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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
29/45

レーナ

 幼馴染(レーナ)を家の中に迎え入れたユアは、警戒だけは怠ることなく、紅茶と作り過ぎて余ったクッキーを茶菓子に出した。


「ありがと」


 レーナは昔のように無遠慮にクッキーを食べ始める。


「うん、美味しい。流石ね」


 だけど昔の弱々しい彼女とは違って、どこか態度が偉そうだ。

 

「それで、どうしてここにいるのか聞かせてください。そんな格好をしてまで」


 レーナは今、その小さな体には不相応な白銀の胸当と腰当を纏い、紅蓮のマントを揺らしている。その姿は王国騎士団のもの。

 彼女が王国騎士団に属するというのは聞いたことがない。

 元姫なのに、だ。

 ということはレーナが騎士に入ったのはここ数日のことか、もしくはその存在を今まで秘匿にされていたか。


 可能性はその二つ。

 だが、恐らくは後者だろう。

 レーナの襟元に刻まれた銀の片翼の紋章。

 あれは騎士団の一部隊の中でも副官にのみ与えられるもので、それがあるということは彼女は副隊長。

 仮にリリファル家の口利きやレーナ自身の高い能力(スペック)があったとしても数日で副隊長に上り詰めるなどは不可能だ。


「この恰好、変かな。結構かわいいと思うんだけど」

「変というかそれ騎士団のものですよね。あなた騎士団に入ったのですか?」


 疑問の確信の質問を投げ、それに何でもないようにレーナは答える。


「うん、お母様の仕事の都合でね。半年前に入団したんだ」

「半年前に入団して、もう副隊長になったのですね」


 どれだけ早くても数年はかかる。それを一年未満で副隊長まで上り詰めるのは、流石は最強の家系というところだろう。


「それで、どこの部隊に入隊したのですか?」

「エリア部隊よ」

「……エリア部隊?」


 ユアは怪訝な顔をする。


「あれ、エリア部隊を知らない? 主に情報収集を担っている隠密部隊なんだけど」

 

 いや、知っている。だが、だからこそ分からなかった。

 彼女ほどの能力があれば、他のーーそれこそ戦闘(エリート)部隊でも通用するはずだ。それなのにどうして隠密部隊なのか。

 その疑問を告げると、レーナは咀嚼中のクッキーを飲み込み、乾いた口を紅茶で潤した後、答える。


「詳しくは言えないけど、お母様の仕事を手伝ってる内に必要になってね。仕方なく入っただけよ」


 ーーお母様。リリファル家の女傑のことだろう。ユアは一度も会ったことがなく、どんな仕事をしているのか疑問があるが、その有能さだけは有名だ。


 成程、とユアはそれ以上突っ込んだことは聞かず、「それより」と本題に戻る。


「あなたがそれを着て、ここに来ているということはもしかして他の騎士達も……」

「ええ、来てるわ」


 ……やっぱり。

 すくっとユアは立ち上がる。


「どこに行くの?」

「決まってます。ヴィーナ様のところです」

「ふーん、行ってもいいけど、きっと厄介なことになるわよ」

「厄介なこと?」


 ええ、とレーナは頷き、すぅーと口の中の熱気を吐き出しながらも言う。


「今、エリア隊長に見付かって面倒なことになってるみたい」

「なっ! だとしたら余計加勢に行かないとーー」


 落ち着きなさいとレーナはユアを制する。


「お姉様が負けるわけないでしょ」

「……レーナ、あなた今は騎士ですよね。それなのにそんなこと言っていいの?」

「構わない。だって私は別に王国に身命を賭してるわけではないもの」


 問題発言だ。他の騎士に聞かれたら即座に騎士団を除名されるような言葉である。だが、ユアは今更それを咎めることも窘めることもしない。


「なら、あなたが身命を捧げるのは一体、誰?」


 レーナは口元を弛めて、見た目相応の幼い声で「秘密♡」と答えた。

 






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 なにこれは。

 一体どういうこと。

 どうしてこんなにも一方的に私が……。

 エリアは戸惑いながらもとにかく動き続ける。

 動き、剣を振るう手を止めれば即座に負ける。

 本能的に、あるいは経験的に分かっていた。

 

「ぐっ、この、はっーー!」


 振るわれた剣は防壁に阻まれる。壊せず貫けない。

 目の前の少女は、つい先刻まで普通の女学生だったはずだ。

 だからこそ彼女は捕らえることを選んだ。本来、彼女たちは戦うための部隊ではなく、調査等の情報収集を担当する部隊で、いつもこういう場面になると必ず情報収集だけに専念する。

 にも関わらず、戦うことを選んだのは、捕縛ないしは暗殺が可能だと思ったからだ。

 それなのに……。

 まるで刃が通らない。

 いや、先程までは確かに刃が通っていた。でも、今は完全に防壁に防がれている。


「ぐっ、この!」

 

 力任せに叩き付けているようで、しかしその一閃は鋭い。

 だが、やはり防壁を超えられない。


(どうする。部下を呼ぶ……? いいえ、ここで部下を呼ぶのは流石に愚策ですね。ここは撤退を合図して彼女の居場所だけでも早々に伝えーー)


 そう彼女が考えるよりも先にヴィーナの唇が動いた。


「見付けた」


 そのときだ。二人の後方に幾つもの光の柱が立ったのは。


「なっ!?」


 それは捕縛魔法。

 

「まさか……」

 

 エリアは唇を噛み締める。


「私の部下を」

「ええ、捕縛完了よ」

「っ!」


 やられた、とエリアは一歩後退する。

 今までヴィーナが防戦に徹しているのだと思っていた。動き回ることでこちらの動きは補足できず、ただ防戦に徹し、一瞬のスキをついて彼女を絡め取るつもりなのだと考えていた。

 だが、その考えは全く違う。

 彼女がわざわざ防戦に徹していたのは、エリアの待機させている部下を捕捉し、捕縛するためだった。


(これは、詰み、ですか。いいえ、私だけでも撤退して、王国に戻れば)


 その思考が一瞬の隙になることに、気が付いたのは捕らえられた直後だった。

 

「!?」


 光の柱に縛られて、エリアの体が持ち上がる。

 部下が捕えられた瞬間に動揺せず、即座に戦線を離脱すれば彼女は逃げられただろう。

 エリアの速度にヴィーナは付いていけないからだ。

 でも、それを速断できるには、まだまだエリアの経験は足りない。


「ぐっ、こんなもの」


 エリアは全身に魔力を込めるが、光の柱から抜け出せない。


「無駄よ。それには封印魔法も組み合わせてあるわ」

「成程、これがあなたの固有魔法というわけですか」


 ヴィーナは「いいえ」と否定し、


「私に固有魔法(オリジナル)はないわ」


 と告げた。


「固有魔法がない? それだけの素質がありながら固有魔法がないというのは、随分と可哀想な話ですね」


 会話をしつつも光の捕縛から抜け出す機会を伺う。


「可哀想、ね。そうでもないわ」

「強がりですか。惨めですね」


 エリアは煽り、それによって憤りや動揺が生じることを期待する。が、ヴィーナは一切憤りも動揺も見せない。

 何故ならエリアのその言葉は完全に的外れだからだ。


「どうやら勘違いをしているようね。私に固有魔法がないのは単に私が全ての魔法を扱い切れるからというだけ。私だけの魔法がないだけよ」


 一瞬、何を言ってるのか分からなかった。が、徐々に驚きが吹き出していく。


「あ、ありえません。そんなの……、固有魔法まで扱えるなど」

「事実よ」

 

 ゆっくり歩き、ヴィーナは未だ驚きの中にいるエリアの元まで寄っていく。


「まあいいわ。そんなことよりどうして王国の騎士がここにいるのかしら。答えなさい」


 エリアは答えず、鋭くヴィーナを睨み付ける。

 答えるものか、という意思表示だろう。


「そう。仕方ないわね」


 ヴィーナは手の中に魔法陣を浮かべる。と、その中心から八つ又の光の蔓が伸びた。

 

「なにをするつもりですか。拷問には屈しませんよ」

「拷問などという野蛮な真似を私がするわけないでしょう」

「なら何をーー」


 ヴィーナはにこりと笑う。


「それは今からお楽しみです」


 そう言い、二人の姿を白い光が繭のように包み込んだ。その内部ではどうなっているのか。外部からでは分からないようにーー。

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