ユアとヴィーナの出会い⑤
ヴィーナは玉座の間への突入の方法を考えていた。入口はバリケードで固められ、中には複数の反乱軍の者達。
その手にはアーナイトが人質に取られている。ただ、彼らの魔力の反応は薄い。恐らく立てこもる連中は、魔法は使えるもののまだまだ未熟な者。察するに何者かに魔法を学んだ程度の平民か。どちらにせよこの程度ならヴィーナにとっては何の脅威にもならない。
ヴィーナは室内の様子を魔法にて確かめた後、ふっと一息ついた。
(問題は人質ね。アーナイト様が人質でいるからこそ、王様や王妃様は手出しすることができないわけだし……どうしようかしら)
傍らには不安そうに震えるユア。
(出来れば早急に片付けてしまいたいわね。遠距離からの攻撃……? ダメね。アーナイト様にも当たってしまう。レーナがいれば陽動からの制圧も可能だけれど、多分まだ城内の掃討に手こずってるんでしょう)
レーナの身を案じることはしない。あの子が負けるはずがない。その確信をヴィーナは持っているからだ。
この反乱軍の連中の魔法は付け焼き刃だ。
貴族のように正式な手順を踏むことも、また特別な素質を持つこともなく、ただの平民が付け焼き刃として習得したもの。
その為、貴族の魔法には遠く及ばない。
(とりあえず少しは様子見ですね)
再び魔法を発動し、玉座の間の様子を見る。
「あなた達の目的は何かしら」
この状況にも関わらず凛然たる態度で凄むのは、この国の王妃。つまりはユアの母親である。
そしてそれに答えるのは一人の少女。
「目的、ねえ。そんなのは決まってるでしょ」
烈火の如く揺れる赤髪をかきあげて、乱暴に笑う。
「国取りかな」
愚かなことをとヴィーナは思う。この程度の戦力で、出来るはずがない。ラファリス王国には、リリファル家の他にも多くの貴族がいる。その連中を相手取るのは魔法を少し学んだ程度の平民では不可能だ。
「まあ、僕としてはどうでもいいんだけどね。ただ、皆はそれを謳っているよ」
赤毛の少女は言い、その足元に転がるアーナイトの体を踏み付ける。その姿に、王妃は相変わらず揺るがぬ睥睨を見せた。
「でもね、正直ガッカリだよ。もう少し楽しめるかと思ってたのにここまで容易く僕らの侵入を許すとは」
「良く言いますね。"あの子"の手引きがなければこの城への侵入は出来なかったでしょうに」
「!」
赤毛の少女は驚き、興味深そうに王妃を見る。
「流石、"彼"の母親だね。分かっていたんだ」
「当然でしょう。何年あの子の母親をやっていると思ってるのかしら」
お互いの腹の内を探るように言い合う二人。対する王は話に付いていけてない様子だ。
「あはっ、母は強しってやつかな? うん、やっぱり早急に計画に移って正解だったね。あなたは僕たちの目論みには危険過ぎる。悪いけどあなたには確実に死んでもらうよ。今日ここでね」
まずいとヴィーナは思う。アーナイトを人質に取られてる以上、王妃は身動きが取れない。このままでは、抵抗する間もなく殺される。
動くかヴィーナは考える。だが、少しでも動けば恐らく他の反乱軍のメンバーがアーナイトを殺害するだろう。
今はまだ動けない。
「あなたに私を殺すことが出来るとでも?」
「うん、確かに何の枷もないあなたには僕では無理だよ。でもね、今の木偶と化したあなたなら簡単だよ。この僕でもね」
少女は言いながら王妃の前に立つ。と、妻を守る為、王は王妃を背に隠す。目まぐるしく移り変わる自体に、付いていけないのが本音ではある。無能な王だ。それでも王は王妃の盾になるように立った。
「儂がこの国の王だ。貴様らが用あるのは儂のはずであろう。先ず殺すとすれば儂からのはずだ」
それはただの時間稼ぎ。無能な王なりに考えた、命を使った時間稼ぎである。ふーんと少女は少し関心したように目を細める。
「王様は無能で臆病だと聞いていたんだけど、どうやら臆病ではないようだね」
くすっと笑う。誰から聞いていたのか、王様は気になったが、それを聞くよりも今この場にいる二人を守ることだけを考える。
「あなた……」
王妃は王のその姿を見て、思わず胸を抑える。こんな時なのに……、いや、こんな時だからこそというべきか。胸に熱が灯るのを感じた。
だけど「でも」と少女は続ける。
「それはダメだね。どの道、王家は皆殺しにすることは変わりないけどそっちの女から殺すよ。だって何されるか分かったものじゃないし」
「っ! き、さま」
少女の手の中に紅蓮の球体が膨れ上がる。轟々と燃え滾るその球体は辺りの空気を貪り、ある一定の大きさになると成長を止めた。
ヴィーナはまだ動けない。もう少しだ。もう少し時間を稼ぐことができれば……。
そう考えていると、室内にいる反乱軍の内の一人、隻眼の女が少女を止める。
「おい、ミーシャ。まだ殺すな。映像中継の準備が終わってない」
魔力を電波に変えて映像を伝播する魔法。それの使用に手間取っているのだろう。反乱軍のメンバーの何人かが魔法陣の構築式を床に描いていた。
ミーシャと呼ばれた少女は、声をかけてきた反乱軍の仲間を睨む。
「見せ物は、王一人の処刑で充分でしょ。危険なそこの女は直ぐに殺すべきだよ」
「勝手なことはするな。全員、その死に様を世界に配信する。そうするべきだ」
「……わっかんないかなぁ」
赤毛の少女"ミーシャ"は呆れたように肩を竦める。
「今ここで殺さないと厄介になるってのに」
「それはお前の目算に過ぎないだろう。王族は全員、公開処刑にする」
「はぁ、……分かったよ。どうなってもしらないから」
渋々といった様子でミーシャは手の中の炎を消した。
助かった、とヴィーナは思う。また、同じことを思ったのか王妃も息をつく。動くにはまだ早い。
「まったく……融通がきかない石頭め」
「お前は軽すぎるんだ。もう少し慎め。お前の勝手一つが全ての計画を台無しにするんだぞ。それは分かっているのか」
「はいはい、分かってるって、うっさいな」
すとんとミーシャは不満そうに座る。と、その時だ。
ようやくその機会は訪れた。
(完成!)
王の時間稼ぎと彼らの内部問答によって齎された時間。
ヴィーナは編み込んでいた魔法を、その構築陣ごと展開する。
無数に開放された魔法陣はヴィーナの体を囲い、四方八方に衝撃を発信させた。ユアの元だけは避ける様に広がり、城内の全域に波紋が届いた。それは最初にユアの感じたのと同一のものだ。
「!」
「なんだ!?」
ミーシャと隻眼の女が同時に反応。それが刹那の隙を、彼らに取らせてしまう。
アーナイトに監視の為に送られていた視線が、コンマ数秒外れた。ヴィーナにはそれで十分すぎた。
ただの激震。だが、それの意味を二人は知っていた。今回の計画の要に、自分たちも使った魔法。
「あーあ、だから言ったのに。さっさとあの女だけは殺しておくべきだって」
「くっ」
全てを察し、彼らの意識が同時に人質に戻る。だけど、もうそこにはアーナイトの姿はなかった。いつの間にか王妃の手に渡っている。
「それにしてもまさか彼の他に"地災降臨"を使える者がいるとは驚いたよ。一体この国はどこの大魔導師を抱えているのかな」
ミーシャは困惑を隠せぬまま、しかし少しおどけるように言う。と、それに答えが返ってくる。
「へえ、今の魔法は地災降臨というの。ごめんなさい。勝手に使わせてもらったわ」
すたっと天井裏からユアを抱えて、ヴィーナが舞い降りる。
「でも結構便利ね、今の魔法。振動に乗せて、色々な魔法を同時に発動できるなんて。おかげで容易くアーナイト様を取り戻せた」
地災降臨。これは一種の広範囲魔法陣のようなものだとヴィーナは認識していた。巨大な魔法陣を展開し、その内部の状況を正確に認識。また、同時にその内部ならば何処にいても魔法を発動させることができる。さらに魔法陣という役割をも果たす為、発動した魔法の効力をも引き上げることができる。汎用性に富んだ魔法だ。
つまり発動さえすれば、その内部でなら魔法の遠隔操作を行うこともできるということだ。
「……子供?」
隻眼の女は怪訝な顔をする。今のこの場には似つかわしくもない妖精のように愛らしい女の子が、姫を抱えたままこの場に現れたからだ。
だが、ミーシャは真逆の反応を見せた。
「成程。リリファル家の子か。うん、どうやら今回は失敗のようだね。流石に今のメンバーで化け物二人を相手に勝てるとは思えない」
全てを悟り、諦めた。
「こんなに可愛らしい子を捕まえて化け物だなんて酷いわね」
ヴィーナは妖しく笑い、答える。
「ミーシャ、どういうことだ。あれはただの子供じゃないのか」
「あいっかわらず脳筋だね、君。リリファル家ってのは単身で魔法使い千人分の働きをするとされる、化け物の家系だよ。まさかリリファル家が動いてるとは、あの小僧。もしや僕らを売ったか?」
忌々しげに吐き捨てるミーシャ。それに答えるのはやはりヴィーナだ。
「ええ、そうよ。私達にこの情報を知らせたのは、第一王子のユーベルト様。本当とんだ自作自演よね。あなた達も彼の手のひらで踊らされて可哀想に」
でも、とヴィーナは続ける。
「だからって同情はしないわ。だってこうすることを選んだのは他でもないあなた達なのだから。だけど、安心していいわ。直ぐに彼も地べたに引きずり下ろしてあげる」
言いながらヴィーナは手の中に黒い球体を生み出した。それは輝かない光の塊。
「というわけで安心して死になさい」
そしてヴィーナは手の中の魔法を眼前の敵に向けて放つ。