悪役令嬢、魔物の素材を換金する
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街の魔物素材換金所まで足を運んだ私は、受付の店主に猪の牙を渡す。
「ほう、今日は敏捷猪の牙か。ヴィーナちゃん、やっぱり君すごいね。この魔物はBランクだよ」
あれがBランク?
ほとんど一瞬で片付いたのだけど……。
まあ、確かに動きは早かったけど、それだけの魔物よ。
「報酬は銀貨百枚ね」
「ありがとうございます」
私は報酬を受け取り、空間魔法の中に放り込む。
「相変わらず便利だね、その魔法。羨ましい」
「そうでもありませんよ。入れられるものに限度はありますし」
「ふーん、そうなのか。でもな、やっぱり魔法は羨ましいよ。俺らのような平民では得られない才能だしな」
……才能ね。
魔法は平民には使えない。だが、それは魔法の教育を受けてないからだ。別に才能の有無ではない。
事実、ミナも平民なのに魔法を扱うことができた。学べば誰もが使用することができる。それが魔法だ。
にも関わらず魔法を使える平民が殆どいないのは、その為に必要な教育を施せるだけのお金を平民では用意することができないからだ。
魔法の教育には莫大な時間とお金がかかる。
使い方次第では、人を簡単に殺すことのできるほどの最悪の凶器になるのだから当然だろう。
しかも、魔法には『魔力量』という才能の壁もある。
魔力量が少なければ、どれだけ魔法を学んだ所で魔物を狩ることも出来ず、また対人戦闘に生かすことも難しく、お金を溝に捨てるようなものだ。
つまり魔法は莫大な資金と時間を注ぎ込む投資のようなものであり、それが平民が魔法を使えないとされる所以である。
「嫌ですわ。私も平民に過ぎませんよ。私が魔法を使えるのは昔近所のお兄さんに教えてもらったというだけなので」
というのが私のこの街における設定。正直、魔法を使える事を隠すかどうか悩んだけれど、今まで使っていた便利なものを急に使わなくなるのは凄く不便に感じ、そのまま隠さず使うことに決めた。
「ふーん。ま、そういうことにしておいてやるよ」
これは信じてませんね。流石に少し無理がある嘘だから仕方ないですけど。
それから魔物素材換金所を後にして、私はユアの待つ家に戻る。その帰路で、私は出来れば会いたくない人と遭遇する。
「よォ、ヴィーナちゃん。今日も可愛いねェ」
ゲラゲラと軟派に笑いながら近付いてくるこの男の名はカンクル。今の私と同じく魔物討伐で生計を立ててる同業者のようなものであるが、私はどうもこの男の事が好きになれない。
その風貌は良い部類に入るのだろうが、何というかその性格そのものが無理。生理的に受け付けない。
「何か御用ですか?」
「くけけ、相変わらず冷たいなァ! でも、そこがいい!」
「それはありがとうございます。では、私はこれでーー」
「いやいや、ちょっと待ってくれよォ! もうちょっと話そうぜ」
話を早急に切り上げて帰ろうとする私の前に立ち塞がるカンクル。嫌なんですけど……。本当にこの人は空気が読めませんね。
「すいません。妹が家に待ってるので」
妹というのはユアのこと。この街では、そういう設定で通してる。
「妹ってユアちゃんだろ。あ、そうだ。あの子も可愛いし、なら三人で一緒にーーひっ!」
あ、しまった。つい魔力を解放してしまいました。少し落ち着く必要がありますね。とはいえ、とりあえずこの男にも改めて釘を刺しておきますか。
「カンクルさん。一つ言っておきますが、あの子に言い寄るのはやめてくださいね」
魔力を滾らせながらにっこりと作り笑いを浮かべて言う私に、カンクルは焦ったようにこくこくと頷く。
よろしい。私はカンクルが理解したのを確かめた後、解放した魔力を収める。
ユアは可愛さを極限まで突き詰めたような美少女だ。美人に見慣れたような貴族ばかりが通うあの学園の中でも、突出した人気があったほどの。
それほどまでに可愛い子だ。それに加えて家事炊事も万能で、しかも王族故に万人にその柔らかな笑顔を振り撒き、その笑みに魅せられる者は後が絶たず、この街でも既に老若男女問わずの人気が出ていた。
勿論それはいい。だが、問題はユアに魅せられて惹かれた男がユアに言い寄ることだ。
ユアはそこら辺の分別を弁えてはいるから心配ないとは思う。だが、それでも念の為に露払いはしておくべきだろう。
何かあってからでは遅いし。
「わ、分かってるよ。大丈夫、ユアちゃんには近付かないようにするって。ほんと、ヴィーナちゃんは冗談が通じないな」
「あなたの場合は冗談に聞こえないので。昨日も依頼受託所の飲食スペースで何人もの女性を囲ってたみたいですし、そのような下衆には出来るだけ私達とは関わらないでほしいのです」
「あーあ、ほんと酷いなァ。俺はただ自分の欲望に正直になってるだけだというのに。それよりそのシスコンっぷりも大概にしとかないと妹ちゃんに嫌われるぞォ?」
「誰がシスコンですか」
「おいおい、なんだよ自覚なしか?……、この街で若い男のほとんどアンタら姉妹に近寄らないのは、ヴィーナちゃんが原因なんだぜ?」
まあ、そうでしょうね。
「だってよォ、何かユアちゃんに話し掛けようとすればヴィーナちゃんが怖い。その魔力だっけか? それを触れると何故か震えが止まらなくなるんだよ。それ使って、片っ端から妹に言い寄る男を追い払ってただろ。それが怖くて若い男は諦めたみたいだな」
それは狙い通り。
魔力は全く扱えない者ならば少し触れただけでも拒否反応を起こす。私はそれを利用して、露払いをしてるだけだ。
ちなみに何度かカンクルには、同じような方法で忠告してる。が、この馬鹿は会うたびに恐怖を忘れたかのように気軽に話し掛けてくる。
「ま、ユアちゃんはともかくヴィーナちゃんのことは諦めないがな。一度はお茶してくれよォ!」
このひとは本気で苦手に思ってることをそろそろ気が付いて欲しい。
が、この男は気付かないんでしょうね。馬鹿だから。
私は思わず溜息をつく。と、そこへ、
「ヴィーナさまぁ!」
家にいるはずのユアが、私の元に駆け寄ってきた。タイミングが悪い。出来ればあまり近付けたくないというのに。
「ユア、どうしてここに?」
「あ、えっと、ヴィーナ様の帰りが遅かったから少し心配で……」
確かに換金するだけにしては、少し時間がかかったわね。一応は逃亡の身だ。そこら辺を考えて、出来るだけ早めに戻るべきだった。
「おっ、ユアちゃん。やっほォー」
この男、懲りずにまた……。
「あ、えっと……カンクルさん、その、おはようございます」
嫌そうに引きつった笑顔で挨拶するユア。この子もまた私同様にカンクルに対しては苦手意識を持っている。が、私と違って露骨にそれを表出することもない。
「どう、これから一緒にーーごめん、なんでもない。だからその荒立てた魔力を収めてくれ、めっちゃ怖いんだが」
怯えて震えるカンクルの姿に私は嘆息する。
それから私は苦笑するユアを引き連れて、帰路に戻る。その途中、諦めの悪いカンクルに多少粘られたりもしたが、完全に受け流し、やっと諦めたのか道行く別の女性の元に駆け寄り、声をかけていた。
「何というか……、平民には色んな方がいるのですね」
そう言うユアに私は答える。
「あれは例外中の例外よ。あのような性欲猿ばかりではなく、その半面自分だけを愛してくれる殿方もいる」
私はもう諦めたけど。
「それを見極め、ユアは真摯な殿方をしっかり選びなさいな」
すると、何故かユアは落ち込み、
「……殿方。私はヴィーナ様がーー……」
何かを呟いた。それは口の中で転がしただけの声。当然、私に聞こえるはずもなく、
「え?」
聞き返すと、ユアは言葉を飲み込み、首を横に振る。
「ううん、なんでもない」
「……そう」
それは嘘だろう。でも、言いたくないこと、言えないことを無理に聞くようなことはしない。
そして、私達は住居に戻る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クレアチオ魔法学園の生徒達は戦々恐々としていた。
一週間前のあの日。
ヴィーナ・リリファルが婚約破棄を言い渡され、情けなく動揺し、挙句に後輩に守られるというその無様な姿を笑い者にしていたあの日以降、この学校ではある事件が多発していた。
ヴィーナ・リリファルの命令によってミナ・ユキシロへの虐めを実行していたという生徒達の変死。
本来ならばミナが復讐の為に行ったのだと疑念する者も出てきても不思議ではないが、そのような者はほとんどいない。
何故なら虐めの実行犯とされた者達はヴィーナが学園を去った後、ミナに謝り、完全に和解したからだ。
そして、彼女達を許したことでミナの評価も上がり、昔の「平民のくせに生意気な女」という評価から今では「王子様の婚約者に相応しい学園の人気者」にまでその地位を上げていた。
その為、ミナを疑う者は誰一人として居らず、代わりにヴィーナがその犯人だという風に仕立てられていた。
自分が命令したくせに婚約破棄された原因を他に押し付け、復讐を始めた悪女ーーそれが今の学園内に流れるヴィーナの評価だった。
勿論、証拠はない。
当然だ。ヴィーナは犯人ではない。そもそも今遠い地にいるヴィーナにそのようなことが出来るはずもなく、だが、目的の一切見えない者が犯人であるよりも、ヴィーナのように目的の見える分かりやすい存在が犯人の方が、幾分か恐怖心は少ないだろう。
その学校の一室。空調完備の温室の中に彼らは身を置いていた。
「……クソっ! あの女、よりにもよってこのような馬鹿なことを始めるとは……」
「落ち着いてください、アーナイト様」
激昴する第二王子アーナイトを嗜めるミナ。
「ごめんなさい。私のせいかもしれません。私がヴィーナ様を追い詰めてしまったから……、もう少しやり方があったかもしれないのに。本当にごめんなさい」
そう自分を責めるミナの言葉をアーナイトは否定する。
「いいや、君は悪くない。悪いのは君を虐めた挙句、このような凶行に及んでいるあの悪女だ」
「……ありがとうございます、アーナイト様。そう言ってもらえると救われます」
にこりと弱々しくミナは微笑む。と、
「我が愚姉のせいで……、本当にすいません」
アーナイトの傍らに控えるグレンが口を開く。
「よい。そう、自分を責めるな。悪いのはあの女で、お前ではないだろう」
「その通りです、グレン君。あまり自分を責めないでください」
そのアーナイトとミナの言葉にグレンは光栄に思い、「ありがとうございます」と頭を下げる。本当に有難い言葉だ。この人達に一生を捧げてもいい。そう思わせるほどに、グレンにとって二人の存在は大きいものになっていた。
「それよりあの女だ。捕らえて打首にしたいところだが、その居場所が分からない。グレン、何処にいるか心当たりはないか?」
「いいえ。こちらも調べてはいるのですが……、まだ尻尾が掴めません」
「そうか。リリファル家でも分からないとはな。忌々しい女だ。やはりあの時にユア諸共殺すべきだったか」
それにグレンも同意し、ミナも心の中で同意を示す。
(ええ、本当に忌々しい女……)
だが、それを表に出すことはしない。内心に秘め、表に出すのは主人公としての顔だけ。
(さっさと諦めて、私の幸せの為に死になさいよ)
そう思いながら彼女は一口、紅茶を啜る。じわりと胸の中の怒りが紅茶の熱に混じり、心の奥底に沈殿していく。彼女の思惑の第一段階
は終わった。後はあの悪女を見つけるだけ。それで恐らく彼女の物語はハッピーエンドとして終わる。
(それが悪役令嬢としてのあなたの存在価値でしょ、ヴィーナ・リリファル)
そして、苛立ちを噛み殺しながら彼女はまた一口、紅茶を飲んだ。