円卓会議
その日の翌日。彼らは、青天の元の大広間に置かれた円卓を囲うように座っていた。
一人は今回の騒動の渦中の人物"ヴィーナ"。その右隣にはラファリス王国の第三王女ユア、その左隣には騎士団の副隊長であり渦中の人物の実妹たるレーナ。
そこから三つほど離れた一時の席に座り、瞑目して心を落ち着かせて脳内で状況整理に勤しむのはエリア。
さらに他には村長のアイゼンや広報部として参加を許されたグレムリンが点々と席に座っていた。
「まずは事情を聞こうかのう」
国家の最高位たる騎士を前にしても変わらぬ泰然たる様子で、アイゼンは言った。
「分かりました。お話します」
仕方ないといった風にヴィーナは答える。その膝には不可視のシルフが佇んでいた。
「私は"リリファル家"の人間です」
ぴくりとアイゼンの眉が動いた。また、青天の元で行っているということもあって見に来ていた観衆が騒然となる。
「あの"闘争狂い"の一族の者か」
そう言うアイゼンにヴィーナは思わず苦笑する。
否定はできない。確かに闘争狂いとは、言い得て妙ねーー。
そう納得しているともう一人のリリファル家の人間から苦言が漏れた。
「闘争狂いとは失礼ですね。私たちは貴方たちのような弱い人間を護るために在るのですよ。殺しも壊しも、全ては万民を守る為の苦肉の策。それを狂っているとは、些か失礼な物言いだと思いますね。言い改めてください」
ああ、それはすまんのう、とアイゼンは謝意を示す。あっけからんとした様子で相変わらず食えない人物だ。
ヴィーナは、レーナを窘めた後、話を戻す。
「いえ、正確にはリリファル家の人間"だった"と表現する方が正しいかもしれないわね」
段々と取り繕っていたものが剥がれてゆく。もはやこの際、隠しても仕方の無いことだ。
ヴィーナは事細かく事情を語ってゆく。
まずは自身の身の上、次に何があったのか、最後にはどうしてユアを連れて姿を消し、このような辺境で韜晦しているのか。語れることだけは語る。
「ーーなるほどのう。その道程の末に此処に至ったというわけか」
アイゼンは納得したようだが、周りの者達は未だ喧騒を発していた。まあ、当然といえば当然か。
どうやらドラゴンと渡り合うほどの高位の魔法を使える時点で彼女たちが元貴族というのを察していた者も多かったようだ。しかし、それが片や王族、片や最強の家系だとは思わなかったのだろう。未だざわめきがやまない。
「しかし、一つだけ疑問がある。お主らは一体どういう関係なのだ?
ただの友人の為に今まで築いてきた全てを投げ捨てることなど出来るはずがない」
どういう関係か、それを問われるのは難題だ。
言葉が詰まり、直ぐには答えが出ない。
ただの友達。否だ。それはない。
ならば幼馴染か。それも微妙だ。
ヴィーナは顎を撫で、その問いに対する明確な答えを己が中に探してみるも、どれもピンと来ない。
自分にとってユアという存在はどういうものなのか。また、ユアにとって自分とは何なのか。判然としない。
「そうですね」
ちらりとユアの横顔を見ると、ばちりと正負の電極が繋がるかのように視線が交わり、慌てて視線を前に戻す。ユアも同じようで、付き合いたてのカップルの様に初々しい反応だった。
「私にとってこの子は、い、妹のようなものです」
取り繕った言葉を並べるが、今の二人の反応で感の鋭い者の幾人かが二人の奥底に秘められたものに気付いた者も多かった。
ただ、エリアは全く気付いた様子もなく、姫様を妹扱いするヴィーナの言葉に「不敬なことを」などと呟いていた。
そしてヴィーナ側の情報をある程度開示すると、次はエリアの番。エリアは騎士としてこの地に来訪した理由を告げ、ドラゴンの仔細な情報開示を求め、それにアイゼンを筆答にした者達が答える。
「やはりドラゴンは倒されていたのですね。それも姫様たちに」
エリアは呟き、じろりとヴィーナを睨む。
確かにヴィーナは強かった。少なくともエリアよりは。
だが、それでもドラゴンを倒せるほどの実力があるとは思えない。
「本当にドラゴンを倒したのですか」
訝しむエリアは、そう言った。信じられないのも当然だ。ドラゴンのような封印指定にもなっているSランクの魔物の相手は、本来ならば王国騎士団が総力をあげるべきものだ。たった二人でどうにかなるとは思えない。
「証拠はあるわよ」
ヴィーナはパチンと指を弾く。と、その背後にドスンと何かが姿を表した。それは一見すると岩石のようなものであるが、よく見ると首から先を失ったドラゴンの亡骸だった。
エリアは絶句する。正真正銘のドラゴンの死骸。ドラゴンを倒した証だ。
「ほほう、それがドラゴンの死体かのう。ここまでの近距離で見ることができるとは、長生きはするものじゃわい」
呵呵とアイゼンは笑い、じっとドラゴンの胴体を眺める。
「これが証拠です。ただ、それよりここからは二人に提案があります」
ヴィーナはアイゼンとエリアの顔を交互に見ながら言う。
「提案?」
「なんじゃ?」
ヴィーナは背後のドラゴンの亡骸を空間の中に戻すと、意を決してその言葉を口に出す。
「ベイルートの"反乱軍"を制圧するので、お二人には私の望みを聞いてほしい」
エリアは驚き、アイゼンは「ほう」と喜悦入り混じる声を漏らす。ユアには前日に詳しく話している為、無反応だ。
「何故ベイルートが反乱軍に占拠されている事をあなたが知っているのですか」
エリアの驚いた理由はそれだが、そのことはアイゼンから聞いて知ってるのだということを答える。
Sランク討伐者にもなればその程度の情報は持っているのが普通だ。
そうして渋々エリアを納得させる。
「それで、望みとは何なのだ」
先に言ったのはアイゼンだ。次いでエリアも同意する。と、にっこりとヴィーナは微笑む。
「それはーー」