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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
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東の都ベイルート

 東の都ベイルートは異質な発展を遂げた街だった。

 高層の建物が林立し、その合間を人々が行き交い、絶えず人波は流れ、その中を自動人形(ロボット)が何食わぬ顔で闊歩する。

 自動人形というのは、この街特有の技術で、魔力を源に行動する一種の魔道具のこと。

 そんなものが人の中に潜むこともなく、平然と溶け込むように過ごす、他では類を見ない異質な街だ。

 

 そんな街の一隅。最も高い建物の最上階の一室に"彼ら"はいた。


「おい、ミーシャ。お前はいい加減に前線に出ろ」

「えー、めんどくさーい」


 かつてラファリス王国の王城を襲撃し、王妃の命を刈り取った反乱軍の残党にして生き残り。

 眼帯と背中の大剣が特徴的な隻眼の女と赤毛の少女"ミーシャ"である。


「眼帯ちゃんが行けばいいじゃん。僕はここで待ってるから」


 眼帯ちゃんというのは、隻眼の女の渾名のようなもの。

 地獄(スラム)に生まれて、親を知らず育った彼女には、個を表すべき名前というものがない。その為、隻眼の女のことは呼ぶ時は皆外見の特徴や性別で呼ぶことがほとんどだ。


「ふん、当然、私は前線に出ている。指揮官だからな。だが、お前はどうだ? 最近では全く闘いに参加する素振りすら見せないではないか」

「……だって僕が参戦するほどのものではないでしょ。この街を占拠した時点で、僕の役割は一旦おしまい。次の出番に向けて備えておきたいんだよ」

「それは私とて同じだが、仕方の無いことだろう。我々が出ないことには軍の士気に関わる。だから出ろと言っている。少しは私にも休みをくれ」

「……休めばいいじゃん。今攻めてる街は魔法使いが十人いれば問題なく落とせるはずだよ。士気とか関係ないでしょ」


 反乱軍の構成員は基本的に魔法が使える。勿論、貴族に比べると弱いが、それでも一応は反乱軍の構成員になった時点である程度の魔法は教えることになる。つまり反乱軍の構成員は一人一人が魔法使いなのである。


「あるに決まっている。出来るだけ士気を保ち、兵の消耗を抑えて、次の大きな戦いに備えさせるのも我らの務めだ。大体、貴様は一日中ここにいるみたいだが暇なのだろう。ならば少しは働け」

「嫌だよ。僕はデリケートだもん。いっぱい休まないといざって時に働けないんだよ」


 ぷいっとミーシャは顔を背ける。勝手な奴め、と隻眼の女が呆れていると、突然それが二人の前に現れた。

 白い光が零れて、膨れ上がり、弾けるとその元より一人の少女が現れた。


 真っ白い少女。髪も肌も服も、全てが白に彩られた少女は二人の元に降り立つと、短く頭を前後させる。会釈のつもりだろう。ただ、一切の感情が伺えない為、会釈のようには見えない。


「ハクレイか。何のようだ」

 

 その、表情が皆無な少女の名はハクレイという。

 ハクレイは答えず、代わりに手元の書類を机の上に広げた。見ろということなのだろう。


 彼女は基本的には何も語らない。感情もなく、ただ機械的に行動する、自動人形のような少女である。

 そのことを理解している二人は、仕方なく机に並べられた書類に目を通す。

 戦況やラファリス王国の現状についてが纏められた報告書である。その内の一枚を見て、二人は同時に反応を示す。


「……これは。あはっ、ははは! なにこれ!」


 ミーシャは吹き出し、隻眼の女は「ふん」と鼻を鳴らした。

 何とも馬鹿げた内容が記載されていたからだ。


「ねえねえ、眼帯ちゃん! これさ、もしかしたら彼女を僕らの仲間に引き込めるんじゃないかな」


 手に取った報告書に記されていたのは、ヴィーナとアーナイトの婚約破棄のことだ。それもあまりにも一方的な。

 少し古い情報ではあるけど、今まで知る機会がなかった二人にとっては初見の内容である。

 そしてその内容は二人にとっては魅力的なものに見えた。国がヴィーナは捨てた。

 それはつまりヴィーナを拾い上げ、反乱軍に引き込めるかもしれない。

 その可能性がある。そのことに二人の口角が僅かに緩んだ。

 

「確かにな。あれをこちらに引き込めれば一気に"計画"を前倒しにすることができるだろう。出来れば欲しい人材だ」


 かつてヴィーナに多くの仲間を殺されたというのにこうして割り切っているのは、二人にとって死はあまりにも身近なものだったからだ。


「うんうん、だよね。ねえ、ハクレイ、ヴィーナの居場所に心当たりはない?」


 ハクレイは首を横に振り、虚空に指先で青白い文字を走らせた。


『調査中』と。


「ふーん、そっか。じゃあ、分かったら随時報告おねがいね」


 言いながらもミーシャは一枚の紙を取り、またしても驚いた。


「なにこれ。"ドラゴン"も解放されてんの? こっちに来たらどうしよう」


 神話上の生物にして唯一無二の個体。死ぬことはなく永遠に生き永らえる不死の生命体。そんな怪物が解き放たれた。それは反乱軍にとっても警戒すべきものだ。勿論、撃退されたことはまだ知らない。


 ドラゴンの存在の有無を感知することが出来るのは、コキュートスの一族だけだ。彼女達にはそれを知る術がなく、王国の情報よりも幾分か情報の入手に遅れるのは仕方の無いことだろう。


「そうか。ならば念の為にドラゴンが現れることを想定した方がいいかもしれんな」


 答えながら隻眼の女は戦況報告を見る。


 リングスの街、侵攻中。領主ヴィクトリアを含めた貴族の応戦に苦戦。現在反乱軍の負傷者、現時点では三十八名。内、死者は十八名。

 ドルフィーヌの街、占拠完了。反乱軍の負傷者二十六。内、死者は六名。

 グレイドルガーデンに潜入。準備完了。

 アクアトロスに潜入。準備完了。

 タクラスの街に潜入。準備完了。

 リングラコッコの街に潜入。準備完了。


 他にも多くの街への潜入が完了したという旨の報告が上がっていた。順調だ。計画は順調に進んでいる。が、リングスの街の戦況は少し危ういみたいだ。


「おい、ミーシャ。やっぱりお前はリングスに行け。少し戦況が変わったようだ」

「だから嫌だってば。僕はここでもっとゆっくりしてたいの!」


 駄々をこねるミーシャを隻眼の女は睨み、


「負ければもっと忙しくなるが、それでもいいのか?」

「うっ……、それは嫌だけど」

「ならば行け。リングスを占拠すればまた今までみたいに休めるはずだ」

「……わかったよ」


 渋々といった様子でミーシャは重い腰を上げる。


「仕方ないなぁ。はぁ……」


 ミーシャの足元に紅い線が五つ奔り、幾何学的な陣を構築していく。それは転移の魔法陣である。


「貴族はとりあえず皆殺しでいいんだよね」

「ああ。そうだな。リングスの街の貴族は皆殺しで構わん」

「了解。分かりやすくて助かるよ」


 そう言い、笑ってからミーシャは消えた。

 その後、床に広がっていた魔法陣も、並べられたドミノが一斉に崩れるように消えていった。

 

「さてと、私も仕事に戻ることにする。ハクレイ、この街と"博士"のことは任せた」


 こくりとハクレイは頷いた。


「では、行ってくる」


 そう言い、隻眼の女は退室する。ミーシャと違って転移魔法が使えない為、彼女の場合は徒歩ないしは騎馬での移動が常である。

 高層の建物の一階まで降り、外に止めてある騎馬に乗り込むと隻眼の女は騎馬を走らせた。

 

 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ドラゴンが倒された。その報せを受けたのは今朝のことだ。

 ミナ・ユキシロは顔を洗い、豪華な朝食を食べて、歯を磨き、髪を梳き、寝癖を直してから化粧を施し、髪型を整えると婚約者のアーナイトにそのことを聞いた。


(まさか、あの女が……)


 いやいや流石にそれはない、とその考えを直ぐに追い出す。

 ドラゴンの脅威については、彼女も知っている。

 Sランクの中でも最も厄介で、封印指定にまでされる魔物。

 少なくともヴィーナ一人で倒せるようなものではない。いやそれ以前にヴィーナが倒したという根拠もない。

 これは悪癖だ、とミナは頭を振り、考えを払う。

 最近、何かある度にヴィーナがやったのではないか? というような疑心に見舞われる。


(あーもう、本当に厄介! 早くヴィーナを殺してよ。そうしないと安心することもできないってのに……)


 ミナは溜息をつく。


(あのシルフとかいう女を殺すべきではなかった? いや、あの馬鹿女が先に襲いかかってきたわけだし、そもそもあの女達が生きてたらいつ私の自作自演がバレるか分かったものでもない……、殺すのは正しかった)


 まあ、私が直接手を下したのはシルフだけだが、と思う。

 シルフが狂って仲間達を皆殺しにしなければ、いずれミナ自身が動いていた。

 手間が省けたのは少し嬉しい。これも"原作者(エンゼル)"より彼女に与えられた"主人公補正"というものなのかもしれない。

 

(……そうだ。もういっそのこと私が動こうかな)


 この世には勇者システムというものがある。一定能力以上の者が国の補助を受けながらも魔物討伐を行う制度。その規定は厳しく、本来は魔王復活に伴って機能する制度だが、今の彼女の立場を使えば容易にそれを受けることもできるだろう。

 

(一人では厳しくても、四人編成ならヴィーナを殺すこともできるはず……、いやでもなぁ)

 

 そう考えるが、やはり考えるだけに終わる。

 今の豊かな日常より一歩踏み出し、幾分か生活水準を下げることが躊躇われた。


(……とりあえず今は保留にしよう。もしかすると私が出る必要はなくなるかもしれないし)


 そう思いながらもミナは、天蓋付きのベッドに横たわる。

 


 

 

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