悪役令嬢、ユアを想う
私たちは家に帰り、手を洗った後、今朝狩った敏捷猪を捌いて作ったユアの手料理を食べる。
あの魔物の肉は本来硬い。全身が強固な筋肉だからだ。でも、この肉はとっても柔らかい。
口に含んだ瞬間に溶ける脂の乗ったトロのようだ。
「ど、どうかな」
自信がないのだろう。感想を求めるユアに私は「美味しいわ」と答える。
「よかったー」
ほっと深い息を吐くユア。これ程の腕前なのにどうしてここまで自信がないのかしら。理由を訊くと、彼女の料理の師匠に比べると幾分か腕が落ちるらしい。
ユアの腕は間違いなく一流だ。どこに出しても通じるだろう。少なくともリリファル家の使用人より料理が上手いと思う。なのにこれ以上の料理の腕を持つ人が王家にはいるという。
「その人の料理、是非とも食べてみたいものね」
私は笑い、それに答えるように「うん、もし全てが解決することがあったら行こうね」と笑い返してくれるユア。何だろう。不思議な気分だ。今まで生きてきて、私は一度もこのような気分になったことがない。
あの元婚約者の第二王子と一緒にいた時も別に退屈してたわけではない。むしろ、忙しく日々が充実はしていたと思う。
それなりに気に入ってた生活ではあったけど、今のような充足感はなかった。
(無くしたくない)
そう思い、思った所で私は不意に我に帰る。それはいけない考えだ。私はもう覚悟を決めている。逃げ続ける人生を送る覚悟を。
あの時、第二王子に見限られた瞬間に決めた。だが、当然死ぬつもりはない。私は逃げれるところまでは逃げるつもりだ。だが、それは二度と陽のあたる生活には戻れないことを意味してる。
そこにこの子を巻き込むつもりはない。
今だけだ。そう、私は今だけ……。
そう思った直後、ずきりと胸に痛みが走る。
(……私は本当に最低ね。本当ならこの子の提案を受け入れるべきではなかった)
駆け落ちという言葉。あの時に私はユアの手を取るべきではなかった。あの城にはユーベルトが潜んでいる。ユアとユーベルトが手を組めばアーナイトを蹴落とすことなどは容易い。
そう、つまりは彼女が戻った時点でアーナイトは孤軍奮闘することになる。あの無能に一人で、私の残したものだけで二人の有能を相手に勝ち続けることは不可能である。だからユアを王城に戻した時点で、アーナイトは破滅の道を転がり落ちる。
にも関わらず、私は彼女の手を取った。あのアーナイトが王になった時点で、この国は終わる。そのことが分かってるのに私は彼女の手を取ったのだ。それはつまりこの国よりも自分の感情を選んだ。完全なる逆賊だ。
第二王子に捨てられ、家族の元にも戻れず、一人になった。でも、私はまだ一人で生きていけるほど強くはない。
傷心を癒す為に誰かに側にいてもらいたかった。それだけの理由で、私はユアの誘いに乗ったのだ。
本当に最低だ。そう内心で自嘲する私の顔をユアは覗き込み、心配そうに首を傾げる。
「ヴィーナ様? どうかしました?」
私は「なんでもない」と答え、食事を進める。彼女に悟られてはならない。彼女が敬愛するのは、強い私だ。こんなに弱い部分、見せられない。彼女が居なくなれば私は……。
(私は……どうなるのかしら)
一人に耐え切れず壊れるか。それとも一人ぼっちで孤立無縁に生きていくか。
(ダメね。もっと強くならないと)
私はユアの頭を撫で、そう誓う。この子のためにも。この子が安心して私を置いて王城に戻れるように。私はもっともっと……。
心も体も強くなる。
すると、私の僅かな心の異変に気が付いたのかユアは、頭を撫でる私の手を優しく包み込むように握る。
「……ヴィーナ様。本当に何かありましたか?」
真剣な目。彼女の目はいつもそうだ。一切濁りがない。清澄な蒼い瞳。目を合わせると引き込まれそうになる。が、何とか堪えて私は首を横に振る。
「いいえ、何でもないわ。ごめんなさい。少しボーッとしていただけ」
ぎゅっと私の手を包むユアの手に力がこもる。
「……ヴィーナ様。私は絶対にあの愚兄のように、貴女を一人にはしません。ずっと一緒にいます」
私が未だに婚約破棄の件で患ってると思ってるのだろう。だから私を慰める言葉を出してくれたのでしょうね。でも、それは彼女の意図した意味とは違うが、今の私にとってその言葉はとても嬉しいものだ。心の中の不安が一気に消え去った。
「……ありがとう、ユア」
私は今まで近寄り難いとか堅牢強固な女だと言われてきたが、それは間違いだ。だって、私はたった一言欲しい言葉を貰っただけでこんなにも満たされるようなちょろい女なんだから。
そうして私は食事を再開し、終えると食器を台所に片付ける。
まだ昼間だ。魔物討伐も早く終わったから今日はこれ以上はやることがない。
「ユア、どこか出かける」
私の膝の上にその小さなお尻を乗せて座り、ユアは考える。と、
「私はヴィーナ様と一緒にこうしてのほほんとしてるのも好きですよ」
にこりと少し照れくさそうに笑いながらユアは言う。ああ、もう本当に可愛い。私はユアのお腹に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「ヴぃ、ヴィーナ様……? その、恥ずかしいのですが」
「ごめんなさい。でも、少しだけ」
「は、はい……」
こういうのは慣れてないのか。ユアは耳まで真っ赤にしていた。
(本当に可愛い)
そのまま私は夜までユアを腕の中に置き続け、その温もりに私はいつの間にか寝ていた。そしてまたユアも気付いた時には眠りに就いていた。