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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
38/45

加工

 空気が透き通り、綺麗な月がよく見える。

 音は無音に近く、森閑としていたが、時折ザザザと夜風に歯の擦れる音を耳の端に拾う。

 そんな薄闇の支配する森の中に彼女たちはいた。

 

「ヴィーナ様、そっちの式はどうです?」


 月夜に舞う粉雪のように銀髪を揺らしながらユアは木の棒で湿った大地に線を引く。


「こっちはもう粗方終わったわ」

 

 ヴィーナも同様に湿った地面に線を引いていたが、最初に引き始めた起点となる場所に戻り、"点"を"線"に、"線"を"円"に変えると持っていた木の棒を放り捨てた。

 彼女が地面に描いていたものは幾何学的な文字と円を幾つも連ねた複雑な魔法陣である。

 

「それにしても魔法使いは大変ね。こういうものをいちいち刻む必要があるのでしょう」


 他人事のようにヴィーナは言う。


「私たちは本来構築陣を描く必要はないですからね」

「そうね。魔力で構築陣を展開すればいいだけだもの」


 軽く言うが、そんなことを出来るのはリリファル家を除けば他数名だろう。

 実際、王族の中でも魔力で構築陣を描けるのは現状ユアだけだ。


「よし、終わりました」


 ユアはそう言い、木の棒を放り捨てる。


「ヴィーナ様、そろそろ始めましょうか」

「そうね。あまり時間もないことだし、さっさと終わらせましょう」


 ヴィーナは自分の描いた魔法陣とユアの描いた魔法陣の中心に一つずつドラゴンの鱗と各々が選んだ武器を落とす。

 ヴィーナは刀、ユアは杖だ。

 これから始めるのは、これの加工だ。

 反乱軍がどれほどの力を有していても対応できるように、これを加工して自分たちの武器にする。


 ドラゴンの鱗は硬すぎて砕いたり溶かしたりすることは不可能だ。だが、時間をかければこの二人ならば表面を少し削るくらいはできる。削って粉末状にしたものを二人は自身の選んだ武器に"加工"する。それが今から始めることだ。


 二人は描いた魔法陣に魔力を流し込む。すると、魔法陣が強く輝き、辺りの薄闇を一瞬にして明るく染め上げた。

 

「どれくらい時間がかかるかしら」

「うーん、流石に朝までには終わるのでは?」

「ああ、朝まで」

 

 ヴィーナは切り株に腰を下ろして、溜息をつく。


「ユア、あなたは眠くないの?」

「眠くないですよ」


 ユアは笑い、ヴィーナの後ろに背中合わせに座る。


「そういえばヴィーナ様はどうして刀を選んだのですか? 魔法使いならば私と同じく杖とかの方が向いてると思うのですが」

「うーん、そうね。特に理由はないけど何故か懐かしいような気がして……」


 でもそうね、とヴィーナは考えてみる。

 確かに自身の性質を最大限に引き出すのは間違いなく杖だ。それなのに何故か刀に惹かれた。

 その理由は判然としない。

 ただ何となくいいなと思ったから、としか言い様がない。

 ヴィーナは考え、しかし結果として答えは出ないままだ。


「……やっぱり考えてもよく分からないわ」


 ユアは苦笑し、ただ会話の糸口として何となく訊いてみただけだからそこまで深く考えなくても……と思う。


 ユアはヴィーナの背に寄りかかり、夜空を見上げる。宝石を零したかのように散らばった星辰の渦を見て、ぼそりとユアは呟いた。


「綺麗な空ですね。お城からではこんな風には見えないです」


 そうね、とヴィーナは同意する。


「確かに綺麗な空。空気も澄んでいて、夜風に靡く葉音も子守歌のよう」

「ヴィーナ様は眠いのですか?」

「ええ、この頃、変な夢を見るせいで寝付きが悪いのよ。だから今は少し眠いわ」

「変な夢?」


 ユアは怪訝な声を出す。


「真っ暗な世界にただ一人で漂っている。そんな夢よ」

「……それは変な夢ですね」

 

 ユアの声のトーンが僅かに下がったような気がしたが、直ぐに元通りになった。


「私は最近はぐっすり寝れますよ。ヴィーナ様のおかげです」

「私は何もやっていないけど」

「いつも一緒に寝てくれます。それが私にとっての安眠なのです」

「ふーん。ならよかった」


 そうして二人は加工終了の時間を迎えるまで背中合わせに語り合う。


 結局、加工が終わったのは陽の昇り始めた頃合だった。

 

 ドラゴンの素材の加工を終えた二人は各々の空間の中に武器をしまい、地面の魔法陣を足でぐちゃぐちゃに消す。

 

「ふわぁー、少し眠くなってきました」

「……そうね。でも今は我慢しなさいな」

 

 この街を出るのは朝だ。その報せが昨日あった。今から睡眠をとるのは間に合わないだろう。寝るならせめて馬車の中で、だ。


 ヴィーナはユアの手を引き、出立前の事細かな準備をする為に一旦家に戻る。

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