謎の声
ーー夜。ラファリス王国の玉座の間。王座に泰然と腰を落ち着かせるのは此の国の国王。その眼前にて頭を垂れるのは、褐色の肌に薄桃色のポニーテールを持った女騎士。
「"タクラス連峰"にてドラゴンの魔力反応が消失しました」
王は肘掛に腕を置きながら目を細め、その報せに耳を傾けてから女騎士に問う。
「死んだ、ということか?」
「いいえ、それはないかと。ドラゴンを完全に殺すことなどは不可能です。恐らくは何者かに封印されたか、あるいはドラゴンの肉体が修復不可のレベルまで損壊し、新たな肉体に転生を果たしたのではないかと」
王の眉間に皺が寄り、信じられないといった顔になる。
「ドラゴンを打ち倒した者がいると?」
「恐らくは」
「……厄介だな」
「ええ。封印されただけならばまだしも、倒されていた場合はもはや補足することが困難です」
女騎士の言葉に王も「ああ」と同意する。
ドラゴンは不死の存在だ。
だが、それはあくまでも種としてのもので、
吸血鬼のように肉体そのものが滅びることがないという不死身ではなく、不死鳥同様に死ねば何度も転生するといった類の不死である。
ただ、これが不死身というだけならば追いかけて再び封印を施せばいいだけだが、転生という形を取った命の循環による不死は一度肉体が消滅すれば居場所を補足することは困難になるので、とても厄介とされている。
「しかし、野放しにするわけにもいかんか」
「そうですね。ドラゴンを野放しにすれば、きっと我が国の脅威になるでしょう」
「ああ……」
王は頭を悩ませる。最近ずっと悩んでばかりだ。
こんな時に妻がいればと何度も思うけど、それを言ったところで何も始まらない。もう居ない人に縋った所でどうにもならないだろう。結局は今生きてる者だけで何とかするしかない。
「とりあえず警戒はしておく。後は、そうだな。調査の為にタクラス連峰に騎士団の一部隊を派遣しよう」
「分かりました。調査なら我が部隊が適任かと」
「……うむ。そうだな」
王は頷き、
「エリア=クレアドールよ。お主の部隊でタクラス連峰を調査し、その全てを私に報告せよ」
命じる。
「畏まりました。必ずや何らかの手がかりを持って帰ります」
褐色の女騎士、エリア=クレアドールは答え、王の反応を伺った後その玉座の間を退出する。
と、玉座の間を出て直ぐに彼女は一人の、見覚えのある少女を見付けた。
「このようなところで何をしているんですか、レーナ副隊長」
エリアは花壇を熱心に眺める少女"レーナ・リリファル"の元まで近寄り、声を掛ける。反応は直ぐに返ってきた。
「ああ、エリア隊長ですか。見て分かりませんか。花壇を見ていました」
「……そんなの見ていて楽しいですか?」
「ええ、退屈はしません」
「……そうですか」
よく分からない子だ。
エリアは目の前の少女のことは未だによく分かってはいない。
最近、自分の部隊に入り、そのまま直ぐに副隊長に任命されるような優秀な少女ということは分かる。だけど、それだけで、その人間性のほとんどは把握できない。
全く掴み所がない。正直、強いのか弱いのかも彼女には分かっていないくらいには何もかもが不明な、少し気味の悪い少女だ。
「それよりレーナ副隊長」
「何ですか」
「我々の部隊がタクラス連峰に向かう事になりました」
ぴくりとレーナが"タクラス"という名に一瞬だけ反応したような気がしたが、彼女は気にせず続ける。
「出立は明日です。部隊の皆への連絡をお願いします」
「分かりました」
レーナは答えて、立ち上がる。
(タクラス、ね。そういうことですか、お母様。全く……、一体どこまで計算しているんでしょうかあの人は)
月光に黒髪が煌めき、風に流れる。その中で僅かにレーナは微笑を零す。彼女は生粋の騎士ではない。今ここに居るのは、ただの仕事の一環で、エリア含めた他の大多数の騎士のように国に身命を捧げているというわけではない。
「部隊の皆には、きちんと報せておきますよ、エリア隊長」
「ええ、頼みますよ」
そう告げてエリアは、レーナを背にして歩き出す。レーナは変わらず夜天を仰ぎ続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗く深い闇の中をヴィーナの意識は漂流していた。
漂い、流れては、また漂う。
小波に揺らぐ夜の海のように彼女の意識だけが、暗い闇の中に侵されていた。
ここはどこ。
ヴィーナの抱いた疑問に答えるものは何も無く、代わりに一つの声が轟いた。
「汝、何を求める」
ヴィーナは直ぐには答えられない。その言葉の意味が分からず、意図も理解出来なかったからだ。
「財か、地位か、名声か」
深く重い声。男のような女のようで、女のような男の声。
「求めるものを求めよ」
ヴィーナは何も答えない。財も地位も名声も、それらは捨てた。今更欲し求めるものではない。
「ならば汝、何を求める」
分からない。欲しいものは、やはりない。
「否。時至れば必ず汝は欲す。欲するままに求める」
理解が出来ない。この声の正体も、自分の内面の事も全く理解できない。
「故に我が与える」
あなたは、とヴィーナは問う。
「"原作者"」
そう名乗り、
「魔法の真祖にして全てを束ねる存在」
続けた。
ヴィーナは不思議と驚く事もなく、ただそれを事実としてすんなり受け入れることができた。
ただの夢。一夜明ければ水泡に帰する夢なのかもしれない。でも、不思議と疑心はない。
「故に問う。汝、何を求める」
再びの問いにヴィーナは息を呑み、「私は……」と呟き、答えに迷う。ーーところで目を覚ます。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヴィーナ様、おはようございます」
「んっ……」
朝。窓から射し込む朝日を受けて、あまりの眩さに腕で目元を覆い、影を作り、日を避ける。
何か夢を見ていたような気がするけど、もう覚えてない。
「……ユア、おはよう」
「朝ごはんできましたよ、ヴィーナ様」
「んん、分かった……」
ヴィーナは布団を剥がして起き上がり、まだ半分寝ている頭のまま寝巻きのボタンに手をかけ、一つ一つを外していく。
ぱさっと前が開き、胸が弾む。開放感が心地よい。
家の中だし、このまま過ごしてもいいかも、そう思っていたら
「ヴィーナ様、だらしがないですよ。しっかりしてください」
注意を受けた。
「ああ、そうね。ごめんなさい」
答えてヴィーナは寝巻きをベッドに落とし、ユアの用意してくれていた白いワンピースに着替えてからシルフを抱え上げる。
「がうう」寝ていた所を強引に起こされて不満だったのか、抗議するようにシルフは唸る。
「私もまだ眠いのに起きなくてはならないのですからあなたも起きなさい」
「がう……」
大口を開けてシルフは眠そうに欠伸をした後、ゴシゴシと目を擦る。うん、可愛いわ。
ヴィーナはシルフを抱えたまま、まだ呆けた頭で動き始める。後ろではユアが彼女の脱いだ寝巻きを回収し、慣れた手つきでベッドのシーツを取り換えている。
前に魔法で変えればいいのにと言ったこともあるけど、こういう事は自分の手でやるからこそ意味があるらしい。
正直その感覚だけは分からなかった。
「終わりました。ヴィーナ様、それでは食事にしましょうか」
「ええ、おねがい」
「きゅうん」
二人と一匹は寝室を出て、食卓に向かう。魚の焼けた香りが鼻腔を掠め、ヴィーナとシルフの空腹を刺激する。
「いい匂いね」
「はい。新鮮なお魚が入ったので、今日はお魚料理です。ヴィーナ様はお魚おお肉ならどっちが好きですか?」
「そうね。どちらも好きよ。でも、強いて言うならお魚かしら」
「よかったです」
ユアは嬉しそうに笑い、つられてヴィーナの頬も緩む。シルフは未だに眠気と格闘中だった。
そうして二人は食卓につき、手を合わせる。シルフの分は床に置かれた食器に盛られていた。
ドラゴンは雑食である。肉も魚も野菜も、基本的には何でも食べる。人間が食えば即お陀仏な猛毒すらも、ドラゴンの前では単なる食事に過ぎない。恐らくドラゴンが食えないのは、自身の吐き出したブレスだけだろう。
「ユア、美味しいわ」
「がうっ」
二つの満足気な反応を見て、ユアも和み、
食事を終えるとヴィーナは出掛ける準備を始めた。
面倒ではあるけど、これから仕事だ。
ドラゴンの荒らした山の整備。何故こんなことを討伐者がやらなければならないのか疑問に思うけど、どうやら魔物に関する被害の後片付けも討伐者の仕事に含まれるらしい。
勿論、彼女だけでやるわけではない。
他の討伐者も加えての整備である。
(はあ、もう少しユアとゆっくりしてたいわ)
そう嘆きながらもヴィーナはユアに見送られて、外に出る。その肩には認識を阻害する魔法によって、二人以外には見えないシルフの姿があった。
文章の書き方を一人称から三人称に変えました
前の文章は更新の合間合間に修正していくつもりです。
その際に多少の加筆はあれど、話の流れに修正を加えるつもりはありません。
これからも出来るだけ毎日更新はしていくつもりです。よろしくお願いします




