幼馴染たち
とんとんと指先で、机を叩き、ユアは心の内を無意識に表していた。
心配だ。
あのひとが強いのは知っている。
幼き頃に反乱軍の構成員を圧倒し、先日もドラゴンを滅ぼすための一手を打ち、その功績が讃えられてSランク討伐者に成ったヴィーナのことだ。
負けるわけがない。そう信じてはいるが、それでも不安は拭えず、ついつい心の内をリズムとして刻む。
そんなユアの様子に、レーナは呆れていた。
「お姉様なら大丈夫だというのに、何故そこまで心配するの?」
「……それは心配しますよ。私は間近で王国騎士団のことを見てきましたし、彼らの能力が高いのを知っているんですよ」
「ああ、そういうことね。確かに"騎士団長"が相手ならばお姉様でも苦戦する可能性はあるかもね」
それでも負けはないケド、とレーナは付け加え、さらに続ける。
「ただ、一部隊ではお姉様は負けない。苦戦もない」
そして、そう断言する。
ーーそんなことは分かっている。
でも、だけど、それでも心配はしてしまう。
勝つ負けるとかそういう問題ではない。単に大切だからこそ、その身を案じてしまう。
そこに理屈はない。ただの感情面の問題である。
(はぁ……)
ユアは溜息をつき、気分を落ち着かせる為に紅茶を飲み、過剰な熱気だけを呼気として外に放出する。
ーーただ、ヴィーナは今回の襲撃では不利な立場にある。
まず前提条件として騎士を一人として殺してはならない。理由としては騎士を殺すことは、そのまま国への宣戦布告にも繋がるからだ。
国への宣戦布告は国家反逆罪の大罪人として追われることになり、その扱いも"魔物"と同じになり、ドラゴン同様に延々と追われ続けることになるだろう。少なくとも平穏な二人の生活とは程遠い。
つまりヴィーナに出来るのは襲撃してきた騎士を殺さず、また傷付けることも許されず、ただ捕縛だけだ。
そんな不利な状況にあるヴィーナに対して、ユアは満腔の祈りを込めて、想う。
(せめて怪我だけはしないでください、ヴィーナ様)
それから少しの時を経て、白い太縄で簀巻きにした騎士達を魔法で運びながらヴィーナは戻ってきた。
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尋問を終え、光の中から抜け出たヴィーナは、グレムリンやカンクルを含めた討伐者たちに自分たちの正体を明かした。
最初やはりというべきか当惑の声が上がったが、そこら辺はグレムリン達のような察しのいい者達が無事に収束へと導いた。
だが、仔細は語らずにいた為に後日、また町長のアイゼンを含めての対話が行なわれることになった。
別に全ての事情を明かしてもよかったけれど、今はユアが無事かだうかだけが心配だったので軽く自分たちの正体だけを明かして直ぐにヴィーナは自宅へと飛んでいった。
勿論、文字通りの意味で。
転移を使うことも考えたが、流石にエリア達を含めての転移は彼女にも無理で、仕方なしに飛行魔法で自宅へと戻ったのだった。
「ユア!」
バタンと戸を押し退け、戻ってきたヴィーナが最初に目にしたのはユアではない一人の少女だった。
「お、ね、え、さ、まー!」
少女はヴィーナの胸に弾丸よろしく突進すると、そのままの勢いで押し倒した。「ひゃん」という何ともらしくない声を上げて倒れたヴィーナは、自分の胸に顔を埋めては「久しぶりのふかふかー」などと頬擦りまで始めた彼女の姿を見て、ようやく驚いた。
「レーナ!? どうしてあなたがここに!」
「んんー、それはエリア隊長たちと同じ理由かな」
顔だけ上げて答えるレーナ。すると、そんな彼女へと同時に二つの声が上がる。
「レーナ! 離れてください」
「レーナ副隊長……、まさか私達を裏切って……、って姫様! どういうことですかこれは」
一つはペタペタとスリッパを弾ませて寄ってきたユア。もう一つは傍らで身動きを封じているエリア。
レーナはユアに対しては一言「嫌」と切り捨て、次いで自身の隊長へと「別に裏切ってはないですよ」と答えた。
「もう」とユアは呆れ、レーナの体を引っ張り、それからエリアに言う。
「どういうことも何もこういうことです。私は誘拐されたわけではありません」
「……そんな」
「国ではヴィーナ様の扱いはどういうことになっているんですか?」
「……、ミナ様を虐げ、そのせいで婚約破棄されたくせに逆恨みし、復讐としてユア様を誘拐し、さらにクレアチオ魔法学園の生徒達を殺してまわっている悪魔のような女だという風になっています」
それはまた随分と酷い状況ね、とヴィーナは苦笑する。
と、もごもごとレーナが何かを言う。
「レーナ、擽ったいわ。少し離れてくれる?」
ふるふると頭を振り、顔だけ上げて「ほんとーに酷い噂ですよね、お姉様」と笑う。「ええ。そうね」とヴィーナはレーナの頭を撫でる。
そんな二人のことをユアがじとーっと睨む。なんだか視線が痛い。
「ヴィーナ様、もう少し強引に引き剥がした方がいいですよ。レーナもいい加減に離れてください」
「そうね。そろそろ本当にーー」
「ええー、嫌だ。久しぶりのお姉様の体温、もっといっぱい味わいたい。ユアは毎日お姉様と一緒に居られるんだから今日は諦めて、私に譲りなさい」
「嫌です! 私だって最近はヴィーナ様が帰り遅いせいであまり構ってもらえてないんですよ! それに今日は、ってもしや泊まるつもりですか!?」
「当然でしょう。こんな辺境の地に他に街はないし」
「ダメです。あなたは野宿でもしてればいいでしょう!」
「淑女たる者そんな真似できるわけないでしょ!」
まあまあと宥めるヴィーナの声は届かず、二人の言い合いは白熱を極めていく。
普段は二人ともこんなんではないのだが、ヴィーナが混じると途端に子供のような争いが始まる。ヴィーナという信頼出来る年上がいることで年相応に戻ることができるからなのであろう。
とはいえ、このままその争いを放置しているわけにもいかず何度も宥めるが、その結果ついにその矛先がヴィーナに向けられて、二人から同時に「私とあいつどっちが大切なんですか!」というような何とも答え辛い質問が飛んできたのだった。
そして、直ぐには答えられず言い淀んでいると、エリアから「大変ですね」というような声が上がり、それにヴィーナはゆっくりと頷いた。