〔別れ……〕
第30話〔別れ……〕
次の日の朝、僕は眩しいくらいの朝日の光で目が覚めた。
昨夜は、遅くまで『星』の話で盛り上がっていた。
まだ時期的に見えない『北斗七星』や『カシオペア』『オリオン座』や『冬の大三角形』
この世界には『星座』というものは無く、僕が星座の話をすると、どう星を繋げたら、鷲や白鳥になるのか不思議がっていた。
でも、「星を見てそんな事を考える僕の世界は素敵だ。」ともミウは言っていた。
「ん?う~ん…朝なのか…?」
僕の隣には、白い髪がそよ風に揺れ、朝日を浴びて金色に輝くミウが、小さな寝息をたてて寝ていた。
「あ、そうか。いつの間にか寝ちゃったんだ。
ん?あれ?この光景って…」
僕は、初めてミウが僕の部屋に来たときの事を思い出した。
白いヤモリを連れて帰った次の日の朝、いきなりミウが僕の隣に寝ていて、ビックリして飛び起きたこと、そしてミウが目覚めるなり、僕に抱き着き、それを妹に見られた事。それら全てが、つい最近の事のように感じていた。
僕はミウの髪に触れた。
「ん…」
ミウの顔が少し揺れ、大きな目が半分だけ開いた。
「…ん…タロウ…おはよう…」
「おはよう、ミウ…」
「ねえ…タロウ…私ね、夢を見てたの。私とタロウがね、星の川の上に居るの…
小さな船にね、並んで座っているの。
私はね、真っ白な紙で作ったような服を着てるの…初めて見る服…
それからね、タロウったら、男のくせにスカートを履いてるのよ。おかしいでしょ。フフフ…
でも…私もタロウも幸せそうな顔をしてた…
ねえ、タロウ。私達…これが最後じゃないよね…
きっと、きっと、また会えるよね…」
ミウの目には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
僕はミウに腕枕をし、そのまま引き寄せキスをした…
ミウの言っていた『紙のような服』が『白無垢』『紋付き袴』だということに気が付いたのは、僕が自分の世界に戻った後の事であった。
僕は不安そうなミウの目を見ながら、
「大丈夫!きっと、絶対、また会える。この世界に絶対に戻って来る。
織り姫や彦星だって、1年に1回は会える事を許されているんだ。僕達だって…」
「1年に1回…?」
ミウが僕の目を見つめながら言った。
「う…いや…あの……」
僕が返事に困っていると、
「フフフ、ごめんなさい。今のは忘れて。私は待ってる。
タロウが救ってくれたこの国で、1年に1回でもいい。タロウに会えるなら、それでいい。」
「ミウ…」
僕は、もう1度ミウを抱きしめ、「このままここに…」という気持ちを無理矢理抑え込み、
「ミウ、そろそろ行くよ…」
僕は、体を起こしながら言った。
ミウも体を起こすと、
「タロウ…洞窟までついていっていい?」
「え?で…でも…」
僕は、ギリギリまで一緒に居ると別れがますます辛くなる、そう思ったのだ。
「お願い、タロウ。絶対に泣かないから、絶対笑顔で見送るから…」
そう言ったミウの顔は、目に涙を溜めながらも、口元を引き上げ、無理矢理笑顔を作っていた。
僕は、そんなミウの頼みを断れるはずもなく、手を繋ぎ、丘を下っていった。
僕達は街を出ると、初めてこの国に来た時の道を歩いた。
この道は、湖の橋へと続く主要道路だったが、湖の半分を埋めた今となっては、何の意味も持たないただの道だった。しかも埋め立て地とは反対方向にあるため、この道を通る者は、もうほとんど居なかった。
そんな中、後ろから1台の馬車が近付いて来た。
振り返ってみると、見覚えのある『馬車』に、見覚えのある『人物』。ロコナのおじいさんだ。
僕は思わず叫んだ。
「おじいさん!?」
馬車は僕達の隣で止まると、ロコナのじいさんは、いつものような優しい笑顔で、
「フォッフォッフォッ、お前さん達、あの洞窟まで行くんじゃろ?乗って行きなさい。」
「でも…なんで、おじいさんはこんな所を?」
「な~に、勘じゃよ、勘。わしら一族は、お前さんを乗せるのが、使命みたいなもんじゃからの。さあ、乗った乗った。」
僕は、おじいさんの言葉が不思議に思えたが、もう2度とこの馬車に乗る事が無いかもしれないと思うと、最後にもう1度だけ乗りたいと思った。
「それじゃ、お言葉に甘えて、お願いします。」
僕とミウは、馬車の荷台に乗り、寄り添いながら座った。
改めて考えると、この馬車には何度もお世話になった。
初めて来た時、オオカミ族の村への行きや帰り、この馬車を利用していた。
僕はおじいさんに改めてお礼を言おうと話しかけた。
「おじいさん、本当にお世話に…」
と、同時に、ロコナのじいさんは僕の話を遮り、
「ちょっと飛ばすぞ、みんな待ちくたびれてるかもしれんからな。」
「バシッ!」
ロコナのじいさんがムチを叩くと、馬車のスピードが一気に上がった。
「え?え?お、おじいさん!み、『みんな』って!?」
僕の声は、馬車の走る音にかき消され、ロコナのじいさんの耳には届かなかった。
馬車は、透明になった湖のほとりを通り、一気に洞窟に向かった。
洞窟のある岩山が見えたと同時に、大勢の人影が洞窟の回りに見えた。
その大勢の人達は、僕の乗る馬車に気が付くと、一斉に僕の名前を叫び出した。
「お~い!タロウ~!!」
「おせ~ぞ、タロウ。もう行っちまったかと思っったぞ!」
「お兄ちゃ~ん!!」
「タロウ~!!」
「タロウさ~ん!!」
僕とミウは、馬車を降りると、その人達に向かって、岩山を上った。
洞窟の前で待っていたのは、街の人達だった。チェスハはもちろん、オリアンやオオカミ族の人達、イブレドにエティマス、ダシールもいた。パン屋のタンシェ、メイドのイサーチェ、ナカリー、ミウの家族まで居た。
僕に関わった人達が見送りに来ていたのだ。
すると、チェスハが、
「おい、こら、タロウ!黙って行くなんて酷いじゃないか!
宿に行ったら、もぬけの殻だし、イブレドも知らないって言ってるし、もう行ってしまったかと思ったぞ!」
「な、なんで僕が帰るって知って…、あ~!オリアン!みんなに喋ったの!?」
するとオリアンは、そっぽを向きながら、
「さ~て?なんの事だか、俺は誰にも行ってないぞ。
あ~、そういえば、黒龍には教えたっけ?黒龍が言いふらしたんじゃねえのか。アハハハ。」
「『アハハハ』じゃ、ないですよ、黒龍が喋れるわけないじゃないですか!オリアンなんでしょ?みんなに教えたの…」
「だから、俺は教えて無いって!ただな、黒龍はデカイだろ、だから聞こえるように、大声で喋ってたがな。村中に聞こえたかも知れんが、他の奴らが聞いてたどうかは知らん!ハハハ!」
「「知らん」て、もう…やっぱりオリアンだ…あれほど秘密って言ったのに……
ん?でも、よくこの場所がわかりましたね?誰にも言ってないんだけど…?」
「ああ、その事なら、ほれ!あそこにお前の事なら、なんでも知ってる『じいさん』が居るだろ。」
オリアンの指差した先には、馬車に乗ったロコナのじいさんが、手を振っていた。
「あ~、おじいさんまでグルだったんだ。」
僕が、頭をかいていると、チェスハが話しかけて来た。
「でもさ、タロウ。ホントにこの洞窟なのか?
あたしはこの辺りまで結構来てるけど、この洞窟はすぐに行き止まりで、何処にも通じていないぞ。」
すると、オリアンやファン達も、
「この洞窟は、俺達もたまに使ってる、雨宿りとか、休憩にな。確かに行き止まりで道なんか無いぜ。」
僕は驚き、
「え!?ウソ!?」
と、同時に洞窟の中を覗き込んだ。
すると、暗闇のような物が長く続いているように見えた。僕は安心して、
「なんだ、ちゃんとあるじゃないですか、ビックリさせないで下さい。」
オリアンとチェスハは、僕の言動に不思議そうに、顔を見合わせた。
「どうやら、タロウだけ通れる道らしいな…」
オリアンがポツリと呟いた。
そして、いざ別れの時になると、僕の目から大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「…う…え……え…も、もう…み、みんなに…「サヨナラ」言われると、別れが辛くなるから、だ、黙っていたのに…う…う…」
すると、オリアンは、僕の肩を「ポンッ」と叩き、
「それは違うぞタロウ、ここに集まった連中は、お前に「サヨナラ」を言う為に集まったんじゃない。
みんな「お礼」をいいに来たんだ。お前のおかげで、この国は平和になった、裕福になった。
それになタロウ、俺はお前を『家族』だと思ってる。
俺だけじゃねえ、この国の連中は、お前を『ユーリセンチ』の仲間と認めてるんだ。
それにお前も、このまま帰って来ないつもりじゃないんだろ?
こんな可愛い娘を放っておくなんて、男のする事じゃねえからよ。」
オリアンは、そう言いながらミウを見た。
すると、チェスハが、
「そうだぞ!タロウ!最初会った時に言ったよな、ミウを泣かせたら、あたしがただじゃおかないって。」
「オリアン…チェスハ…」
僕は涙を拭うと、ミウを見つめながら、
「わかってます。必ずまた帰って来ます。」
その言葉を聞いた、オリアンは、
「じゃあ、『サヨナラ』じゃなくて『行って来ます』だろ。
俺達は『行ってらっしゃい』だ。」
僕はミウの前まで行き、
「必ず、また戻って来るから、きっとまた会いに来るから。」
すると、ミウは、
「タロン、なるべく早く会いに来てね。じゃないと私、おばあちゃんになっちゃう…」
ミウは、大きな目に涙を溜めて、僕を見つめた。溢れそうになる涙を必死にこらえながら笑顔を作る姿を、僕は決して忘れないだろう。
大勢の人がいる中、その言葉の本当の意味を知っているのは、僕とミウだけの2人だけだった…
僕は、さらにミウに近付き、耳元で囁いた。
「あ、あのさ、ミウ…今度会ったら、僕の……ゴニョゴニョ…」
その言葉を聞いたミウは、顔を赤くし、小さく頷いた。
そして改めて、みんなの前に立つと、
「それでは、ただのタロウ!行ってきます!お世話になりました!」
深々と頭を下げ、お辞儀をした。
すると、見送りに来てた人達からは、
「行ってらっしゃい!」「またな!」「お土産忘れんな!」「また、一緒に飲もうぜ!」「お兄ちゃん!また来てね!」「また、遊ば教えて!」「ありがとうね、タロウさん!」「気を付けてね!」「タロウ!タロウ!タロウ!タロウ!タロウ!タロウ!」
いつの間にか「タロウ」コールが起こっていた。
そんな中、この中には居ない、ラウクン王子や、スライン、エミナーさんに挨拶出来ないのが残念に思い、
「チェスハさん。ラウクン王子やスライン将軍、エミナーさんに「ありがとうございました。」って言っておいて下さい。」
すると、オリアンが、
「ああ、スラインには俺から言っといてやる。今度会ったら、「サシで勝負したい」って、言ってたってな。ハハハハ!」
「い、いやいやいや、それは勘弁して下さいよ。」
チェスハも、
「ちゃんと伝えておいてやるよ。ただし美味しい食べ物との交換条件だがな。」
「もう!チェスハさんたら…
でも、2人のおかげで、本当に楽しかったです。ありがとうございました。」
僕は改めて、2人と握手を交わした。
そしてミウを見つめながら、
「それじゃあ、ミウ!ちょっと行ってくるね!」
「うん!行ってらっしゃい!タロウ!」
僕は、そのまま振り向き、洞窟の奥にポッカリと開いている黒い穴に入って行った。
少しの間、「タロウ」コールが聞こえていたが、それもすぐに聞こえなくなった。
オリアン達はというと、僕が洞窟の壁に吸い込まれたように見えたらしく、すぐにその壁を調べたが、ただの壁だったそうだ。
僕は、そのまま暗いトンネルを真正面に見える光に向かって歩いた。
そして、光がだんだん眩しくなり、気が付くと『例』の学校近くの路地の街灯の下に立っていた。




