ヴィクトリアと幼女
ーーやられた。
転移魔法によって遠方に飛ばされたヴィクトリアは、苛立ちのあまり大鎌を思い切り振り下ろし、大地を砕いた。
八つ当たりである。
(不覚。あの女を相手に油断などするべきではなかったのに)
ぐっと大鎌の柄を握る手に力が込もる。
どこまで飛ばされたのか分からないが、どこかの森か。
彼女は大鎌を振り上げ、肩に担ぐ。
(いや、悔いている場合ではない。何としてでもリングスに戻らなければ……)
とはいえ、ここが何処かは分からない。
彼女はその系統の魔法が不得意だ。
というか使う事が出来ない。
だが、ここでこうしていても始まらないだろう。
彼女は何か手がかりはないか、森の中の散策を始めた。
すると、その時だ。
「きゃああああ」という悲鳴を聞いたのは。
「なんだ?」とヴィクトリアは首を傾げる。
続けて「やだ、来ないで」という声も聞こえてきた。悲鳴を上げたひとのものだろうか。
察するにその悲鳴を上げた人物が何らかの危機的状況の中にあるのは間違いだろう。
ヴィクトリアは担いだ大鎌の重量感など微塵も感じさせないような軽やかな跳躍で、悲鳴の方に走った。
別に善心故のものではない。ただ、ここが何処か知るのには丁度いい。
彼女は木を縫うように走り、悲鳴の元まで駆け付ける。
と、そこには幼い女の子が野盗らしき蛮族に追い詰められていた。
木の枝の一つに飛び乗り、その光景を俯瞰する。
(……あれは。"悠久種"のエルフか。どうしてこんなところに)
悠久種というのは、寿命という概念のない生物のこと。基本的にSランクの魔物扱いで封印指定にもなる悠久種ではあるけれど、エルフだけは別で、封印指定はされない。
ちなみにドラゴンもこれに該当する。
(どうする。助けるのは簡単だけど、Sランクの魔物に関わるのは……)
エルフの子供は、びくびくと怯えていた。
その姿を見たヴィクトリアは思わず大鎌に力を込めた。
(いや、エルフなら助けるべきか)
そう決断し、木から飛び降りたヴィクトリアは、そのままの勢いに任せて一気に大鎌を振り下ろした。
一閃。
野盗の何人かは悲鳴を上げることもなく崩れてその場に倒れた。
「何だ、こいつぁ!?」
「この化け物の召喚魔法か何かか!」
「おい、クソ!」
野盗の集団がざわめいた。
すたっと血を纏った大鎌を肩に担ぎ、金髪を踊らせるように着地したヴィクトリアは、その背に子供を隠すように野盗の前に立ち塞がった。
「下衆共が。この子を売って一攫千金でも目論んでいるのかな?」
血を払い、髪を払って、ヴィクトリアは言う。
「ああ、そうだ! そうだとも! それを売れば俺たちはな、一生遊んで暮らせる程の大金を手に入れることができんだよ!」
「邪魔すんじゃねえよ」
一閃。また大鎌が振るわれた。何人かの野盗が巻き込まれ、肉塊に変わる。
「ならここでお前達の一生とやらを終らせてあげようじゃないか」
エルフの子供はヴィクトリアの背中を見た瞬間、これまで絶望していた世界に、一つの希望を見出したような気がした。
美しい金髪を咲かせ、躍るように命を蹴散らしてゆくその様は、もはや芸術といってもいい。
どきどきと激しく高鳴る心臓の音は、恐怖のせいか。それとも別の感情か。
まだ自身の内に芽生えたその感情の正体を知ることはできないが、ただ一つ確かなのは、自分にとってそれは悪いものではないということだ。
「君、大丈夫かい?」
そう声がかかったのは、金髪の女性がーーヴィクトリアが全てを終わらせてからだった。
頬に浴びた返り血を拭い、子供の目線に合わせてヴィクトリアは屈む。背後には惨殺死体が見える。が、そんなのが些細な問題に思えるほどに彼女は美しかった。
エルフは小さく頷き、上目遣いにヴィクトリアを見る。
「うん、だいじょーぶ」
拙い言葉で答える。と、ヴィクトリアは安心したように「ほっ」と胸を撫で下ろす。
「おねえちゃんはだれなの?」
「私か。私は、そうだな。なんと答えるべきか」
ヴィクトリアは考える。
自身のことを示すべき言葉は幾つかある。
リングスの街の雇われ領主、ヴィクトリア家の唯一の生き残りにして没落貴族、Sランクの魔物討伐者の内の一人、死神の異名ーー。
他にも諸々と自身のことを証明すべきものはある。
だが、どれをとっても子供には理解しきれるものではないだろう。
「難しいな。強いて言うなら君を助けにきた、とだけ言っておこう」
パァとエルフは満面の笑顔を咲かす。
「おねえちゃんはおうじさまなんだね!」
「いや、そんな大層なものではないよ。それより君こそどうしてこんなところにいるんだ?」
「……あのね。わたしは今おねえちゃんを探してるの」
ヴィクトリアは首を傾げる。
エルフもドラゴン同様に転生によって命を繰り返し、寿命を踏破した生き物だ。
つまりは唯一無二の個体である。
ここに一人エルフがいるということは、他にはいないはずだ。
「君には姉がいるのか」
「うん! ふたごのおねえちゃんがいるよ」
「……そうか」
どういうことかヴィクトリアは考えるが、過去に例のないことなので直ぐには答えが出そうもなかった。