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希望の先の絶望

 想いあう関係というのは、なぜこんなにも甘美で充足感をもたらすのだろう。

 何も考えずにがむしゃらに働いたり、無為に享楽にふけっていた数百年よりも一分一秒が濃厚で、何倍も価値のある時間を与えてもらった。


 いろんな女と遊んでいた頃は元より、サフィリアと出会い、恋を自覚した時すら自分優先だったオレだが、彼女の苦悩を知ることで変わったと思う。


 愛する人に尽くす喜びを、オレはサフィリアに教わったんだ。



 




「……なんでもっと早く誕生日を教えてくれなかったの? サプライズパーティーしたかったのに!」

「ごめんなさい。まさか関係が続くと思ってなくて、聞かれるまですっかり失念してた」




 当人は忘れていたが、あと四日でサフィリアは十九歳になる。


 離宮暮らしが長いせいで、彼女は誕生日を祝うという感覚をなくしていた。

 今までの分を取り返すくらい、盛大に祝ってやりたかった。


 恋人になって初の誕生日だから……と考えて、不意に実感する。

 次の年には、もうサフィリアはいない。

 今度が二人で過ごす最初で最後の誕生日になるのだと。


 そんなの、嫌だ……。


 生を諦めて物欲さえ手放した彼女を、もっともっと甘やかしたい。まだこの先も、これからもずっと願いを叶えてやりたい。

 サフィリアを看取ると心に誓ったのに……してやりたいことが山ほどあって、胸が締めつけられる。


 辛い気持ちを表情に出さないように懸命に努めた。

 サフィリアは秘密を全て打ち明けて、ようやく心穏やかな笑顔を見せるようになった。

 散々苦しんできた彼女の心を、みだりに荒らしたくない。

 



「なにもいらないわ。強いていうなら、またりんごを二人で食べたいかな?」


 

 りんご。そうだ、もしかしたら。

 彼女のささやかな願いを振り返っていたら、ある天啓が降りてきた。


 一縷いちるの希望、神界にのみ自生する“黄金の果実”の存在を思い出したんだ。

 それは人間はおろか、眷族である神獣にすら下賜されることのない、特別な神の妙薬。

 信仰を失って弱体化した上司が、二百年ほど前にかじっていたのを一度だけ見たことがある。



────弱った神にさえ力をもたらす果実なら、サフィリアの命を救えるんじゃないか?



「私が死んだら、遺体は一緒にストロベリームーンを見た、あの三日月の島に埋めてほしい」


 オレは来年もまた、二人でストロベリームーンを見たいよ。



 サフィリアのいじらしい想いが決意を後押しする形になった。

 直属の上司に会う用事があって、しばらく神界に戻らなければならないと、さも決まっていたかのように告げる。

 本当は会話の流れで突発的に閃いたのだけど。


 上司は……いや、全ての神々は神獣を道具としか思っていない。

 下手したら消されるかもしれないが、構わないね。

 オレは自分よりもサフィリアの方が大切だ。

 彼女の命を長らえるためなら、いくらでもこの身を捧げよう。


 本能的な恐怖は湧いてくるが、軽口を叩いて自分を鼓舞する。

 ……サフィリアに悟られてはいけない。

 オレの身を危険にさらしてまで延命しようなんて望まないだろうから。


 それに待ってると彼女は言ってくれたが、決して目を合わせようとしなかった。

 意外と悲観的ネガティブなサフィリアのことだ。

 こじらせて思い詰めて心臓に負担をかけそうで怖い……。


 膝枕しながらオレの頭を撫で続ける彼女の手を取り、引き寄せる。

 

「愛してるよ。サフィリア」


 必ずキミの元に返ってくると、想いをこめて手のひらにキスをする。覚悟はとうに決まっていた。


 命懸けのサプライズ、必ず成功させてみせるさ。




       ☆彡 ☆彡 ☆彡




 結論から言うと、上司への直談判は失敗した。


 ……あの野郎、オレの嘆願をろくすっぽ聞かずに一蹴しやがった。

 それでも引き下がらずに食らいついて説得を重ねたが、全てが徒労に終わる。


 サフィリアに時間がないこと。神の奇跡を示せば信仰を集めることができると、必死に慈悲を乞うた。

 オレは遊んではいても島の守りを疎かにしたことはない。

 数百年の働きの報酬として、黄金の果実を一口でいいから分けてほしいとプライドを捨てて額づいた。


 しかし上司あいつはおこがましいと、聞く耳を持たない。


 ……島の守りなんてどうでもいいそうだ。

 ほどよく閉鎖された国土、人間を飼うには丁度良い環境だったがもういいと。


 人間ごときにおもねるぐらいなら消滅した方がマシ、とまで言い放ち、どんなに離れてもオレと島にあった繋がりを、守護の任務をあっさり断ち切って。


 オレの数百年はなんだったんだ?

 呆然とするオレに、お決まりのセリフが吐かれる。


 “お前なんて代わりはいくらでもいる。

 ノルマも守れない、人間の女に血迷った道具なんてもういらない”

 



 …………わずかに残っていた神々への畏敬は完全に消え失せた。

 追放処分になったオレは、神界の最奥にある禁域へ侵入する。


 たわわに実るりんごによく似た果実を求め、幹も枝葉も根に至るまで黄金でできた大樹に触れた瞬間、神罰にこの身を引き裂かれたが……神の目を欺いて果実の一カケラを手にすることに成功した。


 ついでに、部下の監督不行き届きで元・上司も懲罰を食らってざまあみろだ!


 神々に確実に死んだと判断されるくらいの大怪我を負い、自慢の顔にも一生消えない傷が残る。

 でも、それがどうした? むしろ勲章のようで誇らしいじゃないか!


 他にも代償として力と寿命の大半を支払ったが、サフィリア一人を守れる力があればいい。

 寿命が減るのも好都合さ、彼女と同じ時を重ねることができる。


 オレは何も失っていない。これでサフィリアを救うことができるんだと、喜んだのに。


 誕生日に間に合うように、休息も惜しいと急ぎ戻ったオレを出迎えたのは、血塗れで倒れ伏すサフィリアの亡骸だった…………。

 




 

 認められない。認めたくない。


「……嘘だよね、サフィリア?」


 ぬくもりを無くした彼女の体を、震える手で抱き寄せる。

 なんでこんなに軽いんだよ……。

 乾き始めた血のこびりつく顔には苦悶の表情が貼りついて、涙の痕跡が残る白い頬が痛々しい。


 おびただしい量の血。這いずった痕。どんなに苦しかっただろう。

 いつものように左手を掴んでも、赤黒く染まった指先を絡めても、彼女から握り返されることはなくて。


「誕生日プレゼントに特別な果実を持ってきたよ。サフィリア、受け取って。お願いだから目を開けて……」


 大切に仕舞っていた果実のカケラを噛み砕き、口移しで流しこむ。一滴たりともこぼさないように、慎重に。


 ……残りの寿命を全部サフィリアに譲り渡してもいいから。

 もう一度名前を呼んでよ。オレを見てよ。……愛してるって、言ってくれよっ!!??




 本当は、わかっていた。

 いくら神の果実でも、すでに命を失ったあとでは奇跡を起こしようがない。


────サフィリアが目を開けることは二度とない。





「う、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 止まらない慟哭。オレはサフィリアの体を力一杯抱きしめ、ひたすら泣き続けた…………。




 どれくらい泣いただろうか。


 サフィリアをこのままにしておくのは忍びない。

 オレは浄化の光を宿した手で彼女の顔を撫で、定着していた血と苦痛の名残を消す。

 まるで眠っているような安らかな表情を見ていると、また涙がこみ上げてきた。

 

 可哀想なサフィリア。孤独にさせないと、最期まで傍にいると誓ったのに一人で逝かせてしまった……。


 二人で過ごした時間は一年にも満たず、想いが通じあった期間はもっと短い。

 けれどサフィリアこそがオレの全てになっていた。


 ……すこしでも長く彼女と居たいと夢を見たことが、行動したことが罪なのか?

 あとすこし早く、息がある内に戻れていたら。

 もしもオレが傍を離れなければ、守れたかもしれないのに。


 体の傷よりも、喪失感と激しい後悔がオレをさいなんだ。



「すまない。キミを置いて神界になんて行ったから……」


 じきに朝日が昇る。

 三日月の島が海に沈む前に、彼女との約束を叶えなければ。

 最期にもう一度だけ唇を重ねて、立ち上がる。

 氷のように冷たいキスは、血と甘い果実、そしてかすかに蜂蜜の味がした。



 サフィリアを抱えて大鏡を通り抜けようとして、オレは鏡に映ったある事実に気づく。


 だらりと下がったサフィリアの右手が何かを握りしめている。


 そっと取り出すと、それは彼女がいつも大事そうに身につけていた髪飾り──王家の紋章だった。

 そして、大鏡の隅には血で描かれた赤黒いりんご。


 死の淵でサフィリアが遺したメッセージ……蜂蜜、王家の紋章、りんご、バラバラのピースが一つに繋がる。



「サフィリア、キミは妹に殺されたのか?」


 噛みしめた唇から、血が滴る。


 こんな最悪の裏切り……絶対に赦すものか!! 

 彼女が味わった以上の苦痛と絶望を刻みこんでから、惨たらしく殺してやる!!

 

 サフィリアがメッセージを遺したのだって、犯人を見つけて欲しいからに違いない。

 サフィリアの最期の願いを叶えてみせる。

 例え彼女の身内だろうと──いや、身内だからこそ、必ず報いを受けてもらう!!



 我を忘れるほどの怒りと憎しみで頭がぐちゃぐちゃになる。

 神を裏切り、復讐に狂ったのだから守護神獣ではいられない。

 …………傷のせいだけでなく、大鏡の中のオレは醜怪な化け物のようだ。


 自分の美貌が、美しく装うのが好きだった。

 でも、そんなものはもうどうでもいい。

 今のオレには復讐しか残されていないのだから。




       ★彡 ★彡 ★彡




 サフィリアを埋葬してからしばらく経ち、ある噂が島に蔓延するようになった。


 オレが任を解かれ、力を失ったことで守りが緩んでしまい、建国以来、初の津波で被害が出たせいである。

 守られるのに慣れた島民達は原因を求め、『忘れられた王女』の呪いだと恐れた。



 サフィリアは大量の血の跡を残し、療養先から消えたことになっている。

 不可解な失踪が離宮の使用人から漏れ伝わったのだろう。

 おぞましい儀式を行って、清廉な白百合姫は黒百合の魔女になったという妄言を誰もが信じた。



 …………はらわたが煮えくりかえるかと思った。



 描いた絵を見ればわかるだろ。

 サフィリアが島を呪うなんて絶対にあり得ね-。

 あんなに島を愛していたのに、島民が彼女を貶めるなんて!



 ……絵といえば、サフィリアの死後、離宮から持ち出された絵は別人が描いたことにされていた。


 王家は彼女の生きた証である絵を高値で売りさばき、利を得ているにも関わらず、サフィリアの名誉を守らない。

 むしろ積極的に噂を煽って、都合の悪いことを全部押しつけているようだ。



────いっそひと思いに、残された力を使い切ってでも、島ごと王家を葬ってやろうか?

 

 かろうじて踏みとどまったのは、記憶の中で彼女が楽しそうに絵を描き、愛しげに妹の思い出を語っていたから。


 サフィリアを愛しているから双子島を滅ぼしたいぐらい憎んだ。……愛しているからこそ、この地を守り続ける。



 オレは力を蓄えながら復讐の時を待つ。

 三人いる容疑者いもうとの中で誰がサフィリアを殺したかは、すでに特定している。


 すぐにでも殺してやりたいが、まだ我慢しなくては。 

 限界まで追いつめ全てを奪って殺すつもりで、そのための下準備を進めているんだ。

 覗きこんだ水鏡に憎悪に歪んだオレの顔が映る。


「サフィリア、死んでもキミを愛してるよ?」

 

 義務ではなく、守りたいと思ったのは後にも先にも彼女だけだ。こんな島に未練はない。


 寂しがり屋のサフィリア。

 待っていてくれ。全部終わったらあの三日月の島に、キミに会いにいく。


 ……今度こそはずっと傍に居させてほしいな。

 

 

 


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