〔勝負の行方…〕
番外編12〔勝負の行方…〕
「2本目!!始め!!!」
審判の声が響きわたると同時に、オリアンの姿はまたも消えていた。
しかし、ラクの真正面には現れず、ラクの回りを囲むように、風の輪が現れていた。
「どうだラク!俺の姿が見えるか!?」
どこからともなくオリアンの声が響いた。
ラクはキョロキョロと、自分の回りに出来た風を必死で追うように見つめていた。
そう、オリアンは超高速でラクの回りを走り回り、360度どこからでも攻撃するぞと、威嚇していたのだ。
あまりの高速の為、僕達の目には、まるでオリアンが何十人も居て、ラクを取り囲んでいるような錯覚さえ見える程だった。
「へ!あの盾さえ、目の前に来なけりゃ、ただの板だ。怖くもなんともねえ。」
と、その時、オリアンはわざと聞こえるように呟いた。
「後ろががら空きだぜ!!」
その声にラクは思わず反応し、盾を後ろに向けようとした。
しかし、その瞬間ラクの頭の中に、僕の声がよぎった。
「ラク、オリアンは、ああ見えて、卑怯なマネは絶対しない、彼はいつも言っていたんだ。
「不意打ちや後ろから攻撃するなんて、女、子供のやる事だ。男ならいつも真っ正面から、真っ向勝負だよな。」ってね。
オリアンは後ろからは、絶対攻撃して来ない、真正面だけを見てるんだ。」
その言葉を思い出したラクは、後ろに向けようとした盾を自分の顔の前に戻し、構えた。
オリアンは、ラクが言葉に反応した瞬間、真正面に回り込み、一撃を加えようとした。
が、その瞬間、目の前にまた、あの『月』のような盾が目に飛び込んで来た。
「なっ?!あ!く、くそ!!」
オリアンは、すぐに顔をそむけ、目を閉じると、大きく後ろに飛んだ。
「くそったれ!やりにくいったらありゃしねえ!」
その様子を特別席で見ていたスライン将軍は、
「オリアンが攻めきれないだと!?」
初めてみるオリアンの姿に驚きを隠せなかった。
スラインの驚きもさることながら、会場の中ではどよめきが起こっていた。
「オリアンが攻撃できない?!」
「オリアンが苦戦している?」
「ラクが押しているのか?」
「もしかしたら、このままラクが…」
「ラクがオリアンに勝っちまう?」
「世界最強と言われたオリアンが負ける?…」
その前代未聞の出来事に、人々の口数は減り、ついには誰も喋ることなく、2人の戦いを見守るようになっていた。
静寂が包む中、オリアンは大きく息を吐くと、木刀を下に向け、静かに目を閉じた。
「見るから反応しちまうんだ、じゃあ、見なきゃいいだけの事だ。」
前にも言ったが、この日のオリアンは最高のコンディションだった。
自分でも味わった事がないほど、神経が研ぎ澄まされていた。
それは1本取られたからといって変わるものではなかった。
むしろ、より集中力が増し、全身の毛で、空気の流れを読み、耳を立て、小さな物音、離れているラクの息遣いさえも、わかるようになっていた。
2人が向かい合い、動かなくなって、1分、2分と時が流れていった。
しかし、今度はヤジを飛ばす者など1人もいなかった、それどころか息をするのさえ躊躇うほどの緊張感が会場を包んでいた。
オリアンにとっては、それがかえって好都合だった。
静かになればなるほど、ラクの気配を感じやすくなっていくからである。
オリアンは目を閉じたまま、ニヤリと笑みを浮かべた。
「フフフ、感じるぜラクよ、お前の鼓動が、息遣いがよ…」
それから、息の詰まるような時間が経過した。ほんの1、2分の事だったろうが、僕には10分、20分にも感じた。
僕の手を掴んでいる、ミウの手が汗ばんで来た頃、観客の1人が何かに気付いた。
「お、おい?オリアンとラクの距離が近付いてないか?」」
「そういえば…オリアンはまったく動いてないよな?」
そう、今度はラクの方から仕掛けに行っていたのだ。
ヤモリ特有の「あれ?いつの間にここに?さっきまでこっちに居たのに…」
と、いう特性を生かし、ラクは、ほんの少しづつ誰にも気付かれる事なく、回り込みながら、半分の距離にまでオリアンに近付いていたのだ。
その頃、オリアンには『ある風景』が頭の中に映っていた。
それは、オリアンがまだ子供だった頃、お父さんと一緒に、楽しく野山を駆け回っている映像だった。
「なんだってんだ?あの盾を見てから、やたらとガキの頃の記憶が蘇って来やがる。」
それは『月』のような盾を見たせいで、オオカミとしての野生の本能がより強くなった証しでもあった。
僕は、今のオリアンには、不意討ちなど通用しないことはわかってはいたが、何も策が浮かばず、ただラクの戦いを見守る事しか出来なかった。
そして、さらに時間は過ぎ、ついに、ラクはオリアンの背後2メートルの距離に迫った。
「あと少し…」「あと少し…」「あと少し…」「あと少し…」
観客の誰もが思っていた事だった。
しかし、その思いが強ければ強い程、オリアンの思うツボだった。
ラクに対する「あと少し」の想いは、もちろんオリアンにも『気配』として届いているからである。
残り1メートルを切り、ラクが静かに木刀を振り上げた。
と、その時!
「バタバタバタバタ…」
「ピクッ…」
1羽の鳩が何処からともなく飛び立って行った。
お互いの体が、「ピクリ」と動いたが、オリアンの体勢はまったく変わらず、下を向き、向こうを向いていた。
ラクも少し息を整え、
そして、ついに!
「ヒュン!」
ラクの木刀がオリアンの頭に向かって降り下ろされた。しかもラクは慎重を期し、無言のまま降り下ろしたのだ。
しかし…
「カン!」
「ゴン!!」
「ぐっ!…」
「カラカラカラ~ン…」
オリアンは瞬時に振り向くと、ラクの木刀を弾き飛ばし、頭に一撃を加えたのだ。
しかも、一連の動きを目を閉じたままで…
会場からは、大きなどよめきと、タメ息が響いた。
「あ~~…おしい……」
「やっぱり、オリアンには敵わないのか…
「く~~~…」
それはラクも同じだった。ラクは自分持てる力を出しきり気配を殺し近付いたのだが、オリアンには全く意味が無いことを知らされたのだ。
力なく立ち上がろうとするラクに対して、オリアンが声をかけた。
「後ろから来るとはな、しょせんまだガキだな。そんな事じゃ、師匠の『タロウ』に笑われるぜ…」
「え!?」
ラクは、僕がここに来てる事をオリアンが知ってる事に驚き、オリアンを見た。
が、睨み付けるような鋭い眼光に思わず目を反らした。
ラクはオリアンから背を向けると、とぼとぼと開始の位置まで歩いて行った。
そしてオリアンとの実力の差を改めて痛感していた。
もちろん最初はまともに戦える事さえ思ってもなかったラクだが、セオシルに勝利し、なおかつ最強と呼ばれたオリアンから1本取った事で、心のどこかでラク本人も気付かないぐらいの驕りが生まれていたのだ。
とは言ってもラクは、まだ年端も行かない少年だ。
僕の入れ知恵があったとはいえ、誰も手の届かなかった、オリアンと互角に戦っているのだ。
慢心になるなという方がムリがある。
先程の戦いみたいに、気配の読み合いになると、殆どの場合、先に動いた方の負けなのだ。
動けば必ず何かが変わる。気配を察知されやすくなるのである。
僕は、ラクのお父さんに
ラクを呼んでもらった。
別にこれといった作戦とかは無かったが、落ち込んでいるラクを、少しでも元気づけたかったからだ。
ラクが近くに来ると、僕は肩を「ポンポン」と叩き、
「惜しかったねラク。あの距離の詰め方は大したものだよ。僕なら気付かないかも…
ただ、オリアンの方が一枚上手だっただけだよ。」
するとラクは、うなだれたまま、
「一枚どころか、十枚も二十枚も上手だよ…
それに、あの作戦は元々オリアンさんが考えてくれたんだ。」
そう、オリアンはセオシルだけではなく、衛兵達全員の師匠でもあるのだ。
剣技だけではなく、個々の特性を生かした戦い方を教えていたのだ。
その1つが、ラクの行った戦法だ。
言い替えれば、オリアンはラクが近付いて来るのが最初からわかっていた。
しかも、子供のラクは必ず後ろから攻撃する事も読んでいたのだ。
ずば抜けた集中力と戦いのセンス、オリアンの強さの秘密はスピードとパワーだけではなかったのだ。
僕はさっきの戦いで少し気になった事をラクに聞いてみた。
「ところでさ、さっきラクが木刀を降り下ろす前に、少し間があったよね。何か感じたの?」
「あ…あの時はオリアンさんが「ピクッ」って動いたから、一瞬戸惑っちゃって…たぶん、鳩が飛んだからかな?」
「やっぱり、あれだけ集中してると、少しの音にも敏感になるんだろうな…」
「あ、あと、タロウお兄ちゃんが、ここに来てることも知ってたよ。僕が後ろから攻撃したことをお兄ちゃんが笑うって…」
「あちゃ~…やっぱりバレてたのか。どおりでオリアンも本気になるわけだ。
後ろからだろうが、横からだろうが、1本は1本。恥じる事なんてないよ、ラク。
でも、オリアンがそこまで言うのなら、真っ正面から行っちゃうか、ラク!」
ラクは驚いた様子で、
「え!?真っ正面から?でも、また気配を察知されて…それにあの方法は、オリアンさんには通じないんじゃ?」
僕は親指を立て、
「大丈夫!今度は僕も一緒に戦う。僕だけじゃない、ミウもスンも、お父さん、お母さん。みんなで戦うんだ。」
ラクは僕の意図する事が何かわかってなかったが、僕の顔を見ると、小さくうなづき、開始の位置まで歩いて行った。
歩きながら、ラクは思った。
「僕の後ろにはタロウお兄ちゃんがついてるんだ。僕はまだ子供だけど、男なんだ!
真っ正面から行ってやる。負けてもいいから、オリアンさんに、男として、認めてもらうんだ…」
覚悟を決めたラクは、息を整え、審判の合図を待った。
オリアンも微動だにせず、かかってこいとばかりに、ラクを睨み付けていた。
そして、運命の3本目が始まった。
「それでは!3本目!!始め!!!」
審判の合図とともに、オリアンとラクは、2本目と同様に動かなくなった。
オリアンは、ラクと僕が話し合ってるのを見てるので、さらに集中し、ラクだけではなく、僕の事まで気配を探っていた。
そんなオリアンを特別席で見ていたスライン将軍は、
「まったく、なんてヤツだオリアンという男は…」
「どうかしたのか?スライン将軍?」
ラウクン王子が、スライン将軍に尋ねた。
「一時はどうなる事かと思ったが、さすがはオリアンだ。今のヤツの集中力は半端なもんじゃない。
この場所から、何本弓矢を放っても、オリアンに当てる事は出来ないぜ。全部避けちまう。」
「そ、そうなのか?」
「まったく…見れば見るほど、獣族が羨ましくさえ思えるぜ。」
「天下のスライン将軍が『羨ましい』とはな、それほど凄いのか?
「人には、到底真似できないな。血筋のなせる技だ。生まれてからずっと守られて生きてきた俺達と、厳しい環境を生き抜いてきた獣族、いくら修練しようが、この差は縮まらねえ。
あの小僧もそうだ、オリアンのスピードが見えてやがる。
ラウクン王子よ、あんたの所の兵隊はもはや世界一だよ。」
「アハハハ、スライン将軍のお墨付きがあれば、何も言うことないな、これからも、もっともっと獣族の者が衛兵になるかもしれんぞ。アハハハ!」
スライン将軍にお墨付きをもらったラウクン王子は、嬉しそうに高笑いをした。
そんなラウクン王子を、迷惑に思っている人物が居た。オリアンだ、
オリアンの耳が、せわしなく動いていた。
「まったく、ラウクン王子よ、ちょっと黙ってろよ…気になるじゃねえか…」
それは観客も同じであった、2本目をオリアンが取った事で、ラクが負けると諦めムードが漂い、2本目のような静寂は無く、ざわついていた。
オリアンは集中すればするほど、逆にざわめきが気になり集中出来ないでいた。
しかし、そのざわめきの中からでも、ラクの気配を察知しようと、さらに集中力を高めていった。
僕はオリアンの耳が動いているのを見て、
「やっぱりだ、音が邪魔なんだ。」
僕は、おもむろに被っていたローブを脱ぎ捨て、ミウの手を取り、観客から見える場所まで出ると、
「ラク~!!頑張れ~~!!!」
と、ありったけの大声で叫んだ。




