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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第二章ー悪役令嬢、Sランク討伐者になるー
19/45

ユアとヴィーナの出会い④

 その日もユアは二人と遊ぶのを楽しみにしていた。

 いつものように日除けのパラソルの下、茶会の準備を終えたユアは、後は二人が来るのを待ち侘びる。


(今日のは私が作ってみたのですけど、どうかな)


 少し形の歪なクッキーの詰まった箱を見て、ユアは思う。いつもの使用人が作ってるものではない。今日は初めてユアがお菓子を作った。だからいつものように綺麗な形ではなく、所々が欠けたり、割れたりしている。味もいつものそれとは大分質が落ちる。

 なのにわざわざユアがクッキーを作ったのは、自分の作ったものを二人に食べてもらいたいという思いからだった。


(喜んでくれるといいな)


 足をブラブラと揺らし、さらりと垂れた髪を耳にかける。とくんとくんと胸の奥が締め付けられる。緊張してきた。

 一度、深く息を吸い、ゆっくりと全てを吐き出す。まだまだ緊張が解けることはないけど、少しは気分が落ち着いた。

 ユアは王城の最も高い所に見える時計を見る。そろそろ二人が来る時間である。


 もう一度、深呼吸。その後また時計に視線を向ける。

 その時だ。

 城内に激動が走ったのは。


 全域に波紋が広がり、ユアの足元を駆け抜けた。ーーのと同時に凄まじい衝撃も襲い来る。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 パラソルは根元から折れ曲がり、薙ぎ倒され、その元にあった紅茶セットは吹き飛ばされた。ユアの作ったクッキーも、またユア自身の小さな体も同様に弾かれ、転がり、叩き付けられた。

 

「ぁ、ぅぐ……」

 

 短い呻きがもれた。何が起きたのか。それを瞬時に理解するには幼い彼女では、知識が足りなかった。

 ただ一つ分かるのは、何かが起きたということだけ。

 ユアはゆっくりと顔を上げる。すると目の前には見るも無残な光景が広がっていた。


「な、にこれ……」

 

 毎日来る老いた庭師の手によって綺麗に整えられた庭園は、今の衝撃によって一気に荒れ果て、通路と庭園を隔てた壁に嵌め込まれた窓ガラスは全て粉々に砕け散り、その破片のせいで使用人の何人かが怪我をしている。歴史のある高台の時計にも亀裂が生じ、慣れ親しんでるはずの景色が、見覚えのない地獄へと移り変わっていた。


「なんで……こんなことに」


 呆然とそう呟くユアに気が付いたのか、「姫様!」とユア専属の使用人が駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか。ああ、こんなに汚れてしまって……」


 自分たちも怪我をしているはずなのに使用人はユアの身を案じる。


「は、はい、大丈夫、です。それより……あなたは……」

「ああ、私は大丈夫です。ちょっとガラスの破片で切っただけなので。それより姫様、ここは危険です。直ぐにーーっ!」


 退避おねがいします、そう言い終えるよりも前に"それ"がユア達の元に迫り、襲い掛かる。


「危ない!」


 ユアの小さな体を引き寄せて、強引に回避行動に移させた。間一髪。ユアの顔の横を、丁度"それ"が通り抜けた。

 それは氷の柱だ。ユアを貫き、殺す為に放たれたものだ。


「……え」


 何が何だか全く分からない。戸惑い呆然と固まるユアの身を抱きながらも使用人は忌々しげに呟いた。


「"反乱軍"」


 びくんとユアの肩が跳ねる。その名は知っている。というよりは先日聞いたばかりだ。ユアは口の中で「……反乱軍」と反芻する。と、そこへ「くく、ひひひひ」というような品の無い笑声が聞こえた。


「よく知ってんじゃねえか。そうだ、ああそうだとも。俺は……いや"俺らは"反乱軍。この国の終了を報せる為にやってきたぜ」


 意気揚々と名乗りを上げ、告げるのは一人の男。ポケットに手を突っ込み、その顔には歪な笑顔を見せる。体型は中肉中背で、前のめりに立つような猫背の男である。


「国取り。本気で始めるつもり?」


 ユアを庇うように背中に隠し、使用人は言う。と、猫背の男は「はん」と鼻で笑い飛ばす。


「少し違うな。もう国取りは始まってるんだよ。なあおい!」


 男は一歩、思い切り地面を踏み付けるとそれに呼応するように氷柱が数本伸びる。も、その全てがユアの体に至る直前で何かに阻まれるように止まった。


「!? 防壁だと……、どういうことだ。魔法は普通貴族しか使えないはずだが」


 氷柱を止めたのは防壁だ。それは勿論、ユアの使用したものではない。その魔法を使ったのは……。


「ふん、侮られたものね。王家に仕えるこの身が、ただのか弱い使用人のものだと思った?」


 傍らの使用人。


「姫様、ここは私が食い止めます。なのであなたは退避をおねがいします」

「で、でも、あなたは……」

「いいから行ってください。おねがいします。ここであなたを失うわけにはいきません」

「だ、だけど」

「行きなさい!」

「っ!」


 びくっとユアの肩が震えた。始めて彼女に怒られたからだ。そして懇願するように使用人は言葉を続ける。


「おねがいします。ここは私を信じてください、姫様」


 真剣な声だ。ユアは顔を伏せ、ただ小さく頷いた。


「絶対……死んじゃダメです」


 それだけ言い残した後、ユアは背を向けて走る。


「おっと、王家の人間は逃がすわけねえだろ」


 また氷柱を放つ。が、その全てが防壁によって叩き落とされた。


「いいえ、見逃してもらいますよ」


 防壁に衝突したことで砕けた氷柱の破片を踏み砕き、彼女は笑う。


「その代わり私が相手を致しますよ」

「はっ、おもしれえ。お前如きでどれだけ俺を止められるか、やってみろよ」


 そうして荒れ果てた庭園の中で二つの力が衝突した。





 ユアは走っていた。己の力不足を噛み締めながらもただ脇目を振らず長い赤絨毯の上を走る。

 右を見ても、左を見ても、この騒ぎによる爪痕が刻まれていた。

 見てはいけない。見ては足を動かすだけの気力が削ぎ落とされるかもしれない。ユアは何もかもを振り払うようにただ走る。と、


「いたぞ、ユア・ラファリスだ! 捕まえろ!」


 男の声が聞こえた。聞いたことのない声だ。恐らくはこの騒ぎの犯人"反乱軍"の内の一人だろう。

 

「っ!」


 見つかった! ユアの向かう先。そこに今まで王城内部では見た事の無い、頬に傷を持った男の姿が見えた。

 その姿を確かめた瞬間、ユアは直ぐに方向転換して、近くの階段を駆け上がる。が、まだ幼い子供なので歩幅が小さく、脚力ではまず健康な大人の男には勝てない。

 ユアは必死に走るが、その距離は徐々に縮められていく。


(やだ、こないで……!)


 どんどん手が伸びてくる。振りほどけない。


(やだ、やだ!)


 ユアは何度も繰り返す。だが、追っ手の手は直ぐ間近まで迫っていた。どれだけ早く足を動かしても、やはり振り解けない。また助けも来ない。そして……。


「捕まえた」


 ついに男の大きな手が、ユアの腕を掴む。


「いや! やだ! はなして!」


 ユアは必死に抵抗する。だが、腕力で幼い女の子が大人の男に勝てるはずもなく、簡単に無力化されて、ユアは軽々と持ち上げられる。


「おら、ちょっと来い」

「やだ、誰か、誰か……!」

「大人しくしろ! ぶっ殺すぞ」

「ひっ! やだ、どうして……こんなことを」


 ユアの小さな体を肩に担ぎ上げたまま男は歩き出す。


「どうしてだと? そんなの決まってんだろ。これは俺ら平民による反乱だよ」


 くくと男は笑う。


「大体よ、理不尽じゃねえか。俺らは苦労して毎日汗水垂らして働いてるってのによ。そんな中お前らは悠々と暮らしてるんだぜ? 少しは俺らの苦労も理解するべきだ」


 笑いながら男は歩く。と、


「ねえ、その子をどうするつもりかしら」


 どこからか馴染みの深い声が聞こえた。


「ロリコンのおにいさん」


 髪を払い、青みがかった黒髪を背に引きつつも向かいの側から悠々と歩くその姿をユアは知っていた。よく知っていた。


「ヴィーナ様……」


 ぼそりとユアは弱々しくも呟き、


「おいクソガキ。俺らが用あるのは、王族だけだ。さっさと消えろ」


 男は歩みを止めない。目の前に立ち塞がるものが何なのかも知らずただ足を進める。


「いいえ、そうはいかないの。王城(なか)の後始末は任された以上、やらないことにはお母様に叱られちゃうもの。それにその子は私の大切な友達よ。返しなさい」


 そして、それはヴィーナも同様だ。目の前に立ち塞がるものが誰なのかも興味を示さずただ足を進める。

 二つの距離が徐々に近くなっていく。


「ガキ……、友達思いなのはいいが、こんなところで命を無駄に粗末にするものじゃない。再告するが、さっさと消えろ。もう言わんぞ」

「ふふ、あなた達に言われたくはないわね。こんなところで命を粗末にするような真似してるあなた達にはね」


 そう答えるのと同時、男の長い足がヴィーナのお腹に叩き込まれた。







「……大丈夫? あのロリコンに何かされなかった?」

「は、はい……、」


 ヴィーナはユアを抱き締め、その頭を撫でる。足元には既に息絶えた男の死体。


「その、ヴィーナ様……、今どうなってるんですか?」


 出来るだけユアに足元の死体(それ)を見せないように抱き、状況の説明だけをする。


「どうやら"反乱軍"が攻めてきたみたいなの。でも安心して、街の反乱軍はお兄様とグレンと王国騎士団が、この城内は私とレーナが、反乱軍の本拠地はお父様とお母様が。それぞれ動いてるから直に全て終わるわ」


 優しい声だ。それを聞き、思わず気が緩み、目尻に涙が浮かぶ。少しでも気を抜けば声を上げて泣いてしまいそうなほどに。ユアの張り詰めていた気持ちが、緩んだ。


「ただ、今この王城の中心の玉座の間に王様たちが捕らわれている。私は今から王様たちを助けに向かうけど、ユアは一人で避難できる?」


 ユアは首を振る。無理だ。もう怖くて一人で動くのは無理だ。足でまといになることは分かっているが、それでもユアはヴィーナの服を掴んで離さない。

 ヴィーナは困ったように笑い、ユアの頭を撫でる。


「分かったわ。それじゃあ、一緒に行きましょうか」

「……うん」


 ヴィーナはユアの手を取り、歩き始める。


(出来ればこの子には戻ってもらいたかった。内通者が誰なのかを知ればきっとショックだもの……)


 向かうのは反乱軍の連中に占拠されている玉座の間だ。




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