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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
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リングスの街

 リングスという小さな街がある。殷賑(いんしん)には程遠く、まるで閑古鳥が鳴くかのごとく静寂に包まれているその街は、今まさに闘争の渦中にあった。


 別に普段の顔が廃れているわけではない。それどころか普段はもっと騒がしく賑やかだが、白熱する闘争によって自然と街の熱は奪われ、ゴーストタウンと化している。


 そんな森閑とした街だが、その周囲の平野は街中とは別世界のように騒然としていた。

 轟音が渡り、怒号が飛び交い、闘争の気配が充満する。

 

「守れ! 何としてでも守り切るんだ!! 街には一歩も踏み込ませるな!」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおお! 我らのヴィクトリア様がまた一人、打ち倒したぞ!」

「このまま守りきるぞ!」


 街を囲うように木のバリケードを張り、その内側にいる豪奢な身なりの者達が叫び、それに対する声がバリケードの外より響き渡る。


「畜生!! 援軍はまだなのか! このままじゃあの女一人に壊滅だぞ!」

「クソ! クソクソクソ! なんなんだあの化け物は! クソ!」

「諦めるな! あの街を制圧すれば我らの勝ちだ! ここまで来たんだ! 絶対に諦めるな!」

「分かっている! うぐぁあ!」


 吼えた男の喉が鋭い刃に引き裂かれて、血飛沫が舞い上がり、その合間から自身の身の丈以上はある大鎌を今まさに振り抜いた態勢の女性の姿が見えた。


「ぅ、ぐっ……、ヴィクトリ……ア」


 女性は大鎌を優美に回し、月に脚をかける女神のように大鎌の刃先を足の下に滑らせた。彼女はヴィクトリア。この小さな街の領主で本名は不詳。その名を示す時はいつも"ヴィクトリア"としている。謎が多く、ほとんど情報のない彼女だが、にも関わらず町民や街の貴族に高い信望を得ている。


「やあ、反乱軍の諸君。遠路はるばる御苦労様。それからさようなら」


 女神にも死神にも見える目の前の女性はその金髪を振り乱しながら大鎌を蹴って弾き、その二メートルはある鎌の柄を握り、手の中で回すように弄び、それから真横一閃、一気に振るう。

 死んだ、と彼女の攻撃範囲に身を置く彼らは同時に思う。

 どうしてこうなった。

 何を間違えたのか。

 彼らは走馬灯のように刹那の思考を働かせた。

 

 領主ヴィクトリアとは闘わない。これはそれが大前提の襲撃だった。

 あの女は転移魔法が使えない。だからこそ不在の時を狙って襲撃したのだが、まさかこんなにも早く戻ってくるとは思わなかった。

 いや、違う。

 そうではないことを彼らは分かっていた。

 ヴィクトリア以外の者達を甘く見ていた。鉄壁というべき防壁を張られて、遠方からの魔法による攻撃を阻まれた。だから仕方なく白兵戦に持ち込もうとしたが、それも尽くが弾かれた。

 リングスの貴族達は皆が防御に徹していた。ヴィクトリアの留守を預かる間、リングスは鉄壁の城塞と化す。

 そのことを彼らは分かってはいなかった。

 小さな街だと甘く見て、いつものように進攻を始めたのが間違いだった。


 彼らは瞑目する。死神に抱擁されるかのような齎された一瞬の死を受け入れる為に。

 だが。


「困るね。これ以上戦力を減らされたら僕が今以上に働かなくちゃならなくなるじゃない」


 大鎌が振るわれた直後、降ったその声に呼応するように反乱軍の者達は目を開く。

 熱気が溢れ、大鎌の刃先を金色の剣で受け止め、熱風に赤毛を翩翻する一人の少女。

 彼らのよく見知った少女の背がそこにあった。


「ミーシャ様」


 ぽつりと誰かが言った。

 目の前にいるのは、自分たちの属する組織"反乱軍"の幹部の一人ミーシャだ。


「……反乱軍の巫女(ミーシャ)か。物臭のお前が前線に出るなど珍しい」


 ヴィクトリアは言った。


「確かに本当は僕が出るつもりはなかったんだけどね。眼帯ちゃんが君のことを警戒しすぎてるんだ。だから僕が寄越されたってわけ」


 ミーシャは抑えていた大鎌を弾き、"鞘より抜かれた金色の剣"を正面に構える。


「君如き僕が出るまでもないと思ってたけど、どうやら来て正解だったようだね。流石は眼帯ちゃん。いい采配だよ」

「火の天使の真似事とは。相変わらずだな」

「お互い様だね。君だってそんな大鎌を振り回して死神気取りでしょ」

「ふん、私のこれは単なる趣味だ」


 ヴィクトリアは腰を低くして大鎌を真横に構える。その威容を確かめ、ミーシャは意思伝達魔法によって自軍に指示を渡らせる。


 こいつの相手は僕がする。皆はあのバリケードを突破することだけに全力を注いでくれーーと。


 自軍全員から了解の意思表示を受け取り、ミーシャは剣を強く握り締め、気を引き締める。

 目の前の敵は強い。

 ヴィクトリアは、ミーシャが反乱軍の中でも唯一信用する仲間の隻眼の女でも撃ち損じるほどの実力だ。

 いや、それどころか逆に追い詰められたこともあるという。

 それほどまでに強い。

 

 二人は互いの一挙一動全てに気を払い、僅かな変化を逃さぬように睨み合う。


 怒号が飛び交い、爆音の膨れ上がる戦場の只中においてもこの二人の周りの時間だけが止まっているかのようだ。

 

 だが。

 次の瞬間、一気に状況は変化した。

 お互いが同時に動き、その手に握り締めた武器を縦一閃真横一閃に振り下ろされた。

 熱風纏った黄金の剣と風を引き裂いた大鎌が衝突。

 そこを基点に大地が窪み、縦横無尽に衝撃波が撒き散らされた。


 並の者ならばこの一振りだけで終わっている。だが、お互いに並とは程遠い存在だ。

 

 ミーシャは直ぐに次の攻撃に移り、ヴィクトリアも同様に次の攻撃に移る。二人は防御の態勢を取らない。攻撃がそもそも防御と同じ役割を持つからである。


「ふっ、お前……これほどまでの力を持っているのに何故、反乱軍なんぞに属しているんだ?」


 ヴィクトリアは大鎌を振り下ろしながら言い、


「答える必要はあるのかな」


 ミーシャは黄金の剣で迎え撃ちつつも答える。


「確かにそうだな。まあ、正直興味はない」

「ならばその問いかけは無駄だよね。それとも僕の隙を誘うためのものかな」


 ヴィクトリアははっと笑う。


「そんなのがお前に通じるものか。こう見えても私はお前達を正当に評価しているんだ」

「それはまた迷惑なことを。もうちょっと油断してくれたら僕たちもやりやすいんだけどね」


 鎌と剣を打ち合いながら二人は合間に言葉を交わす。


「お前相手に少しでも油断すれば、それはイコール死だろう。私が死ねばリングスが蹂躙されることになる。それはさせない」

「僕達はそこまで野蛮ではないさ。蹂躙などするはずもない」


 ヴィクトリアの大鎌の一振りを捌き、後ろに大きく下がる。と、同時にヴィクトリアが一歩で詰め寄ってきた。

 早い。そう思った直後にはヴィクトリアの長い脚が伸び切って、ミーシャのお腹を蹴り飛ばした。


「ぐっ!」


 思わず呻き、だがよろけることはせずに態勢を立て直す。

 剣を構えて、追撃に駆け出したヴィクトリアを迎え撃つ為に一気に刺突する。が、それも躱されて、逆に大鎌の長い柄の一振りによる反撃を受けた。

 徐々に実力の差が如実になってくる。


(やっぱり強いね。流石は戦闘特化の眼帯ちゃんから逃げ遂せるだけはある。このままじゃちょっときついかも)


 ミーシャは身を引き、空いてる手で魔法を展開する。

 幾重にも連なる構築陣が手中に生まれる。

 何の魔法かは分からないが、今までの近接一辺倒の攻撃から変えるつもりのようだ。

 ヴィクトリアは止まり、大鎌を構えて次の攻撃を視るための備えに入っている。

 警戒している。

 初手は全てを見極める為に受けるつもりだろう。

 ミーシャは口元に薄く笑みを張り付ける。


(うん、そうくると思ってたよ)


 ミーシャは魔法を発動する。手中の魔法陣の中心から真紅の弾丸が飛び出し、空を裂いて突き進む。


「なっ!」


 ヴィクトリアは驚き、だが驚きは直ぐに飲み込んで、咄嗟に体を動かしていた。

 ミーシャの手元から放たれた弾丸が狙うのは、ヴィクトリアではなく、その後方の街。

 つまりはリングスである。

 ヴィクトリアは全力で弾丸の前に飛び出して大鎌を一振りし、弾丸を叩き切る。

 その僅かな隙。一瞬の動揺が生み出した刹那の隙をミーシャは狙っていた。


「これで終わり。僕の勝ちだね」


 ミーシャはヴィクトリアの肩に手を置き、笑う。

 と、次の瞬間。ヴィクトリアの足元に火線による魔法陣が展開された。それは彼女本人の魔法ではない。誰か第三者の魔法だ。だが、この場でそんなことが出来るのは一人しかいない。

 ミーシャだろう。

 ヴィクトリアは直ぐに魔法陣の外に出ようとするも間に合わず、足元の魔法は発動する。

 ヴィクトリアには使用することのできない魔法。

 転移の魔法である。


「じゃーね、ヴィクトリア。楽しかったよ」

 

 そう言うと、ヴィクトリアは悔しそうに口元を歪めた。

 そして、そのまま転移の魔法に飲み込まれてその姿は消え去った。

 ヴィクトリアが消えた後はあまりにも一方的だった。

 街を守るためのバリケードをミーシャが破り、そこから反乱軍の兵士たちが一気に雪崩込み、忽ちリングスの街の制圧に成功。

 抵抗する貴族共は総じて切って捨てた。

 

 闘いが終わるとミーシャはその報告を隻眼の女に意思伝達魔法を送る。と、


「ご苦労。戻っていい」と隻眼の女からの返事を受け取り、ベイルートに転移で戻る。


 虚空に「おかえりなさい」と青白い文字を記し、ハクレイは迎えてくれた。

 

 

 




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