ユアとヴィーナの出会い⑧
「ユア……」
もう自力で言葉を紡ぐだけの余裕もないのだろう。王妃は、吐き出す呼吸の勢いに乗せて言う。
「アーナイト……」
視覚もほとんど機能していないのか、焦点も合ってない。そんな中で彼女は最後の力を振り絞り、
「……あなた」
一人一人、愛しい者らの名を呼ぶ。
「……顔をよく見せて」
王妃は手を伸ばす。と、その手を王とユアが取る。アーナイトは未だに意識を失ったままだ。
母の死に目に会えない。そのことが哀れに思い、ヴィーナはアーナイトの意識を回復させる。と、アーナイトは目を覚ます。
「ごふっ……、! ここは……、え」
と、目の前のその光景に絶句。直ぐに我を取り戻し、「お母様!」と駆け寄った。
「な、何故お母様が……」
アーナイトの声を聞き、王妃は笑い、心の中でヴィーナに対して深く「ありがとう」と感謝を述べる。と、王妃は旦那と娘を見渡し、どこまでも幸せそうに口元を緩める。
子を守り、家族に看取られて死に行く理想の末路。それを迎えられるのは人として幸せなことなのだろう。だが、親としては子の成長を見守ることができないのは、不幸なことなのかもしれない。
ヴィーナは家族の最期の語らいを邪魔することがないように静かに玉座の間を出ていく。その先には返り血で服を染め上げるレーナの姿があった。
「あ、おねえさま! おしごとはどうでした?」
ヴィーナは首を振り、呟いた。
「失敗よ。まんまと王妃様の命を持っていかれたわ」
「ふーん、でも持っていかれたのが王妃様の命でよかったですね。ユアやアーナイト様がころされるのだけは避けられたみたいで」
いつもなら「そうね」と肯定するところだが、今のヴィーナには難しいことだ。苦々しく笑うヴィーナに、レーナは首を傾げる。と、そこで思い出したように言う。
「それはそうとおねえさま。おててがいたそうだし、なおしますね」
「ええ、おねがい」
ヴィーナは両手を差し出し、それをレーナが取る。
「えいっ!」
その可愛らしい掛け声と共にヴィーナの両腕が白い光に包まれて、時間が逆行するかのように焼け爛れた腕が元通りになる。
「うん、なおった」
「ありがとう、レーナ。流石ね」
「えへへ、これくらいはあさめしまえだよ」
「ふふ。それよりお父様やお兄様はどうなっているの?」
誇らしげに胸を張るレーナの頭を撫でながらヴィーナは訊く。
「えっとね、おとうさまは無事にはんらんぐんのアジトの占拠にせいこう。おにいさまはきしだんの力を借りて町のはんらんぐんの構成員をせんめつ。ひとりのぎせいしゃもなかったみたいです」
淡々と聞かされたことをそのまま読み上げるようにレーナは言う。
「ということは、つまり失敗したのは私だけということね」
「ううん。ちがうよ! 失敗したのは"私たち"だよ、おねえさま」
違う。レーナは城内で暴れてた反乱軍の陽動の連中を一身に引き受け、殲滅した。そんな彼女に失態などあるはずないだろう。
その考えを悟ったのか、レーナは続ける。
「だってわたしも肝心要のやつをにがしちゃったもん。たぶんあの地災降臨のしようしゃです。あれをにがしちゃったいじょうはわたしも失敗です」
「そう、かもしれないわね」
ヴィーナは苦笑し、溜息をつく。
「きっとお父様にすっごく怒られるわね」
「レーナも一緒におこられます」
「ふふ、その時は一緒に謝りましょう」
「はい!」
そうして二人は、長い血みどろの廊下を歩いていく。
ヴィーナの去った後、玉座の間では訥々と最期の言葉が紡がれていた。
「お母様……」
アーナイトは未だ現状把握には至らないものの、それでも母が死に行くことだけを理解したのか、震えて涙を零す。
「アーナイト……、あなたは、強い子……です。剣の腕は……、幼くして、王国の騎士にも……負けず劣らない。その剣を、磨き、っ、祖国の為に捧げ……、民を……導いて……。願わくば、兄妹仲良く……、してくださいね。ユアを……、それからヴィーナさんのことを……幸せに」
「……はい。お母様、必ずこの剣に誓って」
アーナイトは涙を拭い、強い目で頷いた。それを見て安堵する。
「あなた……」
「なんだ」
と、焦点の合わない目のまま王を見る。
「愛しています」
「ああ、知っている」
そのいつも通りの答えに王妃は、安心する。
「ふふ……、っ、結局、あなたの口からは一度も、愛していると聞けません、でしたね」
「……そうだな。ああ、そうだ」
王は王妃の頭を撫でる。
「私は……いいや、俺は結局お前の愛に報いることができなかった。愛たるものが何なのか、未だに分からん。分からんものを囁けるほど俺はお前のことを軽んじることができなかった。不器用な男ですまない」
彼は気付かない。
「だが、お前と過ごした時間は悪くはなかった」
「……ええ。それは私も、です」
「幸せだった」
「私も、幸せでした。本当に……」
二人は笑い合う。そして最後、
「ユア……、あなたは優しい子です」
王妃の視線はユアに向けられた。
「魔力も、兄妹の中では、最も多く、優れている。あなたは、っ、その力を使い、民を……守りたいものを……守るように生きなさい」
だんだん語気が弱くなる。
「決して、驕らず、力を振りかざすこともなく、ただ……そう在りなさい」
その母の最期の言葉を聞き、ユアはヴィーナの姿を思いながらも頷いた。
「うん、必ず守るよ。だから……、安心して、お母様」
そうしてその日ラファリス王国の王妃は反乱軍の手によって死去。旦那や子供たちに囲まれて、笑いながらその命は潰えた。
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(ーーお母様、私は多分あなたの思いを裏切っているんでしょうね)
ゆっくりユアは目を開けると、目の前には安らかなヴィーナの寝顔。少し顔を寄せれば口の触れ合う距離にいる。
甘く熱い寝息がユアの頬を撫でる。
(でも、私はこの選択を後悔してはいません、お母様。私は国よりもこの人を……、そうこの人だけを守る為に)
ユアはヴィーナの頬に触れる。愛しいひと。
(私の全てを使います。そう、例え祖国を敵に回すことになっても)
そしてヴィーナの額に口付けを一つ落とした。
過去編はこれにて終了です