悪役令嬢、町長に会う
身支度を終えて家を出ると、色々な声がかかる。
「昨日は街を救ってくれてありがとうな」
「あんたらは命の恩人だ」
「後で詳しく話を聞かせてください!」
私は適当に流し、ユアは変わらず丁寧に応対。
町長の家まで行く。
タクラスの街は小さい。少し歩けば端から端まで行けるほど。
今まで住んでいた都に比べると本当に小さい。
そんな街の中で私たちが住居を用意できたのは、自力で組んだからだ。魔法は結構万能である。素材のない完全な無から家を作ることは無理だが、材料と製造法さえ分かれば容易く魔法で組むことができる。
無論それが出来るのは一握りではあるか、私には容易く出来る。
それを用いて、私達は街の端に家を製造。この街の住民になった。
そして私たちが今から向かうのがタクラスの中心に構える一番大きな建物。この町の長の家だ。
「おねえちゃん、これあげる!」
「ありがとうございます」
寄ってきた子供に、下手な落書きの描かれた木の板を渡されて、ユアはしゃがみこみ、子供の頭を優しく撫でる。と、母親らしき女性も近付いてきて、ぺこりと私たちに「あの、ありがとうございました!」と頭を下げた。
「いえいえ」とユアは答える。が、私は何も言うことができない。
私はこの町を見捨てるつもりだったし、お礼を言われる筋合いはないからだ。
「ユア、行くわよ。あまり町長を待たせるのも悪いわ」
後ろめたい気分に駆られた私は、ユアの手を引き、少し強引に足を進める。後ろから「ばいばい、おねえちゃん!」という子供の声が聞こえるが、私は無視。ユアは空いた手を振って、ばいばいを返していた。
「どうかしました、ヴィーナ様」
「別に何でもないわよ」
「?」
首を傾げるユアの手を引きながら私は歩き、町長の家の前に到着。町長という役割の要人にも関わらず警備も何も無いのは、ここが小さな街であることを示している。
私は階段を上り、扉をノック。
中から「どうぞ」という声が返ってくるのを確かめた後、「失礼します」と扉を開ける。
と、その先には老人が一人。泰然たる様子で座っていた。
「入りなさい」
老人にそう促されて、私はユアと共に室内に入り、ゆっくり扉を閉める。この老人こそが、この街の長たるアイゼンだ。
「成程。噂通りの仲の良さということかのう」
老人の視線が私とユアの繋がれた手に向けられて、慌てて手を離す。「あっ」と僅かに漏れたユアの声が少し残念そうに聞こえたのは気のせいだろう。
「失礼しました」
私はスカートの丈を摘み、優雅に会釈する。これは目上の人に対する挨拶をする時の私の癖のようなものだ。こうして少しでも良く魅せようとしてしまうのは、私の意識がまだ平民のそれではなく、貴族的な感覚であるからなのかもしれない。
「そう畏まるではないぞ。反応に困るわい」
「そうですよ、ヴィーナ様」
ユアはもう馴染みきっているのか、私たちの為に用意されてたであろう椅子に腰を下ろしていた。
ユアは私のような貴族ではなく、それより上位の王族だ。平民との交流は私よりも多く、きっとこういう場には慣れているのだろう。
「えっと、分かりました。それでは少し楽にさせていただきます」
そう言うも、まだ堅苦しさは抜けず、町長アイゼンは肩を竦める。
「まあよい。君も座りなさい」
「はい」
私も予め用意されていた椅子に腰を下ろす。
「それで、町長。私たちに何か御用でしょうか」
と、直ぐに私は本題に入る。
「そうじゃな。まずは礼を述べさせてもらおうかのう」
ゆっくりと老人は立ち上がり、その頭を垂れた。
「街を守ってくれてありがとう。儂らが今こうして生きていられるのは、お主たちのおかげじゃ」
私は首を振り、建前を言う。
「頭をお上げください。私は当然のことをしたまでですわ」
「そうか」とアイゼンは顔を上げ、自席に変わらぬ泰然たる様子で腰を落ち着かす。
「それより、それだけの為に私たちをここに?」
アイゼンは首を横に振る。
「礼を述べたかったのは本当のことじゃ。しかし、それだけではないのう」
にぃとアイゼンは笑う。何本か歯の抜けた老いた者の口の中が見えた。
「お主にこれを渡しておこうと思ってのう、ほれ」
アイゼンに差し出された一枚のカードを、私は魔法で取る。
そこに記された内容は、こうだった。
『汝をSランク魔物討伐者に認定す。以降も慢心せずに魔物の討伐に励むべし』
……なにこれ。
それが私の率直な感想だった。
魔物討伐者というのは私の職業だ。誰でもなれる為、一寸先も見えない『生きることに必死な命知らず』という何とも矛盾を抱えた底辺層にはとてつもない人気を誇る職業である。
その魔物討伐者にはAからFまで実力に応じたランク分けがある。
私は今はAランクだ。ただ、Aランクが最高位の筈なのにSランク魔物討伐者の証明証と言われてもピンとこない。
そんな私の疑問に気付いたのか、隣のユアがコソコソと補足してくれた。
「えっと、それはSランク魔物討伐者の証明証ですね。Aランクよりも上の……超人といわれる域の証明みたいなものですよ。おめでとうございます」
どうしましょう。正直いらない。
私は普通に生活できるだけのお金を稼げればいいだけなのに。
「これを私に? ドラゴンを倒したのは私だけではありませんよ?」
「ふむ、それは分かっておる。そちらの娘さんや、何か欲しいものはないかね」
ユアはきっぱり「ありません」と答える。即答だ。
「なんだ、随分と欲のない妹じゃのう。お礼は受け取る気はないようじゃわい」
「そうですね。なら私もこの子に倣って、お礼は遠慮させていただきます」
私は証明証を返そうとするけど、アイゼンは首を振る。
「ふむ、しかしのう、これは受け取ってもらわないと困るのう。もうそちの認定ランクもAからSに修正もされとるわい」
「何を勝手なことを」
「すまんのう。これが一番嬉しいものだと思ったんじゃよ」
確かに普通の討伐者ならそうだろう。ランクが上がれば上がるほどに仕事の幅も増えるからだ。だけど、私はユアとの今の生活を守れるだけのお金があればいい。本当はAランクも不本意だったけど、私のように基礎以上の魔法を操るに至ってる者は最初からAランクになる為、甘んじて受け入れた。が、それ以上は流石に不要だ。
どうやって返却しようか考えていると、ユアが私の服の袖を掴み、コソコソと耳打ちをしてくる。
「ヴィーナ様、Sランクの討伐者は今の所は世界でも三人だけですよ。そんな中に入るなんて……凄いです」
まだSランクになるとは一言も言ってないのだけど。それにユア……貴女も私と同じようなものじゃない。
というかそんなに少ないの……?
いやまあ、当然といえば当然かもしれないけど。そもそも魔法を使える者は普通、討伐者なんかにはならないわけだし。
「……分かりました。一応これは受け取っておきます。ですが、私はAランク以上の仕事は受けません」
もう二度とあんな化け物とは戦いたくない。次戦えば十中八九ドラゴンには勝てないだろう。あんなのは運だ。運に恵まれただけ。それなのに実力に見合わない仕事を持ってこられては、たまったものではない。
「うむ、それは残念じゃのう」
アイゼンは肩を落とす。
「東の都の『反乱軍』制圧を頼みたかったんだがのう」
東の都というのはベイルートのことだろう。ラファリス王国の城下町と二分するほどの大都市として知られている。
ちなみに反乱軍というのは、国家を転覆させることを目論む無法者のことで、このような手に負えない大罪人のことは人ではなく魔物として扱う為、討伐者にも要請が回ってくる。
「……反乱軍」
ぼそりとユアが呟いた。
「ユア?」
「えっ……、ああ、ううん、なんでもないです」
「……そう」
ユアが反応したのは無理もない。
十年ほど前だ。反乱軍はラファリス王国の城下町に侵攻。その際に王家の連中を民の為に掃討するという大義を掲げ、ユアの母親……つまりは王妃を殺した。
そして反乱軍は国王とユアとアーナイトの三人にも手を掛けようとした時、たまたま居合せた私とレーナが隙を見て反乱軍を始末。何とかユア達だけは助けることに成功した。
が、その時に何人かは取り逃がしてしまい、その残党らで再び反乱軍を立て直し、最近また活動しているようだ。
つまり反乱軍というのはユアにとって親を殺した仇のようなものである。
「ユア……、どうする? あなたが復讐を望むなら私はその手伝いをするけど」
こそこそと私はユアに耳打ちをする。先程お風呂で言われたことを彼女にも返す。が、ユアは首を振る。
「ううん、私も復讐とかはいいです」
「そう? 我慢はよくないわよ?」
大丈夫です、とユアは笑う。
そんな風にコソコソと話す私達の姿を見て、アイゼンはまた「残念じゃのう」と呟き、溜息をつく。
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ラファリス王国の王城。白を基調とした佇まいに赤絨毯に彩られた廊下。部屋数は多く、長い通路には一定間隔で剣を持った兵士の銅像が門を形成するように向かい合って立ち並ぶ。
その通路の赤絨毯の上を、少女のような顔立ちの青年が、コツコツと歩いていた。
彼の名はアベル・リリファル。
リリファル家の長子で、雲のように掴み所がなく、風のように移り変わりの多い気性を持つ。
常に態度は飄々。その温和な笑みの裏に隠れた真意を読み取れるのは、この世に二人。敬愛する父と母だけだ。
それ以外の者は誰も彼の本当を知ることはないだろう。
そんな彼が今、普段と変わらぬ様子で悠然と王城を歩く。と、その逆側から一人の見知った顔が歩いてくるのが見えた。
「おっ、これはこれは第二王子アーナイト様ではないですか。お久しぶりです」
輝くような美しい金髪に青い瞳の青年、第二王子アーナイトである。アーナイトはアベルに気付くと、「ふん」と鼻を鳴らし、立ち止まる。
「ああ、久しいな。相変わらずユーベルト兄様と結託して何かを企んでいるようだが、そろそろ諦めて我が下に降った方が賢い選択であるぞ」
アベルは少しだけ驚いた。まさか目の前の、妹を排除したこの脳筋からそのような言葉が出るとは思わなかった。
勿論こちらの思惑の全てを看破しているわけではないだろうが、それでも何かを企んでいると思える程度の知性をアーナイトが備えていたことに、驚いたのである。
アベルはアーナイトの手前で立ち止まり、いつものように作り笑いを浮かべる。
「さあ、何の事でしょうか。ユーベルト様とは単なる飲み友達ですよ」
「ふん、お前に一つ言っておく。今はもうこの城にユーベルト派は皆無だ。それに未だ十年前のあの事件を忘れず恨んでる輩も多い。せいぜい暗殺されないように気を付けるように言っておくんだな」
「ええ、かしこまりました。そのように伝えておきますね」
当たり障りのないようにアベルは答える。と、アーナイトは思い出したかのように話を切り替える。
「ああ、それはそうとヴィーナの行方は未だに見つからないのか?」
訊かれることが分かっていたのかアベルは溜めることなく直ぐに答える。
「ええ、此方としても探してはいるのですが何分、それなりに優秀な妹なもので……」
「優秀だと。あのような不出来な人格破綻者が優秀と言うか。笑えぬ冗談だ。最強の魔法使いの家系と謂われたリリファル家の質も落ちたものだ」
アベルは肩を竦める。その態度が癪に障ったのだろう。アーナイトは「何か言いたいことでもあるのか」と突っかかる。
「いいえ、別に何もないですよ」
アベルは取り繕い、笑う。
「そうか。まあ、ユーベルトの元を去りたくなったら言うがいい。いつでも貴様を迎え入れるだけの器量は持っているからな」
と、言いながらアーナイトはアベルを押し退けて、再び歩き出した。
(いいえ、第二王子様。この私を収めるには、貴方程度では底が浅すぎる)
そう内心で嘲りながらも、アベルもまた歩き始めた。