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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
27/45

お仕事

「これはどこに運べばいいのでしょうか」


 ヴィーナは適当な岩にハンカチを敷いて座り、その頭上に 複数の大木を浮かせる。

 

「ああ、それはあちらへお願いします」

「分かりました」


 言われた通りにヴィーナは大木を移動させる。他の人は汗水垂らして大木を担いで運んだりしているのに、彼女だけは汗一つかかずに魔法で全てを片付けていた。

 何というか反則感あるような行為だが、それに文句を言うものはいず、それどころか「おおー」や「こりゃ早く片付きそうだ」などという感嘆の声すら上がる。


「次は」

「ああ、それは切り分けてあちらにお願いします」

「分かりました」


 ヴィーナは風の魔法で、鎌鼬を生み出して、大木を切り刻み、指定された場所へと運ぶ。

 つまらない仕事だ。

 ただ淡々と魔法を使い、機械的に作業するだけ。

 これならまだ魔物と闘ってた方がマシだ。ただ、他の者はそうでもないらしい。まあ、魔物との闘いには命のやりとりがあるから力を持たない平民には仕方の無いことかもしれないが、少なくともヴィーナにとっては魔物狩りの方が遥かに楽だ。

 流石にドラゴンとは二度と闘いたくはないが。


 そんなことを考えていると一つの視線を感じ取った。


(誰かしら。これは……魔物?)


 ぴくりとシルフも反応し、キョロキョロと首を回していた。この子が感じ取っているということは、気のせいではないでしょうね。

 今ここは山の中だ。魔物の一つや二つ、出るのは当然。むしろ出る方が自然だ。

 ヴィーナは魔法で木の移動を続けつつも警戒する。が、何故か全く襲ってくることはない。

 どういうこと……?

 と疑問に思っていると、そんな彼女の思いを察したのかミス・グレムリンが話しかけてきた。


「警戒せずとも魔物は来ませんよ。魔物は本能的に強者に従い、弱者を狙うので、恐らくあなたがここにいる時点で襲撃は有り得ないのでしょう」


 ええー……。

 というかそれって魔物討伐者としては致命的なんじゃ……

 そう言うと、ミス・グレムリンは笑う。


「そうですね。なので魔物討伐者は諦めて他の道を探すというのも一つの手ですよ。魔法が使えるなら他にも色々と選択肢はあるでしょう」


 他の選択肢、ね。

 ヴィーナは呆然と魔法を使いながらも考えてみる。

 そもそも今のこの魔物討伐者自体が他の選択肢ともいえるのに、これ以上どう選べばいいのか。

 まず公職は有り得ない。一応これでも追われている身だ。直ぐに足がつき、居場所が特定されるだろう。


 ならば他国に亡命してなりたい仕事に就くか。それも無理だ。元々がリリファル家の長女とラファリス王国のお姫様という立場を持っていた以上、恐らく政治利用、ないしは軍事利用されることになる。

 平和にユアと暮らしていくには、やはり名を持たぬ者でもなれる討伐者という仕事が最も適している。


「……無理ね。考えてはみたけれど、他に選択肢が浮かんでこないわ」


 肩を竦めるヴィーナに、「残念」とグレムリンは答えて、仕事に戻る。それを見送った後、ヴィーナはシルフに視線を向ける。

 

(ま、彼女はああ言ってたけれど、きっと魔物が寄り付かないのはこの子がここにいるからでしょうね)

 

 そうしてヴィーナは淡々と流れ作業のように魔法をふるい、長く働き、日が傾けば山を降りて家に帰る。それを翌日も、翌々日も繰り返した。視線は相も変らず感じたままだった。





 ーーそして、その仕事を始めてから四日目の朝を迎えた。

 ユアに見送られて、いつもの待ち合わせ場所に来たヴィーナは、やはりいつものようにカンクルやグレムリンを含めた討伐者の集団に「おはよう」と迎えられた。

 

 それに「おはようございます」とヴィーナは答え、そのまま合流し、今日の仕事の地点まで移動を始めた。

 変わらずヴィーナの格好は、黒いドレスという登山には不向きなものだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ヴィーナを送り出した後のユアは、忙しい。

 家に入り、まずは掃除だ。隅々まで箒の毛先を行き渡らせて、埃の一つ一つを絡み取り、纏めて、袋の中に入れ、それから湿った雑巾で床や窓を拭き(手の届かない所は仕方なく魔法を使う)、最後に乾拭きする。

 それが終わると次に待ってるのは洗濯だ。洗濯板とタライを持ち、付近の河川に向かうと、既に何人かの女性が冷たい河の水で洗濯を始めていた。

 

「あら、ユアちゃん。今日も偉いわねぇ」


 その内の一人、恰幅の良い女性が馴れ馴れしく話し掛けてきたのでユアも笑って答える。


「あ、おはようございます。皆さんも朝からお疲れ様です」


 と、一斉に声が返ってきた。


「ユアちゃん。おはよー!」

「ほっほ、今日の水も冷たいぞえ」

「ユアさん、昨日作った煮物が余ってるんだけどあげるわ」

「あ、じゃーあたしも昨日旦那が取ってきた魚なんだけど、お裾分けー」

「あ、えっと……ありがとうございます」


 ユアは受け取ったものを異空間の中に放り込む。

 最初こそは驚かれたことだが、今では皆が自然にユアの魔法を受け入れていた。

 川魚を貰ったことだし、今日の夕餉に使おう。

 そんなことを考えながらユアも、周りの女人に合わせて洗濯を始めた。


「……本当に冷たいですね」


 冬でもないのに水が冷たい。とても冷たい。触れただけでじんじんする。「でしょ」という同意の声が上がり、次には何故か旦那の愚痴大会みたいなものに移行する。

 やれ「こんな苦労しているのに旦那は感謝の気持ちを知らない」だの、やれ「もう少し家のことを手伝ってもらいたい」だの。

 そういう愚痴が各方面から漏れた。

 余程、日々に鬱憤が溜まっているのだろう。

 その捌け口が今のこの場である。



 だが、ヴィーナとの生活に現状では不満がほとんどないユアにとっては、彼女たちの愚痴に愛想笑いで付き合うだけだ。同意もせずに過ごす。


 とはいえ、全く不満がないわけではない。

 一応不満はある。

 だが、この不満を言うといつも決まってシスコン扱い(本当の姉妹というわけではないが、この街では姉妹ということになっている為)される。

 まあ、当然といえば当然か。

 一緒にいる時間が少ない。もっと一緒にいたい。

 それが唯一の不満という不満なのだから。



 ユアは洗濯を終えると、未だ井戸端会議に花を咲かせる彼女たちと別れて家に戻り、乾かすために室内で干す。最初は外に干すことも考えたけど流石に恥ずかしかった為、室内に干すことにした。


 そこまで終えるとユアは自分とヴィーナのお弁当を作る。ヴィーナには朝に渡してくれればいいからと言われたけど、出来立てを食べてもらいたいとユアは答えた。


 が、それはただの建前で、本心はヴィーナに会いに行くための口実である。ヴィーナにしてみたら下らないと一蹴するような口実だろう。別に口実を作らなくても会いたければ会いにくればいいのに……、と考えるのがヴィーナだ。


 でも、ユアの場合は、仕事の邪魔するのは悪いと思ってしまう。だからこそ、こういう口実を作って会う時間を増やすしかない。

 

 ユアは弁当作りの他に昔の事を考えながらもクッキー作りも始めた。幼い頃はあれだけボロボロで歪だったクッキーも、今では綺麗な色と形のまま完成する。


(うん、出来ました)


 ユアは木の弁当箱に主食と主菜と副菜を詰め込み、クッキーも包装すると、それらを異空間に入れる。

 これで準備完了。

 後はヴィーナの元に行くだけだ。

 すると、コンコンと戸を叩く音が聞こえた。

 誰か来た……?


 ユアは首を傾げる。と、またコンコンとノック。


(はぁ……、ヴィーナ様のところに行きたいのに)


 ため息混じりにユアは玄関まで歩いていき、「はい、誰ですか?」と戸を開けた。


「!!」


 そこでユアは驚き、思わず目を見開いた。

 どうしてここにいるの……

 と、一瞬考えるが、直ぐに驚きもそれによって生じた思考も全て飲み込み、目の前の相手を警戒した。

 どんな理由でここにいるのかは分からない以上、警戒するに越したことはないだろう。


 すると、目の前の相手は「くすっ」と笑う。


「大切な幼馴染に対してその敵意は酷いじゃない、ユア」


 一歩、半ば強引に玄関の中に身を滑り込ませてきた目の前の相手は、黒髪に赤い瞳を輝かせる一人の少女。

 背丈はユアと同等か少し高い程度だが、その雰囲気は真逆。奇妙な色気を漂わせていた。

 ユアは少女のことを知っている。

 今彼女が言ったように、目の前の少女はユアの幼馴染の一人。


「どうしてここにいるんですか、"レーナ"」


 レーナ・リリファルだった。

 



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