悪役令嬢、外食する
……夜ね。先に起きた私は、ユアの小さな肩を揺する。
「ユア、そろそろ起きましょう」
「んみゃ……んんっ……」
可愛い声がユアの小さく揺れる唇から漏れた。「ふふ……」とつい笑みが溢れる。私はユアの肩をもう一度、今度は少し強めに揺する。と、ゆっくり瞼を開く。
「ヴィーナ様、おはようございます……」
ごしごしと邪気のない子供のように目を擦った後、ユアは大きく伸びをする。綺麗な銀の髪がさらりと垂れる。
「おはよう、という時間ではなのだけど。もう二十時よ」
「ふぇ……あ、嘘!? ご、ごめんなさい。直ぐにご飯の準備をーー」
それを私は制止する。
「いいわよ。今日はどこかで済ませましょう」
「……ですね」
ユアを立ち上がらせて、続けて私も立つ。
「この間の所でいいかしら?」
「いいですよ」
この間の所、というのは魔物討伐依頼所の飲食スペースだ。この街に来たばかりの初日に行った店である。
私はユアの返事を受けた後、化粧台まで行き、身嗜みを整える。私は鏡で自分のこの少し青みがかった黒髪を後ろで一つに纏め、それからユアの髪を弄る。
さらさらと美しく流れる銀髪を櫛で梳かす。
「今日はどういう髪型にする?」
「ヴィーナ様の好みで……」
「そう、分かったわ」
私は昔よく妹にしてあげたようにユアの髪を一つに編み込む。
「ふふ、出来たわ」
「……ヴィーナ様。これレーナと同じ髪型ですよね」
不服そうにユアは言う。
「この髪型が好みってことは……ヴィーナ様ってやっぱりシスコン……?」
「そんなわけないでしょう。確かに嫌いというわけではないけど」
私は否定し、ユアの頭をポンポンと撫でるように叩く。
「それでは行きましょうか」
「……はい」
しぶしぶ頷くユアを連れて私は外に出た。吹き抜ける冷たい空気が私の肌を刺す。この街は山に囲まれてるからか夏でも夜は冷える。また、そのため避暑地としてもよく使われていた。
「っ、やっぱり夜は寒いわね。上着取ってこようかしら」
「ううん、こうすれば大丈夫ですよ」
ぎゅっと私の腕に絡み付いてくるユア。
「ユア、はしたないですわよ」
「女の子同士だから大丈夫ですよ」
そういう問題ではないと思うのですが、まあいいでしょう。私はユアに腕を預けて歩き、そのまま目当ての古い建物の中に入る。ここは『魔物討伐依頼所』の入った建物だ。
魔物討伐依頼所は、その名の通り治安維持の為に人々の脅威となる魔物を排除する依頼を受け付ける場所である。腕の立つ者ならば身分に関係なく登録可能なので私は一週間前に登録し、ここで依頼を受けて私達は生計を立てている。
ちなみに最初ここに登録に来た時は不審がられた(こんな小娘が魔物を相手にしたいと言い出したのだから当然だろう)が、魔力を見せた瞬間に一気にカンクル達を追い抜き、この場所で一番になった。
おかげで食べるのには困らず生活できている。
「失礼いたします」
私は一例だけして中に入る。建物の中は三つのスペースに分かれていた。
受付と依頼が貼り出された掲示板と飲食スペース。それぞれに役割が異なるが、私たちはその内の飲食スペースに向かう。
「おっす、嬢ちゃんたち! お前さん、猪の魔物の依頼を受けたんだろ。どうだった? 早くて厄介だろ。手を貸そうか?」
一人の屈強な大男が、陽気に声をかけてきた。話したこともないし、初対面のはずなのだけど、馴れ馴れしい。恐らく酔ってるのだろう。
「もう終わりましたわ。報告は後でするつもりです」
「おお、そうか。さっすがは我らの姫様」
びくりとユアの肩が跳ね、ぎゅっと私の腕に絡まる力が強くなる。今の姫様という言葉に反応したのだろう。
「……大丈夫よ。貴女の正体が知られてるというわけではないわ」
私は耳打ちすると、ユアは安心したのか力を抜いた。すると、今度は別の人に声を掛けられた。
「ほんと、姉妹仲いいなお前ら。俺も兄貴とそういう風に可愛がられたいものだぜ」
また知らない人だ。
「だよなぁ。それに二人とも可愛いし」
「うんうん。おお、そうだ。どうだ、今から一緒に飲まないか?」
「いいな。俺もヴィーナちゃんと飲みたい」
「私はユアちゃんと飲みたい! 一緒に女子トークしたい!」
「おい、婆さん。お前はもう女子という年齢ではないだろ」
「は? ぶっ殺すぞ、若造」
次々と話が膨れ上がる。この酔っ払い共め。
相手するのも疲れるため私は無視し、ユアを連れて適当な空いてる二人用の席に座る。と、無視されたにも関わらず周りの連中は陽気なまま、
「あちゃー、ふられちった」
「おめえの顔が怖いからだ」
「なにおう」
「がははは、いいぞいいぞ!」
「分かったか。もう二度と婆さんというなよ」
「さ、さーせん」
楽しげに騒いでいた。少し五月蝿い。でも、この耳障りな音が私にとって少し心地よくもあった。
「すみません。少しよろしいかしら」
「あ、はーい。ただいまー」
店員を呼び、店員が来るのを確かめた後、私は注文する。
「この『千足蜘蛛の鉄板焼き』と『牛鳥のカルパッチョ』、それとドランクバーを二つお願いします」
「えっ……、その、千足蜘蛛の鉄板焼きを……?」
信じられないというような表情をする店員。
「なにか?」
私はそう言い、店員を見る。と、私に詰められてるのだと勘違いしたのか。彼女は慌てて、元のマニュアル通りの言葉に戻る。私は元来目付きが悪いからかただ見てるだけなのにこのように勘違いされることがよくある。今回も彼女が慌てたのはそれが原因だろう。
「あ、い、いえ、その、すいません。はい、それでは、ご注文を繰り返させていただきます。千足蜘蛛の鉄板焼きと牛鳥のカルパッチョとドリンクバーを二つでよろしいですね」
「はい。お願いいたします」
「か、かしこまりました。それでは直ぐにお持ちいたします」
店員は小走りで、厨房に注文を届けにいく。それを見送った後、私の隣でユアが苦笑する。
「ヴィーナ様、本当にゲテモノが好きなのですね」
私はそれを否定する。
「別に好きというわけではないわ」
ユアは首を傾げる。
「なら、どうして? いつも外食では全く食指が動かないようなものばかり食べてますよね」
「ただの興味よ。どういう味なのか、ちょっと気になるだけ」
「あー、なるほど。でも、何となく分かります! 未知のものって惹かれますよね」
それに私は「そうね」と同意し、
「そうだ。ユアも私の注文したもの一緒に食べる?」
ユアにも千足蜘蛛の鉄板焼きを勧めてみると満面の笑顔で、
「いりません」
と断られた。残念。