悪役令嬢、ドラゴンと戦う
二つの黒と白の光線に触れたドラゴンは、ようやくそのことに気が付いた。二人の少女が、自分に敵意を向けていることを。
気付き、その鋭い眼光を両側に向ける。尾の一振りで容易く死ぬような弱く儚い生き物が、何を血迷ったのか、攻撃を仕掛けてきた。それがドラゴンにとっては理解のできないことだった。
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「ーーー!」
つい耳を塞ぎたくなるような咆哮が上がる。この至近距離で浴びれば人の鼓膜などは耐え切れずに破れる。だから私は咄嗟に魔法を展開。生じた音波の全てを防ぐ。
危ないわね。
ただ吠えただけで人にダメージを与える魔物。あまりにも強すぎる。でも、今の咆哮は防げることが分かった。
私はドラゴンの巨体まで一気に近付き、超至近距離で再び光線の魔法を放つ。が、私の魔法は全てドラゴンの鱗に阻まれて、その内側まで通ることはない。
(硬いわね)
ドラゴンは羽虫を払うように私達に対して腕を振るうが、まだゆったりだ。どうやら本気になってはいないようで、今はその腕を回避することは容易い。
「ヴィーナ様! 全く魔法が通らないです」
「そうね。不死性に加えてあの強固な鱗……、あの魔物を倒して封印したのは本当に人間かしら」
「ですね」
攻撃の的にならないように飛び交いながらも私達は話す。
「なら次はこれで、どうかしら!」
私は六つの魔法陣を展開する。
魔法は構築陣を描いた方がその威力が上昇する為、光線の魔法の威力も今までのよりも遥かに上がる。
「拘束!」
私の考えを悟ったのか、私が魔法陣を展開した瞬間にユアは『拘束魔法』を発動する。大地から伸びた光の柱が、ドラゴンの首と腕に巻き付き、その動きを封じた。勿論、この程度では一瞬の足止め程度にしかならないことはユアも理解している。だけど、私の魔法陣の発動までの刹那の時間稼ぎにはなった。
「喰らいなさい」
私は思い切り手を振り下ろす。と、私の背に展開する六つの魔法陣全ての中心から漆黒の光線が奔る。空を焼き、轟音を撒き散らし、威力が上がった私の光線魔法は、そのまま突き抜けるようにドラゴンを飲み込み、爆発した。
爆発した部分に朦々と黒煙が立ち上る。普通の魔物ならばこれで終わりだ。でも、目の前の魔物は普通とは程遠い。
「ユア、魔力の回復を怠らないようにね」
「分かってます」
この僅かな隙に魔力を回復しながら私は次の手を考える。そして、私の想像通り黒煙の中からドラゴンは這うように出てきた。
今ので倒せるとは思ってはいない。でも、流石にこれは……。
「今のを喰らって無傷だなんて……、鱗の一つでも剥がれてるのを期待したのだけど」
「……本当。ここまで硬いなんて反則ですね」
「まあ、そうね。でも、とにかくやるわよ」
「はい!」
そうして私とユアはドラゴンの元まで飛び、また魔法を展開しては攻撃を繰り続けた。それをしばらく続けているとドラゴンは徐々に苛立ってきたのか、その腕の振りが、尾の振りが本格的なものになってきた。
速くて掠っただけでも致命傷の攻撃。
「ーーっ!!」
何とか防御魔法で凌ぎつつも炎弾を放つ。が、もはや攻撃の隙間を縫って展開するだけで精一杯。段々と当てること自体も難しくなってきた。
一手でも選択肢を誤れば即死間違いない。
(まだ、なの?)
私は視線を一瞬だけ下方に向ける。が、全く避難が終わっていない。
(まだ、みたいね)
とにかく防御。また、防御。腕も尾も牙も突進も。防壁で迎え撃つのではなく受け流すように私は攻撃を凌ぐ。それはユアも同じようだ。
ドラゴンの攻撃を正面から受けてはいけない。それが何度かドラゴンの攻撃を見て、良く分かった。
(でも、まずいわね。このままじゃ……)
どうすればいい。どうすれば時間を稼げる。
私は考える。と、その時だ。その思考の一瞬、私は反応が遅れた。
だが、今この場ではその一瞬が命取りだということに、私はドラゴンの尾が眼前まで迫ってるこの瞬間に思い出す。
私は反射的に防壁を展開する。が、その防壁を容易く打ち砕いたドラゴンの尾は、私の全身を叩き付けたーーかのように思えた。
「ヴィーナ様、大丈夫?」
だけど現実はそうはなっていない。私は気付いた時には、ユアの隣に立っていた。
あ、ぶない……。
本当に死ぬかと思った。いや、死んだと思った。
「……ユア、ありがとう。助かったわ」
「いえ、ヴィーナ様を助けられてよかったです」
ほっと息を吐くユアの頭を私は撫でる。また助けられた。これで二度目だ。
すると、ゆらりとドラゴンの眼光が私達の元に向いた。ゾッとするほどに恐ろしく冷たい眼である。
何かしてくる。そう思った直後、ドラゴンの口が轟々と赤く煌めいた。
「なっ!!」
ブレスの前兆。
(あれはまずいーー!)
私はユアの腰を抱え、「ひゃん……」という声を無視して一気に加速。その場から全力で離脱する。
別に逃げるわけではない。ただ、あれを受けるわけにはいかない。ただ、それだけで反射的に動いていた。
「ーーーーーーーーーー!!!!」
そして、次の瞬間。ドラゴンの口から"それ"は放たれた。
轟々と大地に響かせて突き進む"それ"は、山一つを丸ごと消し飛ばし、夜天を貫き、遥か遠くの空で大爆発を起こした。
規格外の威力だ。吐き出されたブレスは、もはや小さな太陽のようだ。
「嘘、でしょう」
消し飛んだ山を見て絶句する私の腕の中にいるユアも、その光景に苦笑を漏らす。
「……ヴィーナ様、ありがとうございます。今のは流石に防壁の魔法じゃ無理でした。絶対に消し炭になっていた」
「……そう、ね。本当に」
引き攣った笑顔が戻らないまま私達はドラゴンに向き直る。
「そう思うわ」
そうして私はドラゴンに立ち向かう。と、その時だ。私達の背後。タクラスの街の中心で光が奔り、天に打ち上げられたのは。
「!」
それは避難完了の合図だった。
やっと終わったようね……。
「……ユア、撤退よ」
「了解です」
それだけ言葉を交わすと、私達はドラゴンに立ち向かうーーフリをしつつも別々の方向に逃げる。と、私達の意図に気が付いたのかドラゴンは私の方を追い掛けてきた。
……よかった。ユアの方に行かずこっちに来てくれて。
ドラゴンから逃げながらも私は、後方に魔法を放ち続ける。
黒い光線を、炎の槍を、紫電の一閃をーーとにかく闇雲に撃ち続ける。が、やはり鱗に阻まれて全て無力化された。
(巨体の割に速いわね。これ逃げ切れるかしら)
ジグザグに逃げるも、まるで戦闘機のように器用に方向転換し、直ぐに追い縋ってくる。
(ああ、これは無理ね。逃げ切れそうにないわ)
私は止まり、飛行魔法を解除して、木の上に降りる。と、ドラゴンもまたその場に止まった。
仕方ない。こうなった以上はもう。
私は魔力を深く練り込む。残りが少ない。このままでは魔力も切れる。
(ユアはどうなったのかしら)
別方向に逃げたユアのことを思いながら私は魔法を展開。幾つもの魔法陣が生まれ、ドラゴンに向く。ドラゴンは悠々と飛翔し、「グルル」と喉を鳴らす。ドラゴンの口先に置かれた晩餐のような気分だ。
(きちんと遠くまで逃げたのならいいけど)
だからといって悲嘆に暮れるわけでもなく、私は「くすっ」と無理にでも笑って見せる。一つだけ勝てる可能性を思い付いた。だから私は諦めずに立ち向かうことに決めた。逃げ切れないのならばそれを試して、堂々と生きて帰るだけだ。
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ユアは戻るかどうかを考えていた。
自分の飛んだ先とは真逆の方向。逃げるヴィーナの方をドラゴンが追い掛けていった。
想像以上の速度だった。本当に一人で逃げ切れるのか。それが心配で、ユアは考えていた。
(……ヴィーナ様)
きゅっと胸が締め付けられた。
もしもヴィーナに何かあったら……
そう思うだけで胸が苦しくなり、鼓動もいっそう早くなる。
幼い日の恩人で、ユアにとっては自分の家族や身分なんかよりも遥かに大切だった愛しい存在のヴィーナ。
それを喪うことは彼女にとっては死ぬよりも辛いことだ。
(……戻ろう)
ユアは決断する。そうして来た道を引き返す。
ヴィーナに編み込まれた髪型が風圧に崩れ、ばさっと解けた。
(せめて)
ヴィーナの魔力の残滓を拾い、その方向に向かって飛ぶ。心配からか無意識に加速もしていき、そのまま一直線に突き進む。ヴィーナの魔力の反応が移動しないで止まってることから察するにユアの思った通り。ドラゴンに追い詰められているのだろう。
(一緒に居たい)
ユアは空を奔り、ヴィーナの元を目指す。