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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
22/45

ユアとヴィーナの出会い⑦

 糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ち、重力に抗うこともなく倒れる母の姿をユアは呆然と見つめていた。

 気が付けば消えていた反乱軍の二人の姿も、周りの血みどろな凄惨な景色も、その光景を前にはただの背景と化す。


「……ぁ……ああ」


 ヴィーナの腕に抱かれたまま漏れたその声に、気が付いたヴィーナはユアの目を覆う。母親の死に様を見せないように。

 あれはもう助からない。

 刺し穿たれた"程度"ならば、治癒の魔法を以てすれば助かる可能性はある。だが……。

 あの氷柱の一撃には、その一つ一つには、全て回復阻害の呪いが施されていた。


 助からない。それを悟った瞬間、ヴィーナはユアの目と耳を塞いだ。


「ぁ……あああ……」


 大丈夫、落ち着いて……。

 そう囁きながらもユアに沈静化の魔法を施す。が、効果はない。

 ユアの精神は限界寸前だった。破裂する。いや、破裂した・・・・


「ーーーーーーー!!!!」


 次の瞬間、声にならない悲鳴と共に何かが溢れた。

 

「なっ!」

「……これは」


 ヴィーナと国王は同時に驚きに声をもらす。ユアのその小柄な体から一気に溢れた膨大な魔力。それは巨大な暴力となり、ヴィーナの体に打ち付けられた。


「ぐっ」


 咄嗟に防壁を張り、自身を守護する。がーー


「大丈夫かね」

「ええ、何とか」


 ユアに触れていた部分に酷い火傷を負った。見ていて痛々しくなるような爛れた肌。纏っていた衣服も所々が燃え落ちて、その部位にも焼け爛れた肌が映る。


「ですが、あれは一体……」

「……ごふっ、暴、走……よ」

「!」


 その、ヴィーナの疑問を解消するのは、穿たれた王妃の声。まだ辛うじて生きてはいる。ただ、やはり辛そうだ。


「……王妃様」

「……ヴィーナ、さん……っ……ユアを……止めて……、くださ」


 王様は王妃に駆け寄り、「もういい。もう喋るな……」と悲しげに呟いた。が、王妃は気にせず続ける。


「こ、のままじゃ……魔力がなくなって……あの子は……」


 王妃の唇が震える。確かにこのまま魔力の放出を続ければ間違いなく空っぽになる。いや、魔力が空になるだけならまだいいが、零地点突破(マイナス)になればユアの幼い身ではまず助からない。マイナスになった時点で終わりだ。


「王妃様、ユアの事はお任せ下さい」


 ズキズキと滲むように痛む両腕に、感覚遮断の魔法を施す。本当なら治してしまいたいが、回復魔法の治癒には少し時間がかかる。その為、今は痛みを忘れる為に遮断だけしておく。と、暴発する魔力の中心で自失するユアの方を向き直る。


「必ず止めてみせますわ」


 ヴィーナは足元に一つの魔法陣を展開させる。それは直前まで使っていたユアの魔力を奪い、自分のものへと還元する魔法。その構成を少し弄り、展開する。







 ユアは抜け道のない真っ暗な闇の中をさ迷っていた。


「汝、求めるものは何だ」


 声が聞こえる。ユアは答えない。いや、答えられない。


「汝、求めるものは何だ」


 再度、声が聞こえる。

 求めるもの? そんなのはない

 ただ、願わくば今までの幸福を。その幸せのまま生きたかった。


「汝、求めるものはなんだ」


 再三の問いかけにユアは考える。

 お母様がいてお父様がいて、それからお兄様にヴィーナ様とレーナもいる平凡な日常。反乱軍とかもなく、ただ日常を過ごすことだけが唯一の願いだった。

 そんな時、その声とは他にもう一つ。今度は女の子の声が聞こえる。


『ゆあちゃん、私ね、ゆあちゃんのことがーー』


 暗闇の中に一つの光明が溢れる。

 どこか懐かしく、同時に愛おしくもある声。

 ユアは胸を抑え、その中に宿る熱いものを吐き出すように息を吐く。


『ゆあちゃん……、そろそろ、その……学校に』

『……うるさい。ほっといて』

『でもーー』

『うるさい! もうほっといてって言ってるでしょ!』


 これは何だろう。暗い部屋に閉じ篭り、外の世界の全てを拒絶する自分の姿。そして一歩、外に踏み出せば待っているのは愛しい彼女。青みのがかった黒髪に誰も彼もが美人と評する最愛の女性。


『ゆあちゃん……』


 悲しげな声に、"ゆあ"は胸を痛める。

 どうしてこうなったのだろうか。


『ゆあちゃん……、私はもう……その……あの時のことは気にしてないよ? だからーー』


 気にしてはいない。その言葉が自分のことを軽んじられているようで、ゆあにとっては耐えきれない。


『また昔みたいに』


 戻れるわけがない。"ゆあ"は外の彼女に全ての鬱憤を晴らすように怒る。


『ご、ごめんね。……でも、私はゆあちゃんのことが……本当に……』


 信じられるわけがない。

 しばらく扉越しに話を続け、それから"ゆあ"は部屋の外の彼女が去ったのを知ると、ゲーム機に適当に中古で買ったソフトを入れる。と、液晶テレビにそのタイトルが表示された。

 "悠久の魔法"という名のタイトルが。


「そう、だった。どうして忘れていたんだろう」


 "ゆあ"は……いや、ユアは彼女のことを知っていた。この一人ぼっちの世界から自分のことを救い出してくれたあの瞬間より以前に、彼女のことをーーヴィーナのことをユアは知っていた。

 どこで知ったかまでは覚えてないが、きっとこことは違う世界。前世の記憶という確信だけは不思議とあった。


「このまま死ぬつもり? またあの子を置き去りにして」


 また新たな声が聞こえた。今度は自分のものによく似ている声だ。


「自分勝手ね。このままでは残された彼女に残されたのは、抗えない絶望の末の死」

 

 光明が消え、また最初の声に戻る。


「汝、求めるものは何だ」

「私の求めるもの……」

 

 きゅっと胸が締め付けられる。お母様がいてお父様がいて、兄弟がいて、ヴィーナやレーナもいる。反乱軍の介在する余地のない、楽しい日々。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ユアは……"ゆあ"の頃の感情(おもい)を取り戻し、またユアの感情は色褪せることもなく、ただ二つの感情を重ね合わせて、


「私の求めるものは……"昔"から同じだった」


 紡ぐ。

 自然、とくんとくんと心音が早くなる。

 と、ふわりと目の前に二つの選択肢が現れた。片方はユアが救いたい願う母のこと、もう片方はユアが今までずっと願い続けたヴィーナの幸福。

 ユアは一歩前に踏み出した。

 闇を払うように踏み出し、刹那、闇が晴れた。

 ようやくゲーム開始のラインに至った。


「私の願いは……そう、私の願いはーーあの子の幸せだけ」






 ヴィーナの展開した魔法は、魔力の循環の魔法。消費した魔力を無尽蔵に自身の身の内に戻す。無限循環の魔法である。が、一見無敵で最強にも見える魔法だが、当然大きな弱みがある。

 その内の一つが、そもそもこの魔法は消耗した魔力までは戻ることがないというところにある。

 今のユアのようにただ闇雲に魔力を漏らしているだけならば、この魔法でも何の問題は無い。循環させて、戻す事ができる。でも、魔法として消耗した場合は別だ。元には戻らない。


 だが、今この場においてはそんな未完成の魔法でも充分に過ぎた。


「このまま抑え続けて、ユアに魔力の制限を施します」

「まだダメだ。君のような小さな体では……、私が行く」


 ヴィーナの言葉を否定し、アーナイトを床に寝かせると王は魔力を解放する。静謐な王妃のそれとは異なり、どこまでも荒々しく雄々しい魔力である。

 流石は現王。無能と定評のある者とはいえ、そこらの貴族よりも遥か高みにいる。

 でも。


「それはダメです。王様は魔力コントロールが苦手ですよね。あの子の精神(こころ)ごと封印されるわけにはいきません」


 ヴィーナはさらに否定する。


「むぅ……」


 正論だった。部分封印は綿密な魔力のコントロールが必要とされるものだ。持ち前の魔力量に任せて魔法を使うようなタイプの彼には向かないような、そんな魔法。


「王様はアシストをお願いしますね。私も部分封印をするのに防壁を張りながらは無理なので」

「分かった」

「それでは行きます」

「ああ」


 ヴィーナは駆け出した。その手には幾つもの魔法陣が同時に展開する。 と、それに呼応するようにユアの身から溢れる魔力が、蛇頭のように畝り、ヴィーナに襲い掛かる。

 だが、その全てが防壁によって遮断、弾く。

 王様の展開したものだ。硬度だけならばヴィーナの防壁よりも遥かに頑丈である。


 これがあるからこそヴィーナは防壁の魔法に余力を裂くこともなく真っ直ぐ突っ込むことができる。


 四方八方。あらゆる方角からヴィーナを払い除ける為に迫る蛇頭。思わず防壁の魔法を展開しそうになる。が、それを必死で堪える。

 大丈夫、必ず王様が全てを防いでくれる。

 そう信頼し、ヴィーナはただ走り、部分封印だけに集中する。

 その様子を、王妃は眺め、微笑む。

 

 そしてやっとユアの眼前まで辿り着き、


「ユア、起きなさい」


 そのままユアの頭に手を置き、魔法を起動する。ヴィーナとユア、その二人を囲うようにして魔法陣が幾重にも連なり、ドーム状に展開。次の瞬間、荒れ狂う魔力の奔流が一気に霧散し、光の粒子へと変わった。






 ユアが目を覚まして最初に見たものは、優しく微笑むヴィーナの姿だった。酷い火傷を負っているにも関わらず穏やかに笑い、ヴィーナはユアを抱き締める。


「ヴィーナ様……ありがとうございます」

「いいのよ、ユア」


 抱きしめ、焼け爛れた腕でユアの頭を撫でる。と、ユアは暴走する直前に見た光景を思い出し、母の方に視線を向けた。そこには氷柱に穿たれ、胸を上下させる母の姿。

 まだ何とか辛うじて息はある。が、もう絶命寸前である。


「お母様……」


 


すみません

今回で過去編が最後だと思っていましたが、想像以上に文字数が多くなった為、分けました

次回が本当に最後です



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