第73話 ルーナの物語 ルーナ海に感動する
旅を続け、芽の季節に入り気候も良くなり、食糧の確保は幾分容易くなった。が、ルーナは更なる問題に直面する。
先ず最初に、塩が無くなった。元々家にあった物を持って来ていただけの為、そんなに量はなかったのだ。
そこから後は、味気ない食事が続いている。
そして、暖かくなると、今度は雨季に入り毎日のように雨が降り続く。
木も枯れ草や枯れ葉も湿気を帯び、火が起こせなくなった。ルーナは仕方なく食材を生のまま食す事になった。
干し肉も上手く作れず、時には傷んだ食材を口にし腹を下した。
火を通せば食べられる野草も生のままだと毒性を持つものもある。知らずに口にして、激しい腹痛や体の痺れ、発熱、倦怠感等を惹き起こす事もあった。
そして、最も問題だったのは、モンスター避けの結界魔道具が使えなくなってしまった事だ。
冒険者や狩人等、野外で睡眠を取る事のある者にとってこれは無くてはならない物。
これ1つで凡そ95%の獣やモンスターが近付いて来なくなる結界魔道具。
この世界において、野外でこれが無いということは睡眠時等の無防備な所を襲われる可能性が飛躍的に高くなるという事。
ルーナはもう何日もまともな睡眠が取れていないのだ。
川沿いの高い木に上り枝の上で木にしがみついて眠るが、其所もそれほど安全ではない。山や丘の横穴を見つけ入り口に枝や土を盛って休むのが1番安全なのだが、川沿いを進んでいるため、滅多にそんな場所は見付からない。
食べれず、眠れず、日々疲労も蓄積される。ルーナは自然の中で生活する本当の厳しさを体感した。
しかし、この厳しい生活の中でルーナはとてつもなく大きく成長する。
日々の食糧事情で食糧確保や毒のある植物の選別を、危険に身を置くことで、気配察知の能力や周囲を観察する目を身に付け、外敵との戦闘を繰り返す事で武力を身に付けた。
それと本人は気付いていないが、様々な状態異常に対する耐性も得ていた。
代わりに、誰とも会わない生活が続いた為、言葉を発し感情を表に出すといった、人間ならごく普通に出来る事は少しずつ出来なくなっていた。
海に行くという目的と、両親への想い。ただ日々を生きるという生存本能。旅自体には喜びも悲しみも何もない。
山を越え、谷を渡り、時には流され、海を目指す。
━━旅を始めて2年が過ぎた頃、ルーナは表情を失い、感情の表現方法を忘れ、言葉の発し方を忘れた。
そして、村を出てから2年と200日が過ぎたある日の夕方。
『……嗅いだことない匂い……あっちの方から』
沿って歩くその先から今までに嗅いだことのない不思議な匂いがしてきた。
それは決してこれまでに経験した、嫌な匂いや危険な臭いではない。
『ひょっとして海?』
まだ川の終わりは見えない、しかし、川の先から漂ってくる嗅いだことのない不思議な香り。
ルーナは走り出した。
進むごとにその香りは強くなっていく。
━━やがて川が終わり白黄の砂地が広がり、何処までも続く水溜まりが見えてきた。
『海? ……これが海?』
ルーナは走るのを止め……ゆっくり、波打つ砂浜を歩き、やがて足が止まる。
夕陽に照らされキラキラと朱金色に光る海。ゆったりと押しては返す白い波と穏やかな波の音。鼻を擽るような心地好い潮の香り。
全てが始めての経験だ。
『お父さん……お母さん……海だよ。やっと海に来たよ』
ルーナは首飾りをぎゅっと握り締め海を眺める。
すると、何故か━━すーっと、静かに頬を涙が伝った。
もう、嬉しいのかも悲しいのかも判らない。でも何故か涙が止まらなかった。
ルーナは涙をぬぐい、マジックバッグを下ろし、靴を脱ぎ、波打ち際を歩く。
押してくる波に混ざって砂がルーナの足を擽る。
『ふふっ、擽ったい……』
久しぶりに警戒を解き、ただ波と砂が足を擽る感覚を楽しむ。
そして、海水を手ですくい口に運んだ。
「ぶっ! ……から…い」
ルーナは驚きのあまり口に含んだ海水を吹き出した。
もう頭の中は「???」で、一杯だ。
『塩水? これ全部?』
もう一度水を口に含むルーナ。
今度は口に入れた直後「だー」と吐き出す。
『やっぱり塩が入ってる……誰がこんな事を……?』
誰が入れた訳でもないのだが、そんな事を知らないルーナは誰かのイタズラだと勘違いしていた。
場所を10mほど移動しては水を口に入れ吐き出す。
それを数回繰り返し、元の場所に戻ったルーナ。
『……何処の水を味見しても塩の味がする』
ルーナは海の水は塩辛いものなんだと理解した。
この日はここにとどまる事を決めたルーナ。
早速、ご飯の支度をする。
『そうだ! この水を使ったら美味しい煮込みが出来るかも!?』
ルーナは鍋に海水を入れマジックバッグから取り置きしていた野草や木の実、干し肉を取り出し鍋に入れ煮込んだ。
出来上がった煮込みを口に入れると━━
「辛…い」
━━やはり塩辛かった。
水袋に入れておいた川の水を足し、ようやく丁度良い塩加減の煮込みが完全。
久しぶりの味付き煮込みを堪能し、満足したルーナは昔を思い出しながら波打ち際に向け足を伸ばし、仰向けになって空を眺めていた。
すっかり日も暮れた頃、ルーナは足裏にピチャピチャ当たる水の感触を感じた。
『あれ? なんで水がここまで?』
不思議に思いながらも荷物を持って波打ち際から距離を取るルーナ。
暫くするとまた自分の居る場所まで水が押し寄せてくる。
これを繰り返し砂浜から出た頃、やっと押し寄せる水に限界が来たようだ。
『不思議だな……夜になると水が増えるんだ』
別に夜になると増える訳でもないのだが、この時のルーナはそんな事は知らなかった。
始めて経験する海の不思議を楽しみながらルーナは一夜を明かした。
『今度は何処に行こうかなー? お父さん、お母さん、何処が良い?』
1番目の目的地、海にたどり着いた事で久しぶりに楽しいという感情を思い出したルーナは心の中の両親と相談しながら次の目的地を模索するのだった。




