移動
山奥の街ということもあって、やはり朝は冷える。しかも彼女の着てるそれは薄地のワンピースだ。肌寒いのは仕方のないこと。
ヴィーナは防寒に魔法を使い、体温を上げる。何でもかんでも魔法。もはや癖のようなもの。
(面倒ね)
ヴィーナは溜息をつく。
高い体温と外の寒気の違いのせいか、吐息が白く濁る。
がううとシルフがヴィーナの腰に抱き着く。
温めてくれているのだろう。
ヴィーナは腰のシルフの頭を撫でながら歩いていると、前方に数十の人影が見える。
(もうあんなに集まってるのね)
彼らはヴィーナ同様に魔物を打ち倒すことを生業としている、討伐者である。
(少し遅れたみたいね)
とは認識しながらも急ぐことはせず悠々と彼らの元に行く。
「遅いですよ」
最初に彼女の姿を見付け、声を掛けてきたのは、タクラス魔物討伐者の広報を担当している、田舎の素朴さを全身に表出した妙齢の女性、ミス・グレムリン。
「ああ、ごめんなさい」
「全く」
胸を持ち上げるように腕を組み、グレムリンは眉根を寄せる。と、そこへ一人の男性が寄ってきた。
「よォ、二人とも。おはようさん」
カンクルである。
「……おはよう」
「寄るな、このゴミクズ」
「ちょっ、酷いなァ、リンちゃん」
嫌そうに顔を顰めるが、そんなことはお構い無しといった様子でカンクルは二人の元まで来た。
リンちゃんというのはグレムリンの渾名だろう。
馴れ馴れしく二人の元まで歩み寄る。
「今日は一緒の仕事なんだし、仲良くしようぜ。な!」
彼はBランクの魔物討伐者だ。この小さな街では、ヴィーナやユアを除けば間違いなく一番の使い手。
本来ならば高位ランクの討伐者が優先するのは、魔物の討伐だ。当然である。魔物討伐の後片付け等の雑用は低位でも出来る。
なので本来ならば直ぐに別の魔物討伐の任に就くことも多い。
そして、それに加えてグレムリンという広報の人間まで駆り出されているのは、やはり被害が大きすぎるからなのだろう。
ヴィーナは山の方を見ると、そこには以前あった山の一つがない。ドラゴンのブレスによって跡形もなく消し飛ばされた。また、ドラゴンの暴れた跡も残っており、それを片付けるのが当面の彼らの仕事である。
ヴィーナは嫌そうにカンクルを見てから「嫌よ」と答え、続けてグレムリンも「そうね。誰があんたと仲良くするか」と言う。
「本当ひっどいなァ。別に下心はないんだけど」
そういう問題ではない。単に人間的に合わないから仲良くしたくないだけなのである。
そう思うが、それを口に出すことはせずにヴィーナはカンクルから離れるように歩き出す。
その背を見送り、困ったようにカンクルは肩を竦めた。
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馬を走らせ、ラファリス王国騎士団のエリア部隊は長い道程を移動していた。
(お尻が痛い……、転移使って先に移動しちゃおうかな)
その中の一人、エリア部隊の副隊長を任されたレーナは馬に揺られながらも思いつつ、前を走るエリアの後ろ姿を見る。
(駄目ね。あの人は融通が効かないし、きっと部隊からの離脱は許してくれない)
レーナは溜息をつく。
(お姉様みたいに魔法を色々な使い方を出来ればいいんだけど私には無理だし、あー、お尻が痛い)
少し腰を上げたり、上下したりして楽な乗り方を色々と試してみるけど、結局慣れない馬の長期移動のせいか楽な乗り方は見付からないまま過ぎていく。
(……お姉様に会えるかな。会えればいいけど)
そんなことを呆然と考えているとエリアが腕時計(魔道具の一種で、魔力で動く道具)に視線を落としてから少し険しい顔をし、直ぐに「急ぎますよ」と声を上げる。
それに伴ってエリアの馬の速度が上がる。それに追従し、レーナも馬の速度を上げて、さらに後方の馬の速度も上がった。
(あー、もう転移したい。転移でさっさと馬から降りたい)
表情には出さないもののレーナは思う。向かうのはタクラスの街である。距離は残り二〇〇〇km。転移ならば直ぐに行ける距離なのにこうして馬で向かってるのは、それほどの長距離の転移を使えるのは僅かだからだ。当然、この騎士達には使えるようなものではない。
(それにお腹も空いたし……はぁ)
そうして内心では文句たらたらのレーナを含めたエリア一行は、馬を走らせ続ける。