悪役令嬢、ドラゴンを倒す
ーー私はチャンスを伺う。ドラゴンの撫でるようでいて激しい一撃に私は防壁で受け流しつつも刹那の好機をただ狙う。
腕の一薙ぎで木々が根こそぎ吹き飛ばされて、私もまた同様にタイミングを合わせて攻撃を受け流す。
(中々チャンスが来ないわね)
魔力が切れるまでにチャンスが来なければ私の負け。
「っ、ーーこの!」
三発。光線をドラゴンに放つ。効かない。鱗が堅すぎて、まず外部からダメージを与えるのは無理だ。
そのことは分かっているものの攻撃には転じる他ない。唯一の勝てる可能性を引き出す為に。
ドドドドドドドーーと黒い光線はドラゴンの鱗表面で何度も爆発。軽く煤が付いただけで傷は一つもない。
(早く"あれ"を使いなさい)
今度は六発。ドラゴンの顔に向けて放つ。と、その内の一発がドラゴンの眼球に直撃。爆発を起こした。
「ガァーーーーーーーーー!!!」
ドラゴンは咆哮を轟かせる。ビリビリと空気が震えた。ドラゴンが本格的に私を殺す為に眼光を滾らせる。怒ったのだろうか。今のは別にダメージが通ったというわけではない。ドラゴンにとっては目に目薬をさす程度の感覚に過ぎない。
それでも急な刺激を与えられたことで憤りを覚えたのだろう。
(そろそろね)
私の望み通りに"それ"は来た。ドラゴンの口の中が赤く輝き、"それ"の前兆を私に見せる。
ついに来たわ。この時を待っていた。
私は練っていた魔力を一気に解放する。
「拘束魔法展開!」
大地から無数に伸びた光の柱がドラゴンの口に絡み付き、ドラゴンの口が縛られる。でも、これだけではドラゴンならば容易く口を開閉することができる。だからその上にまた新たな魔法を施す。
「第六封印魔法! 刺突封鎖展開!」
鎖の付いた光の槍がドラゴンの口を貫き(物理的なものではない為ダメージはない)、鎖部分がさらにドラゴンの口を締め上げる。
「っ!」
魔力が限界間際だ。ふらふらする。
でも、これだけではまだ足りない。
逃げるかーーと、考えた時。私の後方から鈴の音のように心地の良い声が紡がれた。
「第七封印魔法! 神威封鉄展開」
ユアの声。それによってドラゴンの口はブレスの前兆を残したまま鉄化し、塞がった。完全に閉じ切った。
「ユア、助かったわ。けれどどうして戻って来たの?」
思わず少しだけ責めるような強い口調になってしまった。そんな私にユアは申し訳なさそうに言う。
「えっと、その、すみません……」
シュンとするユアに対して私は言葉が詰まり、それ以上は何も言うことができない。そうして少しバツが悪そうに顔を逸らし、口の封印を外そうとジタバタ暴れてるドラゴンに視線を戻す。と、ドラゴンの口から漏れる赤い輝きはどんどん大きくなってゆく。
その煌めきを見て、私は確信する。
やはり私の思った通りあのブレスは魔法の類だ。
魔法は一度展開すれば誰にも解除することができない。要するに魔法によって炎を起こした場合、鎮火するには水をかけるしかないということだ。使用者の意志で一度発動した魔法をキャンセルすることはできないのである。
「とはいえ本当に助かりました」
「いえ」
口の封印を剥がそうと暴れ回るドラゴン。だが、剥がれずに膨張するブレスの光。ユアも私の意図を悟ったのだろう。最後の封印魔法のおかげで勝利が確定した。そして、ドラゴンの頭部は自身のブレスの力に耐え切れず爆発。激しい爆風を撒き散らしながら頭部を失ったドラゴンの巨体は、そのまま地に落ちた。
これは一種の賭けだった。推測を誤れば間違いなく死んでいた。あまりに危険で無謀なギャンブル。
ドラゴンの自爆を誘発する。
だけどそれには幾つか条件があった。まず前提条件にあるのは『ブレス』が魔法の系統であることだ。自分の意志では止められない魔法が口の中で暴発すれば、いくら強固な鱗を持つドラゴンといえども無事では済まないだろう。
次にブレスを引き出すこと。あのドラゴンを自爆させる起爆スイッチのようなものだ。それを使わせる為にも私はドラゴンを怒らせる必要があった。
魔物は激昴した時に自分の中で最も強い力を使う傾向がある。ドラゴンもそれに当て嵌るとは限らなかったけど、どうやら同じだったようだ。私が魔法を撃ち続けた結果、ドラゴンは激昴してブレスの前兆を見せた。
最後に拘束魔法と封印魔法を使う為の魔力の温存。ドラゴンが幾らブレスを使ったとしても、それらの魔法を使用するだけの魔力が無ければ意味ないだろう。まあ、これは実際危なかった。ユアが来なければ今頃完全に灰燼に帰していた。無論、私がだ。
「ふぅ……、流石に疲れましたわ。ユア、戻りましょうか」
「そうですね。でも、大丈夫ですか? 魔力が随分と枯渇しているようですが……」
「平気。おっと……」
私は少しだけよろめき、ユアの小さな腕に支えられた。
「ありがとう。ごめんなさい、流石に魔力がもう空っぽみたいね」
「みたいですね。ヴィーナ様、私の魔力いります?」
「いえ、まだ飛行魔法を使えるくらいはーー」
大丈夫よ、と言い終わるよりも前に私の言葉は「ガウッ」と遮られた。
「え?」
今のはドラゴンの声……。
私は思わず振り返る。と、そこにはドラゴンはドラゴンでも小さなサイズのドラゴンが一匹。ぱたぱたと小さな羽を必死に動かして飛んでいた。
なにあれ、かわいいわ。
「がうぅ」と無警戒に近寄ってくる小さなドラゴンにユアも同じことを思ったみたいで、
「ヴィ、ヴィーナ様……! なんですかあれ! 可愛いです」
一人で興奮していた。
「ユア、落ち着きなさい。見た所この小さなドラゴンはあの魔物の転生体でしょう」
「これがあのドラゴンの……、この子も将来あんな風になるのでしょうか」
ユアはぱたぱたと擦り寄ってくる小さなドラゴンの頭にそっと手を伸ばす。それを私は止める。
「止めなさい。手を持っていかれるわよ」
「そんなの大丈夫ですよ、ほら」
なでなでとユアは小さなドラゴンの頭を撫でる。全く抵抗することもなく、それどころか自分から撫でられにいく素振りすら見せる。
人懐っこいドラゴンだ。
「ヴィーナ様、この子連れて帰るのは駄目ですか?」
ついにはドラゴンを抱き締めて、ユアは首を傾げる。直前まで生き死にを賭けた闘いをそのドラゴンとしていたのに、よくそう思えるものね。でも、流石にこのまま放置しておくわけにはいかないし……。
「仕方ない。いいわよ」
「やった!」
ユアは喜び、すりすりぎゅーっとドラゴンに頬擦りする。微笑ましい光景だ。
「では戻りましょう。ドラゴンが開放されていたことについても色々と話したいので」
「わかりました!」
こうして私達はタクラスの街に戻る。ちなみにドラゴンの死体はユアにお願いして空間魔法の中に回収してもらった。Sランクの魔物だ。それなりに使い道はあるだろう。
帰り道は長かった。魔力がない為、飛行魔法は使えず歩くことになった。
私はユアに『先に帰っていても構わない』と言っても彼女は頑なに拒否し、ドラゴンを抱えたまま足場の荒い山奥を下る。
途中で足となるものを拾おうとしてもこんな深い山奥、この時間に誰か通るわけがない。
要所要所の絶壁の急斜は僅かに残った魔力で身体能力を強化した上で降りる。
それからしばらくの間歩き続ける。疲労困憊で、激しい眠気にも襲われるが、それはユアとの他愛のない会話で乗り切った。
そうして日の昇った頃に私達はタクラスの街に辿りついた。
「っ、つかれました……」
「は、い」
私たちは街の中に入ると、出迎えがあった。ドラゴンを街から引き剥がしたことで避難誘導は解除されたのだろう。
「お、お帰り! あのドラゴンはどうなった?」
びくびくと話し掛けてくる住民にユアは丁寧に「倒しました」と答える。と、その者から安堵の息が漏れた(ちなみに手の中の小さなドラゴンは普通の人には見えないように魔法で隠している)。
「おいおい、あのドラゴンを倒したのか!?」
一人。
「嘘だろ。す、すげえ……」
また一人。隠れていたのかゾロゾロと姿を見せて沸き立った。ああ、もう騒がしいですね。
「俺は今歴史的な場面に直面してるような気がする」
「ああ、だな」
「ドラゴンはSランクの魔物だよな。確か封印指定の不死。不死を殺すってどういうことだよ」
「いや、そもそも死んだ時点で不死ではないってことだろ」
「まあ、それもそうか。でもよ、今まで不死だと思われてたってことは逆を言えば今まで倒すことができなかったってことなんじゃ」
「待てよ。じゃ、それを倒したあいつらって何者だよ」
「さあな」
そうして周りが勝手に盛り上がり、私達の元に感謝の言葉を次々に告げていく。有難いけど、全て後回しにして今は放っておいてくれませんか。魔力が切れて本当に辛いのです。
「ヴィーナ様、大丈夫ですか?」
「がうっ?」
心配そうに私を見る二人(正確には一人と一匹)に、私は「大丈夫です」と答えた。
そして、私達は町民の歓迎の中を通り、自宅まで帰ってきた。
もうくたくただ。ああもう無理……。
私は家に入った瞬間、気が抜けて倒れてしまう。
「あの、こんなところで寝ては風邪をめしてしまいます」
ゆさゆさと私の体を揺らして、ユアの呼び掛ける声が聞こえる。でも、あまりに強制力のある微睡みのせいでユアの声は、私の意識の中に溶けてゆく。
「それに町長さんがーーーー」
ああ、そういえば……
この後お礼を言いたいということで町長に呼び出しを喰らっているのでしたね。だけど今は無理です。
なので少し休んでから行くことにしましょう。
だから……今は……
そのまま私は夢の中に落ちていった。