ユアとヴィーナの出会い②
それからは月に一度、多い時では一週間に一度の間隔でユアはヴィーナ達と会うようになっていた。
最初は全くだったものの、いつの間にか気付けば二人と会うのが楽しみになっていたことに、当時のユアは自覚をしていなかった。
仕方ないから付き合ってあげるというスタンスだったことを思い出す。
完全な黒歴史である。
そしてその日もユアは、二人と遊ぶ約束をしていた。
庭園の一隅にあるパラソルの下に配置された白いテーブルの前に座り、そわそわと二人が訪れるのを待つ。その様は年相応である。
落ち着かないのかキョロキョロ辺りを見る。忙しなく駆け回る使用人達の姿が目に入る。
(今日、他に何かありましたっけ)
ユアは疑問を浮かべる。と、ぴょこんとテーブルの陰からレーナが顔を覗かせる。
「ゆあー、きたよー?」
同い年ではあるが、妙に舌っ足らずな子だ。
「いらっしゃい。あれ、ヴィーナ様は?」
レーナだけで珍しくヴィーナの姿がない。
「ああ、えっと、おねえさまはこんやくしゃとかいう人と会わないといけないんだって」
「こんやくしゃ……ああ、婚約者ですか……、ヴィーナ様にはもう婚約者いたんですね。誰ですか?」
「あーないとさま!」
「……はい?」
ユアは思わず聞き返す。
「だからあーないと様がおねえさまのこんやくしゃなんだよ」
レーナはむすっとする。大好きな姉が取られたような気がして寂しいのだろう。可愛いなあとユアはレーナの頭を撫でる。と、またいっそう不機嫌な顔になった。
「もう、ユア! わたしのほうがおねえちゃんなんだよ! こどもあつかいしないで!」
ユアとレーナは同い年だ。でも、誕生日はレーナの方が早い為、一応レーナの方がお姉さんということになる。ただ、レーナは見た目も言動もユアよりは幼いし、お姉さん扱いすることは難しいだろう。
「ヴィーナ様はアーナイトお兄様と婚約、ねえ……」
「うん。なんでもおねえさまのごしめいなんだって」
「……ふーん。成程、通りで少しお城の中が騒がしいんですね」
ユアはカップに注がれた紅茶を一口飲む。
「それにしてもヴィーナ様はアーナイトお兄様のことが好きだなんてちょっと意外です」
「うん。わたしも反対したのに、取り合ってくれなかったんだよ、おねえさま。もうひどいよ」
ぴょんと椅子に飛び乗り、今日の為に用意していたクッキーを一つ取り、レーナは口に放る。ヤケ食い……?
「あ、このくっきーおいしい!」
「でしょう! それね、私の専属のメイドさんが焼いたものなんだけど、そのひとすっごく料理がうまいんです!」
目を煌めかせて身を乗り出すユアに、レーナは少し引き気味に「う、うん」と頷いた。それを満足気に確かめた後、ユアは元の位置に戻る。
「私も最近、習ってるんですけどね。中々うまくできないの」
ふぅと紅茶を呑んだ後の熱気を吐き出し、ユアはカップをテーブルに置き、クッキーを頬張る。口の中にミルクの香りが広がり、つい顔が蕩けた。
「ふーん、ユアもおりょうりつくるんだー。こんど食べてみたいな」
「いえ、まだ誰かに提供できるほどのものではありませんから無理です」
ユアはきっぱりと拒否し、ぶらぶらと足を揺らす。と、そんな二人の元に綺麗に着飾ったヴィーナが来た。
「すみません。遅れてしまいました」
挨拶し、ヴィーナは椅子を引き、その上に腰を下ろす。と、一息つく。
「いらっしゃい、ヴィーナ様。まずは紅茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらヴィーナはカップに紅茶を注ぎ、香りを堪能しつつ一口飲む。じわりと紅茶の熱が胸に浸透するように広がってゆく。
「うん、美味しいわ」
ヴィーナは呟き、カップを置く。と、ユアはクッキーの入った小さな箱を「お一つどうぞ」とヴィーナは差し出すが、それを拒む。
「私は間食は控えてますの」
とても子供の口から出る言葉ではない。ユアは残念そうに「そうですか」と言い、レーナは「美味しいのに」ともう一つクッキーを口に放り、ヴィーナに「夜ご飯、食べられなくなりますわよ」と注意されて、またレーナが膨れた。
そうしてヴィーナを迎え入れて、三人はパラソルの下で色々な話をした。
ユアは楽しかった。
「最近、楽しそうですね」
夜。寝る前にユアは母に櫛で髪を梳かれながらもそう言われた。
「……うん。楽しいよ」
ユアは子供の声で答える。母だけには見せる何にも取り繕うことのない本当の姿である。
「ヴィーナ様やレーナのおかげかな」
母はユアの頭を撫で、愛しそうに、とても愛しそうに言う。
「そう。あなたが楽しそうで母は本当に嬉しいわ。あなたには随分と寂しい思いをさせてますからね」
「……うん」
ユアは頷く。母には取り繕うことをしない。
「でもね、仕方ないのは分かってるから」
王家に生まれた以上は普通の子供と同じようにはなれない。普通の子のように母に甘えることも父に甘えることも許されない。まだ幼くとも国を背負う存在として立たなければならず、そこに親子の情の介在する余地はない。今こうして母に一緒の時間を作ってもらっているけど、それも別に毎日というわけではない。一緒に寝られるのは母の手が空いてる時だけだ。
「いい子ね」
ぎゅっとユアは抱き締められた。ふわっと母の匂いに包み込まれる。
「でも、くれぐれも魔力の暴走には注意なさいな」
その、母の言葉にユアは小さく頷いた。
「よろしい。それでは寝ましょうか」
「うん」
ユアは母に抱えられて、天蓋付きの豪奢なベッドまで運ばれる。ベッドに入った瞬間、ユアは急激な睡魔に襲われて、そのまま深い眠りについた。
「おやすみなさい、ユア」
母はユアが眠りに落ちた後も、しばらくその寝顔を見続けていた。そして、また月日が流れた。
「街に行きましょう」
ヴィーナは開口一番、そう言い出した。その腕にはレーナがまとわりついている。
「街って……また急ですね。そういうのは早いうちに言っておかないと護衛の都合もあるんですよ」
正論。だが、やれやれというようにヴィーナは肩を竦めた。
「護衛なんて不要よ! 大抵、私の魔法一発でKOだもの」
ユアは思わず驚いた。
「ヴィーナ様、もう魔法が使えるんですか!?」
「ふふーん、勿論よ」
ヴィーナは胸を張り、答える。普通、五、六歳の年齢だと魔法は発動までには至らない。どれだけ成長の早いものでも魔力のコントロールの段階だろう。
「ちなみにレーナも使えるわ」
「ふふーん、もちろんだよ」
レーナはヴィーナの真似をして胸を張る。同い年のレーナが使えることには流石に同様を隠せずにはいられなかった。ユアは「天才姉妹ですか」と呟いた後、
「それよりどうして街に行きたいんですか?」
本題に移る。
「お父様に婚約者様とはもう少し仲を深めろと言われたのよ。ただ、私も許嫁なんてのは始めてだし、どうすればいいのか分からなくて、とりあえずプレゼントでもと考えたの」
ヴィーナは答え、箱の中のチョコレートを一つ取り、レーナに渡す。
「だけど、アーナイト様の好みが分からないことには……ね。だからユアにどういうのがアーナイト様の好みか教えてほしいの」
「……成程。そういうことですか。わかりました」
ユアはチョコレートを口に放り、咀嚼し、飲み込む。甘い。
「でも、あまり力にはなれないと思いますよ。私もアーナイトお兄様とはあまりお話しないので、そこまで詳しくはないです」
「ええ構わないわ。参考程度に聞かせてちょうだい」
そう言いながらヴィーナはカップをテーブルに置く。
「それでは行きましょうか」
こうして三人の今日の活動は決まった。