二つの自動人形
それは突然のことだった。
轟っ!!という凄まじい爆音を伴って、辺り一帯の空間を巻き込み、激しい爆炎が突き抜けた。
「!!」
爆発に呑み込まれたヴィーナは、しかしその爆煙の中で何事もないかのように立っていた。
(この私が攻撃される直前まで気付けなかったとは)
爆発の熱によって身に纏っていた衣服の所々が破れ、その剥き出しになった健康的な肌が、とても十代のそれとは思えないほどの妖艶さを醸し出す。
(……それにしてもまさか私やレーナよりも早くに感知するなんて、あの"目"は厄介だけど確かに今回のこの仕事を片付けるのには使えそうね)
見た目こそは爆発の影響を受けてはいるが、その身に一切の傷はないのは、ヴィーナが咄嗟に自分の身に防壁を張ったからだ。
だが、そんな風にほぼノータイムで防壁を展開できるのはこの中では、リリファル家のヴィーナとレーナくらいのもの。
ユアですらできない。
にも関わらず誰ひとり死ぬことなく、その攻撃に対応できたのはエリアが攻撃されるよりも早くに襲撃者の存在に気付き、そのことを部下たち全員に伝えたからである。
(でもどうやら本人は私に対しては非協力的だから利用できるかどうかは分からないけれど)
ただ、それはヴィーナだけには届かなかった。
意図的に伝播しなかったのだ。
大方、今の攻撃でヴィーナを始末することができれば僥倖。エリアはそのように考えたのだろう。
だから反応に遅れ、そのせいでヴィーナだけがボロボロになっているというわけだ。
(まあいいわ。それより防壁が薄すぎたせいで少し吹き飛ばされてしまったみたいね。ユアは無事かしら)
ヴィーナは目を閉じ、編み上げた感知の魔法で、ユアの居場所を探す。と、少し離れた場所に一つの膨大な魔力があるのを感じ取った。
それはユアのものだ。
(よかった。ユアは無事のようね)
ヴィーナは安堵の息をつき、次にレーナや他の面子の無事も確かめる。そして最後にこの襲撃者の居場所を探る。と、そこから少し離れた地点に限りなく薄い気配を感じ取った。
(これが敵ね)
そう判断したヴィーナ、たんと地面を蹴り、巻き上がる白煙の中を突き進み、そのまま煙の外まで飛び出した。
そこで彼女が見たものは、二つの自動人形。
そのことに彼女は驚いた。
「自動人形」
どういうこと、とヴィーナは考える。
自動人形は人に危害を加えるように製造することはできない。
ベイルートが陥落したからといってそれだけは行うことができない。
なぜなら自動人形を製造する際に使われる魔法の式に、「生き物に危害を加えない」というものが組み込まれてるからだ。つまり自動人形の製造法的に不可能なのである。
いやそもそもそれ以前に自動人形にはこれほどの殺傷能力はない。
新たに製造されたか、あるいは改造されたか。
(ダメね、まだ情報が足りない。考えるのは後にしてまずは目の前の自動人形を捉えましょう)
ヴィーナは抜刀し、その竜鱗の刀を真正面に構える。初めて使う刀だが、不思議と体に馴染む。
(ふふ、それにしてもこれはいいわね。なんだか扱いやすい)
そう手の感触に感動しているとピピピと子供の自動人形の瞳が煌いた。
「ヴィーナ・リリファルの存在を確認。抹殺の許可を」
ピピピと煌めいた瞳に過ぎるのは、本来の自動人形と同様の反応。つまりは人に危害を加えることを許さないという表示。
しかし、
「承認を認識。これよりヴィーナ・リリファルの抹殺に移行する」
「!」
やはりおかしい。
目の前の自動人形は、正常に反応している。
生命体に危害を加えようとした際のエラー反応も出ている。
それなのに。
「八十八号機。バックアップを申請」
ガシャンガシャンと全身から砲塔を繰り出す子供の自動人形は、その傍らに控えるもう一体の自動人形に対して、言う。と、
「申請を処理。認識。承諾。十三号機のバックアップに移行する」
ピピピとエラー反応を出しながらも女の自動人形も、そう答えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
いきなり脳裏に過ぎったエリアの「敵襲のため防壁を発動してください」という声に、ユアは一切疑うこともせずに、自身の身に防壁を展開した。
その直後、押し寄せた爆熱に包まれた。馬車の荷台ごと吹き飛ばされたが、防壁を展開していたユア、レーナ、エリアは無傷のまま軽やかに馬車の外に着地する。
「ユア、無事?」
そうユアに声をかけたのはレーナ。
ユアは顔を上げて、それに答える。
「うん、私は無事。でもヴィーナ様は多分あの爆発を直に受けて……」
「ああ、お姉様なら大丈夫。この程度で、どうにかできるわけないもん」
レーナはにっと笑い、それから後ろを見る。
「それよりエリア隊長、どうしてお姉様にもこの攻撃の事を教えなかったのですか?」
エリアはふんと鼻を鳴らす。
「レーナ副隊長。私たちにとっては彼女も敵なのですよ」
「ですが、今は味方でしょう」
「当面の倒すべき敵が同じだけで、味方だとは思っていません」
エリアは鞘より剣を引き抜き、それ以上は何を言うこともなく濛々と巻き上がる爆煙の中を歩き出す。
その後を、エリアの指示に従い、先の攻撃を防ぎ切った騎士達が足並みを揃えるように追従。
「はぁー、やれやれ、融通が効かないひとだね」
レーナは肩を竦め、それからユアの手を掴む。
「ユア、行くよ」
「えっ、あ、うん」
ユアはレーナに手を引かれ、エリア部隊の後に連なった。
その直ぐ後ろをシルフがその小さな翼をぱたぱた動かして、付いていく。