ユアとヴィーナの出会い③
ラファリス王国の城下町は、白い王城を中心に囲うように丸く広がっている巨大な都だ。
全体的に白を基調にした造りをしており、また区画を区切るように汚れ一つない綺麗な水が流れている。
その一角。雑貨や日用品が主に売っているラファリス城下町の第三区に三人は来ていた。
幼い子供ではあるけど、その身なりや佇まいは貴族のそれの為、チラチラと多くの視線を集めている。
周りには護衛も見受けられない。それが貴族の令嬢にしてはとても珍しい。
しかも、良く見ればその内の一人はラファリス王国のお姫様だ。注目の的にされるのも仕方の無いことである。
ヴィーナは二人の手を引き、周りに目を配る。
自分が連れ出した以上は責任持って二人を守る必要がある。それにあとは軽い品定めの意味も込めて。
足早に歩きながら辺りを見渡す。
「ヴィーナ様、ちょっと早いです」
「おねえさま……、もうちょっとペースを」
ぜぇぜぇと息が絶え絶えの二人に、ヴィーナは「あ、すみません」と言い、そして続ける。
「それにしても相変わらず凄いわね。私達の住んでる街も一応都会ではあるけど、ここほど大きくはないわ」
「だねぇ」
ヴィーナ達リリファル家の屋敷があるのはラファリス王国の五つの都の一つ、西の都ガレイバレットだ。
西の都も大きいけど、この城下町ほどではなかった。
額に僅かに滲んだ汗をハンカチで拭い、「そうですね」とユアは同意する。と、ヴィーナは二人の柔らかい手を再び握り返し、
「じゃあユア、行きますわよ。案内おねがいします」
再び強引に手を引いた。うわっと短い悲鳴をもらし、ヴィーナの行くがままに街を駆け回る。
「わ、分かりました。案内します! きちんと案内しますからもうちょっとゆっくり!」
「お、おねえさま、ちょっ」
一軒一軒に三人は飛び込み、品物を見て回る。雑貨店から宝石店まで。ヴィーナはアーナイトに送るためのものを、ユアは料理の参考の為の味見を、レーナは暴走し始めた二人を嗜めつつ軌道修正。
もはや誰が一番お姉さんなのかも分からないような状況だった。
「あ、あれとかいいのではなくて?」
「いやいや、もっと可愛いのが」
「ちょっと、だっせんしてるよぉ」
また駆け回る。
「ユア、これとか良いんじゃないかしら。あなたに似合うわ。レーナはこっちね」
「……ヴィーナ様、本当に悪趣味です」
「うん、これはちょっと……」
良いものを探しに色々な店を巡り、巡っては笑う。楽しい。二人と居ると飽きない。表には出さないもののユアは心底そう思っていた。
そうして三人はただの子供のように無邪気に遊ぶ。
そんなところに、それは来た。
ズドンという爆音と、それに伴って「いやぁあああ」と聞こえる悲鳴。
「!!」
先に反応したのは年長のヴィーナだった。二人を庇うように前に出る。それは反射的な行動だった。
どこから聞こえてきたものかは分からないが、きっと近くであることは間違いない。
次に動いたのはレーナだ。隣のユアの腕を掴み、自分の側に寄せた。「ひゃっ」という声には無視。一瞬にして神経を尖らせる。
そこにはいつものレーナの姿はない。
最後は当然ユアである。
ユアは「な、なに今の……」と動揺し、キョロキョロと辺りを見回す。と、この道の向こうから人がチラホラと走ってくるのが見えた。
「な、何か事件? ど、どうすれば」
怯えて肩を震わすユアを安心させる為に、ヴィーナは言う。
「大丈夫よ。二人のことは私が守るから」
ユアは「え、あ、はい」と動揺しながらも頷くが、レーナは不服そうに言う。
「むぅ……、わたしもたたかえるよ、おねえさま」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」
そうして二人だけで分かる言葉を交わすヴィーナとレーナに、ユアは奇妙な疎外感を感じ、直前までの充実が嘘のように途端に寂しくなった。
「でも、あなたはユアを守ることに専念しててほしいの。私がオフェンス、あなたがディフェンスということよ……OK?」
「うん、わかったー」
「ならばよし」
そう指示を終えた瞬間のことだ。再び轟音が響き渡った。今度は目の前で。轟音の正体は、やはりというべきか、爆発だった。
一気に膨れ上がった爆炎が、人の群れを薙ぎ倒すほどの爆発を纏いながら三人の元に押し寄せた。
「っ!!」
ユアは思わず目を閉じる。突然の死を前に、それは本能的なものだろう。人は死の直前に直面すると、直視することを避ける傾向がある。それは死という現象が人の恐怖の最高位に位置するものだからだ。
子供ながらに本能が死を悟り、それがまた突然だったが故に彼女は目を閉じた。
だが。
未だ痛みは来ない。圧倒的な熱量に身を焼かれることも、その纏った爆風の暴力に身を打たれることもない。
いや、僅かに熱気はある。頬を掠める空気は暖かい。
ただ、それだけだ。他には何も無い。あれだけの爆発に襲われたにも関わらず、"何故か"何事もない。
そのことに不審に思い、ユアはゆっくり目を開ける。と、目の前に広がっているその光景を見て、絶句する。
「もう、おねえさまは別に何もしなくてよかったのに。そんなにわたしがしんじられないのー?」
「そうね。あなた達にもしものことがあったら大変だもの」
膨張し続ける爆炎をその纏った爆風ごと抑えるヴィーナの背中が目の前にあったからだ。しかも、片手で。
それに加えて、周りの人々を保護するように薄い防壁が張られていた。これはレーナの仕業だ。紫の粒子がレーナの手から迸り、人命の保護をしていた。
「全く誰にも言わずに出てきたのに、どうして"反乱軍"の連中が出ててくるのよ。折角楽しんでたのに、最悪な気分だわ」
「うんうん」
ヴィーナは言い、レーナも同意する。心底そう思ってくれていたのだろう。声音からハッキリその気持ちが伝わってくる。
「それに子供三人だって侮ったのかしら。不愉快だわ! リリファル家のこの私が一緒のところを狙うなんて……」
次に憤慨。片手で抑える爆炎を握り潰すようにして消滅させると、その先に今の"魔法"の使用者らしき男が立っているのが見えた。
「そ、んな……馬鹿な!」
信じられないといった様子で男は呟く。当然だろう。彼女達のように幼い子供には魔法は使えない。事実、今のユアは使うことができない。それが普通なのだ。にも関わらず……。
だが。そんな男の動揺には一切気を触れることもなく、ヴィーナは髪を払い、言葉を続ける。
「それにどうやらお母様の言ってた通り"内通者"はいるみたいね。私達の動向を伺ってる内通者は誰かしら。お城の使用人? それとも……」
次の瞬間、ヴィーナは男の眼前まで到達していた。
「もっと上の人かしら」
ーー気絶させた男を、ちょうど駆け付けた騎士に引き渡し、そのまま逃げるように立ち去った後、三人はまたショッピングに戻っていた。
が、当然今まで通り何事も無く買い物を続けられるわけもなく、ヴィーナとレーナはユアに詰問されていた。
「あの、反乱軍というのは何なんですか?」
「……うーんと」
言葉に詰まるレーナ。言ってもいいことなのか分からない為ちらりとヴィーナに助けを求める。と、ヴィーナは何でもないように答える。
「ただの国賊よ」
「……国賊?」
ユアは眉根を寄せる。今までそんなのがいるなんて聞いたことがない。
「どうして? 何か国に不満があるんですか?」
「ええ。あるんでしょうね、きっと」
またしても即答。だが、興味は無さそうだ。
「……そう、なんだ」
王族として責任を感じているのか、ユアは肩を落とす。が、それをヴィーナは笑い飛ばす。
「でもね、そんなのは当たり前のことなの。私だって不満はあるもの。不満なんてのはあるのが普通で、私達はそのどこかで折り合いをつけて生きていくしかないのよ」
ヴィーナは気味の悪いぬいぐるみ(豚の全身に余す所なく眼球が埋め込まれた見た目)を手に取ると、それをレジまで持っていく。
隣で「うぇっ……おねえさまはまたあんなのを……」とレーナが引いていた。ちなみにユアも引いていた。
そんな二人の反応に気付かず、不気味なぬいぐるみを抱えるヴィーナは二人の元まで戻ってくる。
「? ふたりとも、どうかした?」
「いや、なんでもないです」
「……うん」
「……?」
ヴィーナは魔法によってそのぬいぐるみを消す。と、ユアの頭を撫でる。
「だから"反乱軍"の連中の身勝手な不満の押し付けに、あなたが心を痛める必要はないのよ、ユア」
「……はい。そう、ですよね」
ユアは頷き、ヴィーナは「よろしい」と笑う。と、その様子を眺めていたレーナは「ずるい!れーなもなでて!なでて!」と言いながらヴィーナに抱き着き、その勢いによってユアの頭からヴィーナの手が離れ、思わず「あ……」という声がもれる。
「まったく甘えんぼうね、レーナ」
「えへへ……、おねえさまぁ」
ヴィーナに撫でられて、とろんと顔を蕩けさせるレーナの姿にユアは、
(いいなぁ)
と思うのだった。
その日の夜。勝手に城外に出たことを父親からこっぴどく叱られたユアは、寝室に引きこもり、熊のぬいぐるみのクーちゃんにぶつぶつ話し掛けていた。
「わたしはわるくないもん。もう、おとうさまのばか。くーちゃんもそう思うよね」
くーちゃんは答えない。
「……おとうさまなんてだいっきらい! はぁ……あーあー、やっぱりヴィーナ様達も怒られていますよね」
ごろんとユアは寝返りを打ち、友達二人のことを思う。
「……でも、あの二人だし……もしかしたら怒られてないのかも。いや、それどころか今日の活躍を褒められて……なんだかそれはズルいです」
ぶーぶーと文句を漏らす。だが、勿論、ヴィーナは怒られている。当然だ。勝手にお姫様を連れ出した挙句、襲撃される等という失態を犯したわけだし、怒られない方が不思議である。しかも未だに長々と説教は続いている。そのことをユアが知ったのは、後日だった。
「……はぁ。それにしても反乱軍……か」
ぎゅっとくーちゃんを抱き締める。
「……ちょっと怖い」
昼間の死の恐怖を思い出し、体が震える。あの時はヴィーナが居たから助かったけど、もしも一人なら……。そう考えると怖くて体が震えてくる。と、そんなユアの様子を察したかのようなタイミングで「ユア?」という優しい母の声が聞こえた。
「起きてますか」
「うん、起きてるよ」
「入りますね」
「……うん」
ガチャとドアを開けて、寝巻きの母がユアの寝室に入ってきた。
「ユア、今日は大変でしたね」
母はベッドに腰を下ろすと、その反動でユアの体が僅かに揺れた。
「どこか怪我はない?」
「……ない。ヴィーナ様が守ってくれたから」
「そう、よかったわ」
母は穏やかに笑い、ユアの頭を撫でる。心地いい。
「ユア、今日はもうゆっくりおやすみなさい。あの人には私から言っておくから」
うん、とユアは頷いた。
「それじゃあおやすみなさい、私の可愛い娘」
最後に母はユアの額にちゅっと唇を一つ落とすと、そのまま部屋を出ていった。部屋に残されたユアは母のおかげか、いつの間にか死の恐怖心は消え去り、安心しきった気持ちで眠ることができていた。
そうしてまた幾つか月日が流れ、ユアにとって決して生涯忘れることの出来ないであろう最悪な日を迎えることになる。