚残る血の跡は全てお姉様の……?

 嘘よ。きっと、お姉様はどこかで生きているはず……!

 混乱するあたしを嘲笑うように、映像は進む。



 見開いた瞳から涙を、唇からは血を垂れ流した苦悶の表情のお姉様。

 鏡に伸ばした方とは反対の手で引きちぎるように髪飾りを掴み、必死に何かを訴えかけていた。


 

『こ……伝わ……おねが、……は……みつ……きづいて…………』



 苦しげに、ぱくぱくと口を動かしていたお姉様の目の光が消えた……。

 かくんと頭が下がり、力なく血の海に突っ伏して。

 それっきり、お姉様が顔を上げることはなかった……。


「もうやめてぇ!!」


 耐え切れずに顔を覆ったのと同時に鏡は灰色に濁り、お姉様の姿も消える。


「映像はここで終わってるね。残念だけど、サフィリア姫は────」


 それ以上は聞きたくない。

 頭がくらくらして、立っているのも辛くなる。

 あたしは現実から目を背けて、逃げ出したの……。

 

 


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