第四話「探偵と警察の推理」前編
ローラン家の当主ハリー・ローランさんが殺害され、容疑者として歩が疑われてからまもなく、美麗さんが所属する国際警察と鑑識が到着した。
「……なぜお前がここにいる、南野一人!」
聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。振り向くとその人物は大学で先輩だった『司結城』だ。端的に言い表すと眼鏡をかけた完璧インテリ男だな。
「結城先輩じゃないっすか!」
「質問に答えろ。なぜお前がここにいるんだ」
俺はこれまでの経緯をすべて話し、歩が犯人としての疑いをかけられていることを伝えた。
「全く……お前たちはいつも面倒事を起こしていたが、事件にも巻き込まれるとはな」
「ほとんど歩のわがまま暴走がトリガーですけどね。俺、何か取り付かれてるんすかね……」
「ふん……特にお前はそんなレベルの話では終わらんだろうがな」
ははは……絶対俺が大学で巻き込まれた事件を解決したことを根に持ってるな。
先輩にある程度話し終えたところに美麗さんがきた。
「班長、ホームパーティーにいた皆さんを食堂へ待機させました。現在、鑑識が現場を調べ始めていますので、私たちも遺体の確認と皆さんから聴取を」
「ああ、ご苦労。だが、美麗、お前もこの事件の容疑者に挙がる。すまないが食堂で皆の監視役として居てもらえないか」
「承知しました。ではそこの自称『ちょー名探偵』も来て頂きます。よろしいですね?」
ギロッとした目で俺をみてくる。まぁ、俺も容疑者にはなるし当然だが、それ以上の何かが彼女をキレさせているっぽいな。
「あ、あれは成り行きで言っちゃったことでして、実は『ちょー名探偵』では……」
「……南野、発言の覚悟はできているだろうな?」
「はい。『ちょー名探偵』です」
できてるわけがありません。とは、言えるわけもなく、俺は言い切るしかなかった。
だが、先輩の口からは思いもしなかった言葉がでてきた。
「美麗、こいつは過去に俺が関わった事件を解決していてな、探偵としての実力と推理力は保証する。このまま捜査協力として遺体の確認、聴取も同行してもらう。いいな?」
「班長がそこまで仰るなら異議はありません。私は指示に従います」
「では、食堂の方は頼む。それと、容疑者『御金歩』が奇行に走らないよう特に監視していてくれ」
奇行に走らないように……か。あの女それで済むかな……?
会話が終わり、美麗さんは食堂へ。俺は先輩と現場を調べ始めるのだった。
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ローラン家の寝室:捜査開始
「まずは遺体の確認だ。南野、お前は遺体を見る抵抗が無いから無理するなよ」
「だったら先輩、何であんな嘘を本当のように言ったんすか?」
「嘘?俺は本当のことを言っただけだ。大学の事件がそうだろ?『ちょー名探偵』」
「いじる時点で『ちょー名探偵』は嘘じゃないっすか。それにあの事件は先輩が解決しましたし」
「……当時の俺は強引に『探偵』と言い張り事件を捜査していた。そしてお前も巻き込んでしまったが、最後はお前の『ひらめき』が事件を解決に導き、結果として俺たちは本当に『探偵』という称号を得た。なにも嘘はないだろ?」
「まぁそうですけど。そんな過去の実績だけで探偵と呼んでいいんですか?」
「十分だろ。さぁ、確認を始めるぞ」
先輩と俺は遺体の確認を始めた。遺体の状態を見るからに、やはり腎臓辺りに刃物で刺され大量出血したことが死因だと考察できる。
争った形跡もなく、背中から刺されていることから、おそらく信頼していた人間から刺されたのではないかと考えにいきついた。
「どうやら、現段階でお前と考えていることは同じのようだな」
そこに鑑識から「現場」の鑑識結果が伝えられる。
・現場には争った形跡がなく、荒らされたところもない。
・窓には鍵がかけられていた。
・バスルームの洗面台の排水口に血が洗い流されたような後が残っていた。
「犯人は金品目的で襲った訳ではなさそうだな。それに、窓に鍵が掛けられていることから、外部から部屋の中に侵入してくることはできない」
「でしたら先輩、少なくとも外部犯では無いという条件で推測していきましょう」
結城先輩が鑑識に更に遺体を確認する指示をしたあと、俺達は食堂にいる全員の聴取に向かった。
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ローラン家の食堂:事情聴取
このパーティーに参加していた全員に当時の状況を聴取するため、食堂に到着した先輩と俺が見た景色は、奇声が轟く戦場と化した食堂だった。
まぁ、ほぼ歩が暴言を吐いているのは分かりきったことだが、美麗さんがそれを軽く洗っているところが関心する。俺にもそんな能力を身に着けたいものだ。
「やっと来たわね二人とも!さぁ、私が犯人じゃないってことをこの『むっつり嫉妬女』に言い聞かせてやってよ!」
「貴女こそ犯人ではないと主張するのなら、そのスピーカーの様な口を少し閉じてくれますか。いえ失礼、閉じられないのでしたね『壊れたスピーカー女』さん」
……軽くではなさそうだったな。女は怖い。
「二人とも、これから全員の聴取を始めるから静かにしろ。美麗聴取用の席を設けてくれ、南野は探偵で捜査協力として聴取に同席してもらう。まず歩からだ」
「めがね先輩!久しぶりに会った可愛い後輩が犯人だって思ってるんですか!?」
「うるさい、さっさとしろ。そしてめがねと言うな」
キーキーと騒ぐ歩を俺は聴取する為に用意した席に座らせる。対面になるように先輩も席に座った。
----事情聴取:御金歩----
「では、聴取を始めるぞ。まず、事件が起きる前はどうしてた?」
「寝てた」
「……では、寝てしまう前は何処で何をしていた?」
「屋敷の庭園でホームパーティーを楽しんでたわ。エレナ姉様とハリーさんと飲みながらお話していて、その後の記憶がなくて気がついたらベッドで寝てたって訳」
「成程、酒癖が悪いことはわかった」
「はぁ!?記憶にあること話しただけじゃない、ムカつくめがね男!」
どうどう、どうどう。俺はキーキー騒ぐ歩を抑える。先輩も挑発するような発言を止めればいいのに。
「と、とにかく、歩からはこれ以上の聴取は出来ないと思うので、次の聴取に移りましょう」
「あれだけ騒ぐなら、嘘はついてないな。次は美麗だ。呼んできてくれ」
----事情聴取:水篠美麗----
「美麗、事件が起きる前まで何をしていたか教えてほしい」
「はい、班長。私はローラン家夫妻の秘書、主にワークスケジュールの管理、会計を任されておりましたので、次回作品の展覧会の予算について夫妻の書斎室に伺っておりました。あれは確か……18時ほどでしょうか」
俺は秘書であった美麗さんが、実は警察であったことにどうしても引っかかてしまうため、まず先にそのことについて質問していく。
「ま、待った!ここで、先に確認しておきたいことがあります。美麗さんは警察でありながら、どうしてローラン家夫妻の秘書をしていたのですか?まるで警察から送り込まれたスパイのようですが……」
「その回答には黙秘します。この件に関しては貴方が知る必要がないことです」
「それって、更に疑いが増すだけですよ?それに俺、トイレに向かう途中、偶然ですが美麗さんが電話で誰かと話している内容を少し聞いてしまってたんです。『証拠は見つけました』とか『組織の仲間』とか」
「それで、『スパイ』か……南野、ここでお得意の『ひらめき』を使っても真犯人を探し出すことはできないぞ。その話は事件を解決出来たら教えてやる。今は置いておけ」
「その反応、電話の相手はやはり先輩でしたか……わかりました。続きをお願いします」
「では……私が夫妻の書斎室に伺ったときには、部屋には鍵もかかっておらず誰も居ませんでした。次に寝室に伺いドア越しから声を掛けましたが、返答はありませんでしたので暫くしてからまた伺おうとしました。ついでですが、その後は南野さんが言っていた通り、『ある証拠』を確保し、電話をしていました。以上です」
「なるほど、その電話した後はもう一度伺ったのか?」
「いえ、その後は『ペティー』さんが悲鳴をあげ、その後に皆さんが屋敷内に走って入ってきましたので、一時的な対応として私が現場を確保しました。時間は……19時頃だったはずです」
「今回はそういう経緯だったのか。ありがとう」
御金歩に水篠美麗の聴取が終わり、互いに信頼する相手から話を聞いてみたが、やはり真犯人のこれといった情報はまだ掴めなかった。
事件が起きる前までの俺の行動を先輩に話しながら、箇条書きでまとめておくことにした。俺の当時の状況は日が暮れるぐらいに泥酔した歩と庭園に居た。トイレに行く間に美麗さんの電話の会話を聞いた。そのあと庭園に戻ったが、ペティーさんが悲鳴をあげてきて、追いかけるとハリーさんが寝室で殺害されていたことかな。
・エレナ、ハリー、歩:屋敷の庭園にがいた。
・俺、歩:日が暮れるぐらいにはまだ庭園に居た。
・美麗:18時頃には書斎室には誰もおらず、寝室からも返事はなかった。
・俺:トイレに向かう間に美麗の電話会話を聞く。そのあと庭園に戻る。
・ペティー:悲鳴をあげて屋敷の外と中を往復した。
・19時頃ハリーが寝室で殺害されていることを発見し、歩がベッドで寝ていた。
「さて、そろそろ残りの方たちの聴取を始めるか」
先輩と俺はこの時まだ知らなかった。この殺人事件を起こした真犯人の心の闇の深さを……




