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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第一章ー悪役令嬢、お姫様と暮らすー
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悪役令嬢、逃亡する

「ヴィーナ様、大丈夫ですか?」


 心配そうに声を掛けるユアに、殴られた頬を氷水の袋で冷しながらもヴィーナは頷いた。


「それはよかった。ヴィーナ様のお顔に少しでも傷の残ることがあれば、どうしようかと思いました」


 大袈裟だ。それに今更もうどうでもいい。どうせこの身はもはやリリファル家にとって不要でしょうし、政略の道具にすらなれない。

 ならば体に傷が付けられようが、どれだけ汚されようがもうどうでもいい。

 と、そんなヴィーナの心を読んだかのようにユアは言う。



「そんなに自棄にならないでください」


 無理だ。彼女にとってはリリファル家が全てであり、それを無くすことは無価値になるのも同義だ。


 彼女の家、リリファル家は実力至上主義で、そこに家族の感傷というものがほとんどない。使えれば使い、使えなければ子供であろうが切り捨てる。それがリリファル家というものだ。


 認められたければ認められるように頑張る他ない。が、他所に嫁に出される時点で、ヴィーナは無能の烙印を押されてるようなものである。

 そこが他の貴族とは違うところだろう。

 女子供でも優秀な人間ならばリリファル家の家業にも口を挟む権利がある。事実、彼女の妹は学園が休みの日にはお母様の側近として動き回っている。

 そんなリリファル家に認められたいが為に頑張ってきたが、もう終わりだ。


 せめてこのまま迷惑をかけないように消えるのが、リリファル家の人間として出来る最後のことだろう。


「ヴィーナ様……」

「!」


 ぎゅっとユア様に抱き締められた。

 控え目だけど柔らかな胸がヴィーナの頬に触れる。


「私もあのお兄様に目を付けられた以上は、その権威が落ちるまでは身を隠す必要があります」


 それはそうか。あの王子に対してあの態度を取ったのだ。このまま第二王子派ばかりいる王城に戻れば、何をされるか分かったものではない。

 ユーベルトのように暫くは身を隠すべきだろう。

 それもこれも私のせいだ、とヴィーナは思う。

 彼女が第二王子の、あの愚弟の、あの平民の子の思惑に気付き、事前に手を打っていればこんなことにはならなかった。

 失敗した。


「そこで一つ、ご提案があります」


 提案? 何だろう。


「このまま私と一緒に……か、駆け落ちしませんか、ヴィーナ様」


 ぴきっと空気が凍ったような気がした。

 駆け落ち……? 駆け落ちというのはあれですよね。愛し合う者同士が周囲の反対を押し切って、結ばれる為に行方を眩ますことですよね。

 一緒に逃げようということを比喩しただけでしょうか。



 ……ユアと一緒に逃げる。

 それはそれで面白そうかもしれない。

 王族を連れて逃げることが何を意味するか。ヴィーナには分かっていが、もう……。

 何もかもがどうでもよく思えてしまう。

 だから彼女は、ユアの提案に頷き、応えてしまった。


 もう戻れない。ミナに嫌がらせをしたというのは冤罪だが、これからやることは紛れも無い犯罪行為。

 それも一発で打首になるほどの。

 ですが、それもいいでしょう。

 悪役令嬢の最期には、きっと相応しい末路なのだから。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……此処に呼ばれた理由が分かるな、グレンよ」


 久しぶりに実家に呼び戻されたグレンは、その父の言葉に疑問符を浮かべる。

 自分は何もしてない。何かをしたのはあの愚姉である。

 だが、それこそが目の前の偉大なる父ーーアルカトロスの憤怒の源だということに気が付かない。


「分からぬのか、愚か者よ。何の為にお前をあの学校に行かせたと思っている。下らぬ青春ごっこをする為などでは断じてない」


 その、今までの学園生活を「青春ごっこ」と馬鹿にし、取るに足らないものだという風に言う父の言葉に、グレンは反抗する。


「お言葉ですが、お父様。色んな繋がりを作るのも、我々貴族にとってはーー」

「黙れ。誰が口答えしてもよいと言った」

「っ!!」


 凄まじい迫力に、恐怖のあまりグレンは震え上がる。


「こうなるのならばお前のような無能ではなく、レーナを行かせれば良かったと今になって後悔しておるわ」


 双子の妹の名前が出たことに、グレンは口惜しさのあまり奥歯を噛み締める。何故、自分がこのようなことを言われなくてはならないのだろうか。それもこれも全てはあの姉のーーリリファル家の面汚しのせいだ。


「この、リリファル家の面汚しめが」

「!」


 今、自分があの姉に対して思っていた事を、父に言われた。それも愚かな行為をしたあの姉にではなく、自分に対して、だ。


「な、ぜ。私が……、私は……あの学園でも上位の成績を」

「そんなのは当然のことだ」


 冷めた口調で言い切る父。


「あの姉よりも……、成績は、上でした。それにリリファル家の家名に泥を塗るようなことは、何も……」

「よもやここまでとはな。あの子の成績が貴様より悪かった理由も察することができぬとは……、レーナ。お前ならば分かるであろう」

「はい」


 父の傍らに控える妹、レーナ・リリファルが一歩前に踏み出し、冷めた目でグレンのことを見る。


「お姉様の成績が悪かったのは、恐らくわざとです」

「……は?」


 その言葉の意味がグレンには理解できなかった。

 わざと、とは一体。

 リリファル家の人間である以上は優秀さこそが求められる。

 数字だ。数字こそが絶対のはずだ。

 それなのにこの妹は。一体何を言ってるのか。

 あの姉を庇い立てたいということなのだろうか。

 そう考えるグレンに、レーナは呆れたように息を吐く。


「どうやらこの兄には分からないようですが、姉の成績は起伏が激しく、悪い時もあれば良い時もあります」


 そんなのは当然だろう。悪い時は勉強を怠り、良い時は勉強をした。それだけのことではないのか。


「ただ、その成績の善し悪しには一つだけある共通するものがありました。学年全体の成績を見てれば直ぐに分かることですが、この愚兄は恐らく自分のことばかりを考えていたのでしょうね。こんなに分かりやすい連動にも気が付かないとは」


 グレンを馬鹿にするように笑うレーナに、激しい苛立ちを覚える。が、それを一息で飲み込む。

 ここでレーナに反論したところでどうにもならないことは知ってるからだ。


「何に連動していたんだよ」

「第二王子アーナイト様の成績と、ですよ」


 レーナは見抜いたことを誇ることもなく、ただ淡々と、見抜けないことがおかしいかのように告げる。


「……どういうことだよ」

「少しは己の頭を使い、考えることもしないんですね。正直な話、アーナイト様は筆記実技両方の成績が宜しくはありません。ユーベルト様とは異なり、傀儡としての王。それがあの方です」


 自身の主であり、親友でもあるアーナイトのことを馬鹿にされたことに対して、グレンは思わず不満を顔に出す。


「何ですか、その顔は。私はただ事実をありのままに告げているだけです。そもそもあなたがそんな下らない友情ごっこにうつつを抜かしてるからお姉様が……お姉様が」


 そこで初めてレーナの目に感情が宿る。それは激しい怒りだ。父とは違い、まだ未熟な彼女では完全に感情を殺し切ることができずにいた。

 が、直ぐにその怒りを飲み込み、彼女は咳払いをする。


「……取り乱しました。お父様、申し訳ございません」

「よい。感情が溢れることは何も悪いことではない。が、それをコントロールできないことが悪いだけだ。この愚息のように、な」


 何も言い返せずグレンは俯いた。


「それでは続けます。お姉様はあのプライドの塊のような第二王子の自尊心を過剰に刺激しないように、アーナイト様より下の成績を取るように心がけていたのではないかと。つまりは旦那を立てる妻の鑑、というところですね。お母様のように」

「……そんなのは憶測の話だろ。大体そんなことできるはずない。アーナイト様の成績が事前に分かるならともかく、そう狙って都合よくアーナイト様より下の成績を狙えるわけーー」


 そう、そんなことができるわけない。

 レーナは成績に起伏が激しいといった。ならば、それは毎度のことながらあの姉がアーナイト様より少しだけ成績が下回るように狙っていたということ。

 そんなことできるわけがない。

 必死に否定し、何とか愚姉ヴィーナを下げるための言葉を探す。そんな兄の姿にレーナは、嫌悪感たっぷりの表情をする。


「それが出来るからこそのお姉様です。事実、お姉様は入学当初にミナさんと模擬戦を行い、勝利しています。お姉様は無能ではありません。人心掌握する術を知っています。どうやら何処かの馬鹿な兄は思い違いをしているようなので、一つ教えておいてあげますよ。お姉様を第二王子の婚約者にと推薦したのは、何も無能故の厄介払いではなく、むしろその真逆です。お姉様はーー」


 そこまで言ったところで、父から制止の咳払いが入る。


「そこまでだ、レーナよ。それ以上をこやつに教えるつもりはない」

「……はい。早まった真似をしてしまいました。申し訳ございません」


 父に頭を下げ、レーナは元の立ち位置に戻る。

 どういうことだ。あの姉は無能だったからこの家から弾かれたのではなかったのか。


「そういうことだ、グレンよ。あの子の成績が悪かったのは、レーナの言った通り。単にアーナイト第二王子を立てるが故のもの。その為にヴィーナは常に第二王子を観察し、その側に身を置いていた。そのことすらも察することが出来ずにお前は、あの学園において一体何をしていた。何故、ヴィーナの冤罪を証明することをしなかった」


 そう、結局はそれだ。グレンは何もしなかった。何もしなかったが故にヴィーナは貶められた。それがアルカトロスの怒りの本質だった。だが、その事にグレンが思い至ることはない。


「……」


 冤罪? そんなわけはない。

 実際、現場を見た訳では無いが、あいつならばやりかねない。そう思ったからグレンは第二王子ともだちの味方をして、ヴィーナを責め立てた。

 それこそが正しい。そう、正しいはずだ。

 その行為が間違ってるなど、それこそがありえない。


「……答えられぬか。まあよい。己の役割を理解せずに遊び回るような者は、本来リリファル家には不要だが、今はそうもいかない。せいぜい傀儡の王子への監視を続けることだ。それだけが今のお前に出来ることだろう」


 友を馬鹿にされ、悔しいが何も言い返せない。


「下がれ」

「……はい」


 そのままグレンは退室する。と、傍らに佇むレーナが、


「あれ、きっともう使い物になりませんよ。いえ、使い物にならないだけならともかく第二王子と手を組み、私たちを裏切る可能性だって。早急に切り捨てた方がよろしいのでは?」


 進言する。


「分かっている。もはやあれに期待してるのは、そこではない。爆弾としての役割だけだ」

「……ふふ。子供といえど容赦はありませんか。相変わらずお父様は、本物の悪役ですね。そういうところ尊敬します」

「何を言うか。もうあれを子だとは思わぬ。ヴィーナを裏切り、蹴落とした時点でな」

「相変わらずお父様は、お姉様には甘いですね」


 そう言うレーナの頭に、ポンとアルカトロスの大きな手が乗る。


「ヴィーナだけではない。私はお前のことも、アベルのことも同様に大切に思っている。あれだけだ。この家にとって不要なのは」


 アベルというのはリリファル家の長男であり、時期リリファル家の当主でもあるひとだ。


「それにヴィーナに甘いのは、私だけではあるまい」


 確かにその通りだ。


「……お姉様、大丈夫ですかね」


 心配そうに言うレーナに、アルカトロスは笑って答える。


「なに、あのヴィーナ大好きな姫君が付いているのだ。万が一にも危険はあるまい」


 その言葉にレーナは苦笑する。


(そうですね。ユア、しばらくは妹の座を貸しててあげますからお姉様のことをお願いしますよ)


 幼い頃に姉の取り合いをして毎日のように喧嘩してた幼なじみに、切に願う。

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