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悪役令嬢、百合に目覚める  作者: クロロフィル
第一章ー悪役令嬢、お姫様と暮らすー
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婚約破棄

 ヴィーナ・リリファルは困惑していた。

 どうしてこうなってるのでしょうか。

 クレアチオ魔法学園の大広間に、急に呼び出された彼女は、多くの生徒達に囲まれ、非難の声を一身に受け、そのせいか動揺し、上手く働かない頭で自体の発端を考えてみる。

 ーーが、やはり思い至らない。



 何故、今こんなことになっているのか。その理由が分からない。彼女にはこんな自体に陥るような後ろめたい覚えはなかった。


 そんな彼女の内心を読み取ったのか、


「まだ分からないか。醜い女め」


 この場の中心人物でもある男が、忌々しげに吐き捨てる。その男のことをヴィーナは知っている。猫のように柔らかな金髪を踊らせ、悠然と歩くその男の名はアーナイト・ラファリス。


 このラファリス王国の第二王子であり、またヴィーナの婚約者でもある。


「アーナイト様、分かりかねます。これは本当にどのようなおつもりで? 私を晒し者にして、それで貴方に何の得があるというのですか」

「得、か。ふん、確かにお前らしい言い草だな。自らの得のためならば他者を蹴落とす。貴族にあるまじき浅ましさだ」

「……それは侮辱ですか。いくら王族といえど今の発言は聞き捨てなりません。訂正を求めますわ」

「事実だろう。なあ、ミナ。この女は己の得の為にお前を虐げた。そうだろう」


 アーナイトは言うと、その背から一人の少女ーーミナ・ユキシロが姿を見せた。黒髪黒目の女の子だ。とりわけ美少女というわけではないけど、そこはかとない魅力がその内面より滲み出ていた。


「はい、アーナイト様。私は確かに彼女に……、いいえ、彼女の命令を受けた子達に酷い嫌がらせを受けました」


 突然の告白にヴィーナは首を傾げる。当然、覚えはない。

 また彼女に嫌がらせをするだけの理由もない。そもそも他の貴族の子達のことは知らないけど、ヴィーナは別に彼女のことを嫌っているわけではない。


 むしろ、平民の出自にも関わらずこのクレアチオ魔法学園に特待生として入学し、また入学当初の模擬戦で自分と互角に渡り合い、さらに一年以上も学園次席の成績にその身を収め続けた彼女のことをヴィーナは高く評価していた。


 そんな彼女に嫌がらせなどするはずがない。


「何かの間違いでは?」

「いいえ、間違いなんかではありません。彼女達に聞きました」


 ミナの背からゾロゾロと見知らぬ少女達が出てきた。


「誰でしょう。知らない方々ですね」


 それは真実。全く以て記憶にない。同い年なのか、それとも先輩なのか、または後輩なのかすらも分からない。その言葉に、ヴィーナに濡れ衣を着せようとしている彼女達は一斉に喚き散らす。


「ふ、ふざけるんじゃないわよ。私達はあんたの命令で!」

「そうよ、見捨てるつもり!?」

「酷いわ。あんただけ逃げようだなんて許さないわ」


 ヴィーナは肩を竦める。知らないものは知らない。突然そんなことを言われても反応に困る。


「どうだ、これでもまだ認めないか?」


 認めるも認めないも、そんな事実はない。そう答えるとアーナイトの傍らに控えていた少年が一歩、前に出て、


「お前もリリファル家の人間ならば、せめて往生際は良くしろ。これ以上の足掻きはリリファル家の恥だ。弁えろ」


 そう吐き捨てたのは、ヴィーナの弟のグレン・リリファル。リリファル家特有の黒髪赤目を魅せる、色気のある長身の男だ。


「どうせ王子と仲良くしていた彼女を排除しようとしたんだろう」


 ああ、そういうことか。何となく全体像が見えてきた。

 つまり彼らの言い分はこうだ。

 ヴィーナが自分の婚約者である第二王子アーナイトに近付く女を排除するために嫌がらせをした。こういうことだろう。

 ……馬鹿馬鹿しい。


 そんなことをして何になるというのか。

 家名に泥を塗り、親兄弟に迷惑をかけ、そうなることが分かってるのに、そんな愚行をしでかすようなろくでなしだと実の弟に思われている。


 いや、それは弟だけではなく、あの婚約者様にも。そして、この場に居るその為大勢の者達の同級生にも。

 それが少し悲しかった。


「……そう、ですか。私は何もしていないのですが」


 ヴィーナは弁明するも、「ふん」とアーナイトに鼻で笑われた。


「白々しい。お前がやったというのは、分かっている。その証言は出ているんだよ」


 証言、ね。ああ、私の婚約者様は少し頭が悪いのかしら。

 ヴィーナは呆れ、苦笑する。

 確たる証拠もなく証言だけで罪を決め付けるのは、思考停止の愚か者のする事だろう。


 ここまで彼が蒙昧だとは思わなかった。

 今までヴィーナと彼の間に恋愛感情はなかった。元々、互いが互いを利用する為だけに結ばれた婚約だったから愛情というものは一切なく、当然それは今後も変わらないだろうと踏んでいた。



 彼がヴィーナを利用するように、ヴィーナもまた彼の地位を利用する為に婚約をしただけだ。

 アーナイトのことを一人の男と思ったことは一度も無く、それは恐らく彼も同じこと。


 だけど、それは彼女達のような上流階級の人間には当然のことだ。むしろ、恋愛で結ばれるなどは幻想にも等しい。それなのにアーナイトは折角の利害関係を無視して、このような場を作り出した。本当に愚かな行為だ。



 とはいえ、もはや現状打破は難題。

 このまま言い返したところで結局は水掛け論だ。そして水掛け論になった場合、正しいのは常に多数派になる。

 それを覆すには、やってないという証拠を呈示する必要がある。悪魔の証明というものだ。今の時点ではとても難しい。


(どうやって乗り切りましょうか。いえ、もはや乗り切る必要もないかもしれませんね。どの道、このような大衆の面前で私有責の婚約破棄を言い渡された以上、待ってるのは転落人生でしょうね)



 ヴィーナは嘆息する。今まで本当に家の為だけに務めてきた。

 でも、たとえ無実だとしてもリリファル家はこのような問題を起こしたヴィーナを切り捨てることは間違いない。他への示しが付かないからだ。


「私がやったという確証は?」


 そのヴィーナの言い分に対して、アーナイトは「証言が出てる。それが紛れも無い事実だ」などと言い放つ。

 確証のない証言が証拠などとは……。

 いずれバレる嘘だということが分からないのかしら。

 ヴィーナは心底呆れる。


 それにしてもこれを仕組んだのは、誰かしらね。大方の察しは付くけれど。

 と、ヴィーナはミナに視線を向けると「ひっ」と短い悲鳴がもれた。

 酷いわ、目を合わせただけでそのように怯えるなんて……。

 ヴィーナは軽いショックを受けながらも苦笑すると、いきなり頬に鈍い痛みが走る。


「っ!」


 え……?

 最初、何されたか分からなかった。でも直ぐに理解した。

 殴られた。

 それも思い切り振り下ろすように。

 ヴィーナはアーナイトに殴り飛ばされた。


「……」


 全く理解が追い付かない。まさか殴られるとは思わなかった。無実の罪を着せられて、大衆の面前で晒し者にされた挙句のこの仕打ちだ。ヴィーナは倒れたまま呆然と身を倒し、殴られた頬に触れる。ジンジンと痛む。


「…………」


 また流石にその暴力は想像外だったのだろう。ミナも、グレンも、他の者達も一斉に驚き、目を見開いていた。

 痛い。すっごく痛い。

 今までこんな風に男の人に殴られたことがない。父にも兄にも、弟にすら殴られた経験はない。


「もう二度と俺の前に姿を晒すなよ」


 その吐き捨てるような言葉が頭に入ってこない。じんじんと痛み続ける頬を抑え、ヴィーナは放心する。

 どうしてこんな目に。

 私が一体何をしたというのか。

 何もしてない。私は本当に何もしてない。それを言ったところで目の前のこの男は、きっと聞き入れることはない。



 ヴィーナは頬を抑えて固まっていると、第二王子は腰の剣を引き抜いた。ああ、そうか。この男はこの場で私を断罪するつもりのようね。

 周りは誰も止めない。いや、それどころか何人かからは期待するかのような視線が込められていた。ここで私は死ぬのだろう、とヴィーナは半ば諦めた風に思う。


「この愚か者め。罪を償え」


 第二王子は言う。と、その時。ヴィーナの死を望む者らの中に一つ。


「何をしているんですか」


 という声が響き渡った。

 幼くもどこか力強さを孕んだ女の子の声だ。

 ヴィーナはその声が誰なのかを知っていた。いや、ヴィーナだけではない。恐らく全員知っている。


「ユアか。今は邪魔をするな」

「……邪魔?」


 少女の声の端々に怒気が込もる。


「私は今、答えを求めているだけですよ。あなたは今何をしているんですか」


 言いながらも大衆の中から姿を晒したのは、やはり少女だった。白銀の長い髪を靡かせて、無人の野を往くかのように歩を進める小柄な女の子。

 この少女の名は、ユア・ラファリス。

 アーナイトの妹にして、このラファリス王国の第三王位継承者。要はこの国のお姫様である。


 またか。今度は何?

 もしや兄の為に私を罵倒でもしにきたのかしら。

 ヴィーナはヤケになり、思わず自嘲する。が、次に聞こえたのは予想外の言葉だった。


「聞こえませんか、お兄様? ヴィーナ様に何をしているんですか」


 え? どういうことでしょうか。

 彼女は……ユアは、アーナイトの妹だ。



 そのユアが何故かヴィーナを庇うようにして立ち、アーナイトを睨み付ける。

 あまりにも目まぐるしく変わる状況の変化にヴィーナはついていけずにいた。


「ユアもう一度言う。邪魔をするな」

「……邪魔? ふざけないでください」


 声に怒りが滾る。あまりの激情。こんなユアの声は初めて聞いた。



 ヴィーナの中のユアは天真爛漫で、少し控えめな女の子だった。

 それがここまで激情に揺れるなんて。

 もしかして私の為……?

 そう思うが直ぐに否定する。

 いやいや、そんなわけないか。

 恐らく一人の淑女として、女性に手を上げるアーナイトの行為そのものが許せなかったのだろう。


「……ユア。お前は騙されてるんだ。そこの醜い女に……、いい加減目を覚ませ」

「ーーそれ以上言えば容赦はしません。」


 ぴしっと空気が凍る。ゾッとする程の異質な気配が、ユアから噴き出した。これは魔力の波動だ。

 白く淀んだ色。複雑怪奇な気配を放ち、空気を歪ませるその力をユアは無意識に溢れさせていた。

 いけない。このままではユアの魔力が暴走する。


「ユア様、いけません!」


 ヴィーナは咄嗟に制止の声をかけるが、愚かな婚約者アーナイトは彼女の声を掻き消すように


「事実だろう。そもそも何故そこまでその女を庇うんだ」


 言い、それにつられるように周りの連中も笑う。

 本当に愚かな男だ。ユアの魔力が暴走すればどうなるか、分からないのだろうか。

 早く何とかしなければ……。

 そう思い立ち、ヴィーナはユアの細い腰に抱き着いた。


「おやめなさい! それ以上はーー」


 つい昔馴染みだからか語気を荒らげてしまうが、直ぐに「しまった」と思い至り、


「あ、申し訳ーー」


 ありません、と謝罪しようとする。

 相手は自分よりも格式の高い王族だ。

 ただでさえ、このような状況に陥ってお先が真っ暗なのに、これ以上は事を荒げたくない。

 ヴィーナはユアの腰から手を離す。

 と、ユアの腰が砕け、ぺたりとその場にへたれこむ。

 「ふにゃー」などと可愛らしい声がユアの口から漏れた。


「ヴィーナ様に触れられてしまいました……」


 顔を真っ赤にしながらも身悶えるユア。あー、そうですか。触れられるのも嫌ということですか。

 そうヴィーナは解釈する。

 気付いた時には魔力の暴走も治まっていた。


「ユア、お前この兄に歯向かうというのか。それが何を意味するのか、分からぬほどに愚かではあるまい」


 アーナイトは言う。確かに彼は、兄のユーベルトを差し置いて今最も次期国王に近い御人だ。が、しかし、それをユアは鼻で笑う。


「本当にお兄様はどうしようもないですね。まだ自分の無能さが分からないとは。もしや本当に己の力だけで、ユー兄様を出し抜くことができたとお思いですか」


 ユー兄様というのは、ユーベルト第一王子のこと。第二王子であるアーナイトにとっては最も邪魔な存在だったが、今は王位争奪争いからは身を引いている。かつてアーナイトにハメられて家臣や国民からの信頼をほぼ無くしたからだ。


「どういう意味だ」

「分からないなら答える必要はないですね。どうせお兄様だけでは、次にユー兄様が仕掛けてきた時にはどうすることもできなくなるでしょう」


 ぐいっとユアはヴィーナの手を引き、出口へと歩き出す。


「ヴィーナ様、行きましょう」

「えっ、あの」


 待て話はまだ、と後ろからアーナイトたちの声が飛んでくるもののそれを無視して、二人は歩き、その場を後にする。

 というか半ば強引に私はユアに連れていかれた。

 これからどうなるのだろうか。

 その不安を抱いたまま二人は彼らの前から去った。





 

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