第七話「推理ショー」後編
エレナ・ローランが寝室に居たことを自白した今なら、ハリー・ローランを殺害したトリックを突きつけてやる!
「そこまで言うのでしたら、聞かせて頂きましょう。私が夫を殺害したということが証明できる『証拠』と『殺害方法』をね」
「良いでしょう。では、順を追って解きます。まず、彼が密売に既に気づいていることが分かっていた貴女は、口を封じる手段を考えていた。そこで、外部の人間が屋敷に侵入し、ハリーさんを刺して、凶器のナイフ共々行方不明のまま終わる。そんな計画だったのでしょう。問題は成立させる為の『殺害方法』です」
俺は事前に準備していた鑑識の調査結果報告書、ジャン・フォートから借りたデジタルカメラを食堂のテーブルに並べる。
「殺害方法は単純、背中を向けたハリーさんをナイフで刺すだけです」
「フフフッ、それでは誰でも犯人が成立するのではなくて?」
「確かにその通りです。ですが、貴女が犯人であればこそ、事象が全て成立するのです。一つ、貴女が先程自白した、寝室でハリーさんと居たこと。少なくとも、コレク・ショーン以外の方は貴女より後にハリーさんを訪ねています。二つ、ハリーさんが背中からナイフで刺されていたこと。これはハリーさんが刺される前まで相手に背中を向けていたことを証明します。信頼している人でなければ、警戒心でなかなか向けられるものではないはずです。最後に、そのナイフを使用出来たのは貴女しかいないからです」
「確かに、南野さんの推理でしたら、私が一番当てはまりますわね。ですが、お忘れですか?殺害に使用されたナイフは、歩ちゃんが握っていたのですよ。彼女にも心を許していたのではないかしら?」
俺はテーブルに並べた鑑識の調査結果報告書をつまみ上げ、エレナ・ローランに見るようにして話を進める。
「それは違います。鑑識の遺体の調査結果、ハリーさんは二度ナイフで刺されていました。それもそれぞれ違うナイフでです」
「……一つは歩ちゃんが握っていたじゃない。もう一つのナイフも、鑑識の目が届かない場所に隠して見つからないようにしたのではないかしら?」
「それも違います。隠そうとしたのも貴女です。そのナイフこそ、貴女にしか使用出来ない『証拠』になります」
「では、そのナイフは何なの!何処にいったのか教えなさいよ!」
「『氷のナイフ』です!」
声を荒らげて立ち上がるエレナ・ローランにさらに追い打ちをかけるように即答した。彼女の目が大きく見開いたように、歩や皆も同じく驚く表情をしている。だが、まだエレナ・ローランの反論は止まらない。
「……氷のナイフですって?ナイフが隠されたからって勝手な凶器と作り話をしているんじゃないの!」
「いいえ、貴女が凶器を溶かして隠そうとしたのです。『証拠』もバスルームの洗面台にありました。それが、排水口に血が洗い流されたような後が残っていた理由です」
「!!」
エレナ・ローランの表情が口を開いたままの状態で固まっていく。俺は、さらにエレナ・ローランを『証拠』で追い詰めるため、ジャン・フォートから借りたデジタルカメラの写真を見せる。
「氷のナイフは元々、離れの倉庫にある『氷の像』と一緒にありました。その証拠にジャン・フォートさんがハリーさんと貴女、コレク・ショーンの4人で作品を見に行った時に撮った写真です。この時には氷のナイフは倉庫にありました。しかし、事件が起きてから鑑識が倉庫を調査した結果報告書では、氷のナイフはありませんでした。それは、4人で作品を見に行った時、既に氷のナイフを貴女が持ち去っていたからです」
「……」
エレナ・ローランは静かに席に座り俯いていく。
そこに歩が近寄り、俺に疑問をぶつけてくる。
「でも、どうして私を犯人にしようとしたの?」
「それは、ハリーさんが二度刺されていた事が証明してくれているさ。氷のナイフでハリーさんを刺して殺害。溶かして証拠隠滅で終わり。のはずだったが、刺された時にはまだハリーさんは生きていたんだ。しかし、氷のナイフはバスルームの洗面台で溶かしていた為、慌てたエレナさんは咄嗟に寝室にあった食堂のナイフで刺してしまった。そして問題は凶器が隠せなくなった事だ。では、どうすればいいか……」
「犯人を仕立て上げるってこと……?」
「そういうことさ。エレナさんは、ハリーさんを二度刺した後、庭園に戻り、酔った歩を殺害現場の寝室にそのまま連れ込み、ベッドに寝かした。最後に二度目に刺したナイフを泥酔している歩の手に握らせたんだ。それが、二つ目のナイフの証拠さ」
「ちょっと待ってください。では、私が寝室に伺った時に返事をした、ハリー様の声はどうなるんですか?その時既に亡くなっていたのなら聞けるはずがないです」
ペティーさんが力強く割り込んできた。
控えめな彼女からの力強い割り込みだが、その謎は既に突き止めてある。
「それはレコーダーの一部分を流して、そこにハリーさんが居る様に仕掛けたんです。ペティーさんが聞いた機械の様な声の答えがそれです」
「で、でも、レコーダーは今、美麗さんが持っていたじゃないですか?」
美麗さんが再びレコーダーを手に取り、中から音声を記録していたSDカードを抜き出して全員に見せる。
「これは、ハリー・ローランの書斎にあるパソコンに残されていた音声データです。彼は、もしもの為に、パソコンで音声記録を残していました。それを私に事前に伝えて頂いてたので、『証拠』として回収しました」
「エレナさん、今も持っているのでしょう?書斎室に隠していたレコーダーを。それが犯行現場で使用できたのは真犯人だけですから」
「……ここまでね」
エレナ・ローランゆっくりと顔を上げてつぶやいた。
その顔は追い詰められたにも関わらず微小な笑みをしている。
「アハハハッ!やっぱり、悪いことはするものじゃないわね」
「犯行を認めますね?エレナ・ローラン」
「ええ、そうよ。私が殺したのよ!チッ、彼がこんな近くに国際警察の雌犬と組んでいたなんて……」
「エレナ・ローラン、ハリー・ローラン殺害で現行犯逮捕する」
先輩が手錠を出しながらエレナ・ローランに近づき両方の手にかけた。実際に見る逮捕の瞬間は悲しさや虚しさ……何とも言えないものだ。
「そして、コレク・ショーン!貴方は、違法取引及び密売で現行犯逮捕します」
続けて美麗さんがコレク・ショーンの両手に手錠をかけて逮捕した。人生で二度と経験したくない『推理ショー』とも言える時間が終ろうとする。真犯人も捕まえたし、これで殺人事件もひと段落かな?絶望的な顔をしている歩に俺は取り合えず声を掛ける。
「なにしけた顔してんだよ。約束通り、真犯人を見つけてお前の『無実』を証明したんだぜ?」
「……ぐずっ」
「ったく、たとえ親戚だろうが何だろうが、人を殺めた事は絶対に許されない。お前の超絶幼稚な頭でも、それくらいわかってるだろ?」
「……う……しゅう」
「ん?何て言ったんだ?」
「容姿端麗、成績優秀!富豪令嬢に向かって、説教染みた言葉を言ってんじゃないわよ!」
バチッ、ドスッ、ボコッ!
逆切れ全開の歩の暴行は収まるまで止まらない……暴言も止まらない……俺はサンドバックじゃねーぞ!
そこに先輩が手錠を掛けたエレナ・ローランを連れてきた。
「どうやら、知能レベルが底辺だったのが幸いで、メンタルにもダメージはなさそうだな」
「うっさい、めがね!さっさとその女連行しなさいよ!」
ほんの数時間前はお姉さまとか言ってたのに……女って割り切るの早すぎて怖えぇぇ。
先輩に連行されるエレナ・ローランが去り際に歩に言葉をかける。
「一言謝りたいの。ごめんなさい、歩ちゃん」
「……早く去って……ください」
「そうね……あと一つだけ、先代から頂いた首飾りのロケット、今回は着けてこなかったのね」
「え?あれは、大事な行事以外、旅行やプライベートでは滅多に着けないよ……でもあれは、御金家だけの秘密の頂き物なのにどうして知ってるの?」
「そう……コレク・ショーンが密売の条件に貴女のロケットを盗んで渡す契約を持ち掛けてきたのよ。何故かは教えてくれなかったけれどね。結果的にあの男の目的も潰した感じかしら」
「ふむ……窃盗も考えていたとはな。詳しい話は警察で聞かせてもらおう。
人を殺した罪、後輩を傷つけた罪、その身に刻み続けてもらう」
再び先輩はエレナ・ローランを屋敷の入り口に到着したパトカーに連行する。
隣のもう一台のパトカーにはコレク・ショーンも乗せられている。
「あっ!しまった!」
「どうしたの?マヌケな顔がさらに磨きがかった顔をして」
……さっきの仕返しだと思うが言い回しがめちゃくちゃだろ。まだ続けるのか。
事件が解決したら先輩達の今回の捜査目的を詳しく教えてもらう予定だったことを歩にも話す。
「別に要らないんじゃない?もう関係ないし」
「いや、時期を改めて会いに行こう。ついでに聞きたいことも増えたし」
偶然にも先輩と出会った今回の事件は、俺の何かに引っかかっていた。
直感ってやつだろうか?エレナ・ローランが去り際に謎めいた言葉を掛けていった事が気になる。それに、コレク・ショーンが何故歩のロケットを知っていたのかも気になる。
「さて、事件も解決したし、これからどうするかな。家に帰るか?」
「嫌だ!観光と産地の名料理爆食い!そしてショッピングで爆買い!ホテルはまだ1泊できるんだから制覇しつくしてやるわ!」
事件の後だしわからんでもないが、言ってる言葉は悪すぎだぞ。
「へいへい。じゃ、取り合えず一旦ホテルに戻りますか」
俺と歩はパーティーに参加していた残りの3人にお別れの挨拶をして、屋敷を後にするのだった。




