〔スキヤキ〕
番外編6〔スキヤキ〕
タクシーを見送った3人が家に入ろうとした時、タクシーの走り去った道から、ちょうど僕が学校から帰って来たところだった。
それに気が付いたミウが、嬉しそうに僕の名前を叫んだ。
「タロウ~!!おかえりなさい~!」
僕もそれに気が付くと、早くミウの元に行きたい気持ちと、回りの視線が恥ずかしいのとで、急いでミウの元に駆け寄り、とりあえず家の中に入った。
そして、家に入るやいなや、母さんとイサッチの目を盗んで、お帰りのキスをしたことは言うまでもない。
「ただいま、ミウ。」
「おかえりなさい、タロウ。今日は話したいことがいっぱいあるの。後で部屋に行ってもいい?」
そんなミウの嬉しそうな笑顔を断れるわけなく、いや、もともと断る気などさらさらなかったわけだが。
「もちろん。先にご飯を食べてからね。今日は何だろ?」
「え~っとね、『すきやき?』って言ってたよ。」
「マジか!イヤッホイ~!」
僕はおもわず片手を上に上げ、ジャンプをして喜んだ。さしずめマリオのようだ。
ミウは、ハイテンションで喜ぶ僕を不思議そうに眺めていたが、
「ねえ、タロウ?『すきやき』ってそんなに凄い食べ物なの?」
僕はミウの視線に気付き、はしゃぐのを止め、
「う、うん。『すき焼き』はね、この国を代表する食べ物なんだよ。この家では『特別な日』に食べるんだ。
今日はミウと伊佐~江さん?イサーチ?ま、まあ2人の歓迎会なんだよきっと。ミウもきっと気に入ると思うよ。
「ホント!?楽しみ~!」
ミウの笑顔に癒された瞬間だった。
ちょうどそこに、キッチンから母さんの声が聞こえて来た。
「ミウちゃん、晩御飯の用意を手伝ってくれるかしら。太郎は、早く着替えて来なさい。」
「は~い!お母さま、すぐに参ります。」
と、ミウは僕に手を振りながら、キッチンに向かった。
僕が靴を脱ぎ、部屋に行こうとすると、
「ガチャ!」
「ハァハァハァハァ…」
何故か息を切らして、妹が飛び込んで来た。
「ど、どうした?何かあったのか?変なおじさんにでも追いかけられたか?」
僕が妹に尋ねると、
「い、いや…な、なんだか今日は急いで帰らないとい、いけないき、気がして…ハァハァ…」
見るに見かねた僕は、
「ちょっと待ってろ、水を持ってきてやるから。」
と僕はキッチンに行き、水を催促した。
するとミウが、コップに水を入れると、「パタパタパタ…」といつものようなリズムで、玄関にいる妹の所に持って行った。
そして、ミウと何やら話をしたかと思うと、いきなり、
「マジで?!イヤッホ~イ!!」
と、僕と同じような叫び声が聞こえた。その瞬間、
「あ~、やっぱりアイツは僕の妹だ。と同時にアイツはエスパーなんだろうな。」
と、片手を上に上げ、ジャンプをしている妹の姿を想像しながら、心の中で思った。
そして僕と妹も着替えを終え、リビングに全員が揃うと『すき焼き』が始まった。
ミウもイサッチも初めて見る食べ物に興味津々だ。
まず母さんが、すき焼き鍋に牛脂を塗り、野菜や肉を軽く炒め始めた。
するとイサッチとミウは顔を見合わせ、
「これって、よくある『肉炒め』みたいですけど…」
「はい、お姉さま。『肉炒め』ですわ。」
すると母さんは、ニッコリと笑い。
「まあまあ、これからが真の骨頂よ。」
と、わけのわからない言葉を言いながら肉を炒めた。
ある程度火が通ると、あらかじめ作っておいた『割下』を鍋の中に入れた。その瞬間、湯気と共に甘い匂いが部屋中に立ち上った。
「あ~!なに?このいい匂い。」
テンションの上がるミウに対して、冷静に鍋を除き混むイサッチは、
「め、メガネが曇って見えませぬ!」
そんな2人をよそに、母さんは『しらたき』『焼き豆腐』『えのき』等を入れ蓋を閉めた。
「これで少し煮込めば完成よ」
どや顔で説明する母親に、この時点で呼んで欲しかったな。と心の中で呟く僕と妹であった。
これほど5分が長く感じたことがあったであろうか。
ようやく肉を閉じ込めていた蓋が開いた
「お~~~!!」
「お~~お~~~!!」
割下と肉の旨味をタップリと吸い込んだ、『エノキ』や『しらたき』、良い色に煮込まれた『牛肉』、嫌がおうでも食欲をそそる匂い。
僕と妹は、お椀に入っていた卵を割ると、母さんの方を見て、食べても良いのか、目で訴えた。
ミウは良い匂いに可愛い笑顔がさらに笑顔になり、イサッチはというと、
「め、メガネが~!」
と、曇ったメガネを必死で拭いていた。
僕と妹の視線を、母さんはにこやかに首を横に振り、退けると、
「ミウちゃん、伊佐江さん。そのお椀に入ってる卵を割って、それにつけて食べるのよ。」
すると2人は、お互いの顔を見あわせ、納得したように、卵を割ってかき混ぜた。
「さあ、食べましょう。」
母さんの合図と共に、晩御飯の『スキヤキ』が始まった。
「いただきます。」
「いただきます。」
「いただきます。」
「いただきます。」
僕と妹は、当然のように、いきなり肉に手を伸ばした。
ミウとイサッチは、まず味を確かめるかのように、ミウは『ネギ』を、イサッチは『えのき』を取り、卵をつけて食べた。
「おいしい~!味がよく染み込んで、肉焼きとはまったく違う味で、なんと言ったらいいのか、表現出来ませんわ、お姉さま。」
「これは、きのこですか?コリコリして、噛めば噛むほど味が出て、お、おもわずご飯に手が…」
2人の喜ぶ顔に、母さんも満足そうだった。
すると、イサッチは一度橋を置き、
「セラさん。この汁はどうやって作るのですか?教えて下さいまし。」
「もちろん、教えてあげるわよ。ミウちゃんにもね。ただ、今はこの味を体に染み込ませるの、味を体で覚えるのよ。とりあえず食べて、食べて。」
と、根性論的な事を言ったかと思うと、母さんは、僕と妹を見て、
「はい、太郎と智恵葉は『お肉』ストップ~!あなたたち、お肉しか食べてないじゃない!野菜も食べなさい!」
「ブ~ブ~…」
僕と妹がブタになったのは言うまでもない。
そして、スキヤキを食べながら、ミウが今日あった事を話し始めた。
「今日ね、『すーぱー』に行ったの、大きな『ばす』?や『たくしー』にも乗ったのよ。」
すると僕は、帰り道ですれ違ったタクシーを思い出し、
「ああ、あのクラウンのタクシーに乗って帰って来たんだ。」
するとミウが、
「ラウクン?」
すると、イサッチも
「王子?…嫌ですわタロウ様、あれは『たくしー』という乗り物ですのよ。」
「いやいや、あれは『タクシー』なんだけど、車の名前が『クラウン』なんだよ。
ん~と、例えば一概に『馬車』と言っても、それぞれの馬に名前があるようにね。」
するとイサッチは理解したのかしないのか、
「あ~、なるほど、『クラウン』というのは、『タクシー』の中に居る妖精さんの名前の事なのですね。」
「ま、まあ、そんなところかな。」
母さんから妖精の話を聞かされていた僕は、イサッチの話が、なんとなくなく理解出来ていた。
するとミウも、
「じゃあ、あの大きな『ばす』にも妖精の名前があるの?」
「もちろんあるよ。そのバスを見てないから名前はわからないけど、走っている車には全部妖精の名前があるんだ。」
と、ミウとイサッチに解りやすく説明をしていたのだが、事情をよく知らない妹は、
「何、言ってんだ?コイツらは…」
と、冷ややかな目で僕達を見ながら、肉を食べていた。
それからミウとイサッチは、スーパーであった事を話した。
イサッチがエスカレーターに乗れなかった事、エレベーターで酔った事、ハンバーガーを食べてコーラを飲んだ事、そのコーラをイサッチが吹き出した事など、楽しそうに話してくれた。
まあ、イサッチは、さんざん妹にツッコまれていたが。
そして話は『タクシー』の運転手の話になった。
母さんが、
「ねえ、太郎。タクシーの運転手って、みんなあんなに優しいの?」
「え?何?突然?」
「今日、荷物が多くて、初めてタクシーに乗ったんだけど、物凄く親切で優しかったのよ。荷物も家まで運んでくれたし。」
すると、妹がいきなり、
「ねえねえ、お母さん、その人ってカッコ良かった?」
「ええ、イケメンだったわよ。お父さんには負けるけどね。」
その言葉を聞いた妹は、ガックリと肩を落とし、
「なんだ…じゃあ大したことないじゃん…」
と、残念そうに呟いた。
こらこら妹よ、草葉の影でお父さんが泣いてるぞ。
と、今度はミウに再び確かめるように、妹が尋ねた。
「ねえ、ミウお姉ちゃんは、運転手さんの事どう思った?」
何気ない質問であったが、僕の耳は鋭く尖り、一言も聞き逃すまいと、集中していた。
「優しくてステキな人でしたよ。年も私より少し上で…」
と、言ったかと思うと、僕と目が合い、
「で、でも、タロウの方がステキです…」
と、顔を赤らめ、下を向いた。
すると妹は、あからさまにガックリした顔で、
「なんだ…やっぱり大したことないんじゃん。」
と、再び肉を食べ始めた。
すると、イサッチが、なにやら遠い目をして呟いた。
「でも…なんとなく王子に似ていて…優しそうで…」
すると肉を頬張っていた、妹の箸がピタッと止まり、
「王子!?」
するとミウも、
「そういえば、雰囲気はラウクン王子に似てたかも…」
その言葉に反応した妹は、
「ラウクン王子!?ね、ねえイサッチ、そのラウクン王子ってカッコいいの?」
するとイサッチは、顔を赤くしながら、
「ええ、もちろんですわ。若くてハンサムで優しくて、国民の皆から愛されてますの。」
「え?じゃあ、その王子に似てるって事は、そのタクシーの運転手って、やっぱりイケメンじゃん。」
妹は、母さんとミウの顔を見ながら、
「この2人の目は節穴か!」
と、心の中で呟いた。
すると母さんが、
「そういえば、あの運転手さん、伊佐江さんの事よく見ていたわよね。」
するとイサッチは、
「そ、そんなことありませんわ…」
と、言いながらも、なんだかまんざらではないように見えた。
みんなの視線が集中すると、イサッチはごまかすように鍋に近づき、肉を取り食べた。
メガネが湯気で真っ白になっていたのだが、本人はそれに気付かないぐらい動揺していた。
と、その時、僕は心の中で叫んでいた。
「ち、ちょっと待て~い!!!」




