兄弟2
母の意は、リリファル家の人間にとっては絶対のものだ。
誰も逆らうことはできず、それはアベルとて例外ではない。
グレンは舌打ちをして、アベルの背負う異形の者を睨む。
「お母様の命令があったことは分かった。ですが、それはお兄様への命令ですよね。どうして俺が」
「ああ、それは私が今は忙しいので、行けないからです」
「それは俺も同じだ、お兄様。俺とてあの女の居場所を探さなくてはなりません。だから協力はできない」
グレンはきっぱりと断りの言葉を口にするが、やはりアベルはくすくすと笑い、手を叩く。
「それは丁度いいですね。お母様の命令は、ヴィーナも深く関わっていることですよ」
「!」
ギラリとグレンの目に鋭い光が宿る。
「それはどういうことでしょう。まさかあの女の居場所を見付けたのですか?」
「ああ、そういえば君はまだ聞かされてはいないのでしたね。あの子の居場所は既に分かっています」
アベルは自身の長い黒髪を撫で下ろしながら視線をグレンへと流す。
「ただ、それを今ここで教えることはお父様に禁止されているので、私には言うことはできませんが、私の代わりに母の命令を受けてさえくれれば、あの子の居場所までは必然的にたどりつくことができるはずですよ」
にこにこと甘言を並べるアベルに、グレンの心が傾いた。だが、それを言ってるのが、目の前のこの男ということもあって僅かに警戒心だけは残す。
「それは本当ですか、お兄様」
「ええ、私は無意味な嘘は吐きません」
グレンはしばし考え、それからゆっくり頷いた。
「分かりました。お兄様の代わりに俺が行きますよ。詳しい話を訊かせてください」
グレンは警戒心だけは僅かに残しつつも、目の前の男の提案を受け入れることにした。
「助かります。なら立ち話も何なので、部屋の中に入れてください」
図々しい奴だ、と思いながらもグレンは「分かりました」とアベルを部屋の中に招き入れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青空の下。天と地の狭間の、壮大な虚空の中に忽然と二つの人影が、現れた。
一つは幼い男の子。もう一つはその母親らしき若い女性。
二人は手を繋ぎ、広い大気を足場に空中に立ち、眼科の景色に視線を下ろす。
その先には、野原を疾駆する騎馬や、それらに囲まれるような形で走る馬車。
「標的発見」
ぼそりと機械音声の如き無機質な声で呟いたのは、幼い男の子の方だ。
「これより戦闘モードに移行する。許可を」
ピーーと男の子の瞳に"不可"という文字が浮かぶ。
許可が下りないということなのだろう。だが、
「了解。これより戦闘モードに移行する」
不可を無視して、男の子は戦闘モードへの移行を開始する。
ピピッ、ピピッ、と何度も瞳の中に"不可"という文字が浮かぶ。だが、それらを無視して、男の子は行動に移す。
ガチャンガチャンと男の子の全身から砲塔が突き出て、その筒先の全てが一点方向に集中。狙うのは、視線の先の一行。
「発射準備。発射の許可を申請する」
不可。
だが、
「申請の承諾を認識。全弾発射までのカウントを開始。十、九、八ーー」
ピピッ、ピピッ、とカウントする度にエラーの音が漏れる。
しかし、その全てを無視して、カウントを続ける。
「ーー三、二、一、全弾発射」
轟!! 空気を震わせて、男の子の全身の砲塔から弾丸や光線、ミサイルが放たれた。
そして、その全てが標的の場所に着弾。轟音を巻き上げ、濛々と土埃が沸き起こる。
「全弾の着弾を確認。続いて標的の生死の確認に移行する」
全ての砲塔を体の中に戻して、男の子は隣の女性と一緒に地面に降り立った。
「生体反応複数発見。生存を確認。再び攻撃許可をーー」
エラー音を垂れ流しながら男の子は呟く。と、
「……どういうこと。あれは自動人形。何故、自動人形が私達を攻撃して」
ぼふんと土埃の中から一つの人影が飛び出した。
ヴィーナである。