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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第一章ー悪役令嬢、お姫様と暮らすー
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悪役令嬢、夢を見る

 これが夢だと気が付いたのは、割りと直ぐのことだ。

 激しく移り変わる情景に違和感を覚え、陰のように記憶に残らない人々の会話で確信に変わる。これは夢だ。

 今目の前で繰り広げられてる愉快な会話なども目が覚めてる時に聞けば面白味の欠片もないだろう。

 

 ただ、今の私の思考は全く機能しない。夢だということを理解はしているけれど、それを実感として伴うのはまた別問題。理解はしているものの実感はない。それが今の私の置かれている状態だった。


「シルフ様は最近どうですの?」


 目の前の誰かが言った。やはり顔も記憶には残らない。目の前に居るのに誰だか分からないのは、少し奇妙な感覚である。と、シルフと呼ばれた女生徒は、首を傾げる。


「どうとは?」

「ヴィーナ様のことですの。あれから進展はありました?」

「な、何を言ってるんですか!? そ、そんな私なんて」


 あたふたと身振り手振りと否定する『シルフ』。その微笑ましい姿にニマニマと顔を緩める級友達。


「そ、それにヴィーナ様にはアーナイト様という立派な婚約者が……」


 しょんぼりと『シルフ』は肩を落とす。その頭をポンポンと撫でて級友の一人が慰める。


「まあ、そうですね。元気出してくださいの」

「……うん。ありがと」


 シルフは笑い、周りに癒しを振り撒く。


 これは何の夢なのだろうか。

 今の会話を聞いてる限りでは、この『シルフ』という女生徒が私に恋焦がれてるようではないか。

 自分のことを好いてる人の夢を見る。

 これは恥ずかしい。凄く恥ずかしい。

 これではまるで同性(おんなのこ)にモテたい願望があるみたいじゃない。

 

 そうして私は羞恥を相手に戦っていると、一転。場面が変わった。目の前が夕暮れ時の教室に切り替わる。


 その中に一人、シルフの姿があった。

 シルフは自分の席に座り、俯いていた。


「ヴィーナ様がいるのにどうして……、どうしてあんな平民の女と……」


 ぶつぶつとシルフは呟く。その顔には彼女が皆から好かれる愛嬌が失われていた。暗く淀み、どこまでも嫌悪感に満ち溢れて、自分の想い焦がれる相手を裏切る行為をしてる男に対して、不敬ながらも殺意を抱く。

 

 直前に見た彼女とのあまりの違いに私は、驚いた。これは自分の願望の具現なのかもしれないけど、その様が自分のせいであることに僅かに胸を痛めた。


 それからも私は何度か場面の一転を見た。その全てがシルフの姿を追うように切り変わる。

 笑顔が悲嘆に。悲嘆が苦悩に。苦悩が葛藤に。葛藤が行動に。行動が悪性に。移り変わり、

 しかも、その全てが私に関することばかりだった。

 

(これは何。私は何を見ているの……?)

 

 分からない。シルフの行動原理は私に関することばかりで、自己犠牲が過ぎていた。


 ある日は私の為にミナへと憤怒し、通り様に文句を吐き捨てた。

 その日は私の為に悲しみ、その元凶のミナに突っかかった。

 この日は私の為に笑い、隠れて祝杯を上げた。

 そして、

 あの日は……。

 私が婚約破棄を言い渡されて学園を逃げたあの日、ついには私の為に狂い、復讐を誓った。


 シルフは利用されていたのだ。その想いによる行為の全てを。

 他でもないあのミナ・ユキシロに。

 利用され、彼女の行為の全てが私が命じたことになっていた。


 そう、これは彼女の記憶なのね。私は何となくそう感じた。確信はない。ただ、何となく。


 哀れだ。だが、私は彼女に同情はできない。勿論、私の為に怒り悲しみ苦しんだことは嬉しい。ここまで想ってもらっているのだ。嬉しくないわけがない。でも、それでも私が貴族社会を追われたのは、彼女が原因ということになる。自業自得だと思う。


 と、また場面が切り替わった。

 目の前にはミナ・ユキシロとシルフの姿。


「何の用? 早くしてくれない?」

 

 ミナが冷たく言い放つ。と、シルフは答える。


「どうして……私達の行為を……ヴィーナ様のせいにしたの?」


 シルフはミナへの嫌がらせ(とは言っても文句を言ったりする程度だったが)をしたのは自分たちの独断だったことをミナに全て打ち明けていた。が、にも関わらず目の前の彼女はその聞いた事実を捻じ曲げて、全ての責任を私に押し付けたことが許せなかった。


 そんなシルフの追求にミナは白を切る。


「ごめんなさい。何のことか分からない」

「……とぼけるつもり? あの日、私はあなたを信じて任せた。それなのに……!」


 確かにあの婚約破棄の場にシルフの姿はなかった。あったのは他のシルフの協力者の面々だけだ。恐らく厄介なシルフだけを休ませたのだろう。独断で私の問題に足を踏み入れたことに対して引け目を感じていたのかもしれない。


「シルフさん、好きな人を庇いたいのは分かるけど、ダメだよ。罪は罪なんだからきちんと罰しないと」


 ミナは笑いながら言う。が、その目には嘲弄が浮かんでいた。


「っ……、そう、罪は罪。罪には罰、か。……ならあなたにも罰を与えないとね」


 ゆらりとシルフは手を前に突き出す。


「後はあなたとヴィーナ様の弟とあの第二王子だけ」


 シルフの顔は狂気に歪む。その言葉にミナは怪訝な顔をする。


「どういうこと?」

「……ヴィーナ様を裏切った連中は全員殺す。まず手初めにヴィーナ様に濡れ衣を着せたあの子達を殺してきた」


 そこでようやくミナは人間らしい反応を見せた。


「そう、犯人はあなただったんだ。狂気に身を落としたのかな。まさかあんなに仲良かった友達を殺すなんて、人として最低だよ」

「あいつらが悪い。ヴィーナ様を……ううん、私を裏切るようなことをしたから」


 違う。彼女たちはシルフの為を思って、私に濡れ衣を着せただけだ。それも何となく理解した。


「でも、もう終わり。あなたを殺して、グレンを殺して、アーナイト、そして最後に自分ね。それらを殺せば私の復讐は達成される」


 狂っている。私とミナは同時にそう思った。


「だから大人しく死んで、ミナ・ユキシローー」


 そう言い、シルフはミナの元に駆ける。その命を刈り取る為に。走り、次の瞬間、世界は暗転した。最後に見たのは口元に薄く笑みを浮かべるミナの姿だった。


 これで終わりということか。

 何とも呆気ない幕切れだ。あの後どうなったのか分からない。すると、私の目の前に一つの青白い人影が浮かぶ。


「どうでした、私の愚かな行為の数々。傑作でしょう」


 それは顔は分からない。だが、恐らくはシルフだろう。


「そうね。とても笑える代物ではなかったわ」


 冷たく答える私に、シルフは「でしょう」と笑う。


「それで? こんなものを見せて、貴女は私にどうしてほしいの? この夢の中だけでも慰めてほしいのかしら。それともミナさんへの復讐をしてほしいの?」

「ふふふ、まさか。ヴィーナ様には新しいパートナーがいるでしょう。そもそも私のような人間がヴィーナ様に何かを望むというのはおこがましいことですよ。ただ、ヴィーナ様の婚約破棄の一件の背景で何があったのか。それを伝えたかっただけです」


 そう、と私は素っ気なく答える。


「それにこうして貴女の顔も最後に見られた。それだけで私は満足です。ドラゴンにも感謝というところですね」


 シルフは笑う。それは夢の初めで見た、天真爛漫で明るい彼女の笑顔だ。


「ドラゴン?」


 怪訝な顔をする私にシルフは言う。


「ドラゴンの封印を継承し続けたコキュートスの一族。私はそこの生まれです」


 青白い彼女の姿が変化し、見覚えのある小さなドラゴンが現れた。それで私は全てを理解した。


「成程、そういうことね」

「はい、そういうことです」


 幸せそうな声だ。聞いてるこちらまで癒されるような、そんな声。


「随分と勝手ね。あれだけの騒ぎを起こしておきながら最後は満足して逝くなんて」


 だから私は彼女の幸せな最期に水を差す。別に彼女のことを恨んでるわけではない。だけど、だからこそ私は勝手なまま彼女が逝くことを避けたかった。

 「くすっ」とシルフは笑う。


「そうですよ。愛は人を勝手にさせるものなんですよ、ヴィーナ様♡」





 そこで私は目を覚ました。


(……本当に勝手ね。あんな夢を見せて……、私にどうしろと言うのよ)


 はぁーと溜息をつきながら私は起き上がる、と私のお腹の上で丸まって寝ていた小さなドラゴンが「がうっ!?」と転がり落ち、キョロキョロ「何事か?」と辺りを見る。

 そして何も無いことが分かったら直ぐに私の元に寄ってきて、また丸まって眠る。まるで猫みたいだ。


 私は小さなドラゴンの頭を撫でる。と、「くぅー」と鳴いた。可愛い。


(そういえばこの子にも名前が必要ね)


 私は撫でながら思い、直前まで考えていた名前に思い至る。


(……シルフ。それをこの子の名前にしましょう)


 そう決めると小さなドラゴンーーシルフは大きな欠伸をした。




 



 

 

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