幼女ラミアは満腹になりたいっ!べつばら!~愛情と涙のおかゆ~
瞳設定は独自のものです。
紳士におすすめ!
その目覚めはあまり気持ちの良い物ではなかった。全身がゆだるような暑さから逃れるように冷えた空気を求め……顔を少し上げたところで……目覚める。
目に飛び込むのは薄暗い部屋の天井。そうして自分が寝ていることに気が付いた。体を持ち上げようとして驚いた。全身が、ひどくだるい。ベッドに沈み込むと体の中から息だけでなく、やる気まで抜け出していくようなだるさ……風邪……だろうか。
(ああ、そうだ……この前俺は……)
こうなっている状況を思い出そうとした時、耳にか細い声が届く。その声を聴いてようやく、部屋にいるはずの……いてほしいと思う相手の存在を思い出した。ラミアの少女、ミアのことを。
「グスッ……あぅっ……」
彼女は、泣いていた。かろうじて顔を横に動かすと見えてきたのは部屋の隅で簡易コンロの前に座り込むミアの背中だった。コンロで燃えてしまわないようにか、後ろに縛った髪は出会った時よりかなり伸びた。今では背中にかかるほどの長さだ。そこからちらちらと見える背中は今はいつものような元気が感じられない。
泣き声の合間に聞こえるのは何かを煮たてている音だろうか? 食べることは大丈夫でも、熱いのに強くないはずのミアが何を作っているというのか。火傷でもしたら大変である。
「ミ……ア」
自分が思ってる以上に乾燥し、声が出なかった。かすれるようなわずかな声……だというのに、ミアはじかれたように俺に振り返る。その目に、多くの滴をためて。こちらを見て固まったままのミアに見せつけるように、気合を入れて上半身を持ち上げた。やはり、だるい。
「アルス……よがったぁぁあ"あ"!」
大よそ、乙女には相応しくない泣き声のまま飛び込んでくるミア。子供といっても遠慮なしに飛び込まれては正直勢いが結構な物だが男としては我慢するとこだ。器用に尻尾のようになった下半身を使って飛び上がったミアを受け止め、あおむけのまま倒れ込む。
そのまま胸元で泣きじゃくるミアを撫でようとして……自分の腕の具合に気が付いた。そうだ、俺はあの時コイツをかばって両手に怪我をしたのだ。確か部屋までは戻ってきた記憶があるから、自分で何とかしたのだろう。包帯がきっちり巻かれている手は今さらながらに痛み始めた。
「ミア、動けない」
「あっ、ご、ごめんなさい! 痛い?」
こちらを泣き顔で伺う彼女の頭を、痛みを外に出さずに頑張って撫でる。包帯越しでもわかるサラサラとした髪の感触が一時でも痛みを忘れさせてくれるような気がした。彼女を、泣かせたくはなかったのだが……絶対にというのはやはり、無理なのだろうな。
「なんとかな。それより、ミアには怪我はないか? 碌に確認もできずに帰って来たからな」
ほっと安心した様子のミアを見る限りは怪我はない。どちらかというと彼女をかばった俺の方が重傷だ。つい先日、街道沿いで遭遇した怪物たちとの戦いで、俺はミアをかばい両手に攻撃を受けたのだ。相手の腕が悪かったのか、日ごろ備えていたためか怪我だけで済んだがその後がまずかった。ミアは半ば暴走し怪物を殺戮、そんな彼女を落ち着かせようとしたところでの大雨だ。
雨で彼女の興奮は収まったが、俺は怪我と雨に濡れたことで街にたどり着いたころにはかなり疲弊していた。結果として、今の状況となってしまったのだろう。
「私は、大丈夫。アルスが守ってくれたもの」
「そうか。なら、いいさ。それよりこの匂いはなんだ?」
「あっ、そうだったわ! 宿のおばさんにね、教わったの! お米っていうのを使ったおかゆ!」
落ち着いてきたら鼻に届く匂いが気になった。匂いの素はさっきまでミアが見ていたコンロのようだけれども……。滑るように移動し、そういってミアが運んできた小鍋からは湯気が立ち上り、その温かさがここからでも伝わってくる。
お米、か。確かこの地方みたいな湿地帯にあるという……まあ、それはいい。不思議な匂いの食べ物だな。
「食べられそう?」
「たぶんな。手が使えないのが問題だが……ミア」
正直、気恥ずかしくはある。けれどもここで手か使えないからいらないなんて言える状況でもないし、そうなればミアの方から自分がと言い出すだろう。そうなる前に、自分で言いだしておいた方が恥ずかしさは少ない、そう思った。
「う、うん。じゃあ……あーん」
この歳になってこんな介護を受けるとは思いもしなかった。ましてや相手は腰ほどの背丈の少女なのだ。よく見れば、やはり暑かったのかミアは薄着だ。ほとんど肌着1枚のその姿は少女とその先の中間にあるような妙な魅力をまとっているように見える。しっとりと汗ばんでいるからかもしれない。それに、おかゆの匂いであろう中にたまに混じるこの匂いは……。
「アルス?」
「おっと。ミアはさっきまで泣いてたろ? しょっぱくないかなって気になってさ」
言ってから誤魔化すように顔を少し動かしてスプーンの中身を頬張る。時間が空いたためかわずかに冷えたそれはちょうどよい熱さで、俺が慌てるようなこともなかった。ただ……やはり、味が問題だった。
「美味いがちょっと塩気が強いかもしれない。どれぐらい入れた?」
「え? あ……ほんとだ、しょっぱい。教わった通りだったんだけどなあ。グスッ、ごめんね。私、ご飯も作れなくて」
器を置いて泣き始めるミアを、俺は痛む両手を使ってしっかりと抱き寄せた。飛び込んできた時とは違う、ふわりとした感触と、やはり鼻に届く匂い……風邪で少し馬鹿になっている気のする今でもわかるほどの匂いだ。
「あっ……え?」
「俺の方こそ悪かったよ。しょっぱくなるぐらい、泣いてくれたんだろう? それで頑張ってくれた。お礼を言うべきだよな」
本当に、その通りだった。少し考えればわかることだというのに、俺はダメな奴だ。小柄で魅力的で、世界に1人しかいないような可愛らしい幼ラミアの彼女が俺のためだけに作ってくれた貴重なおかゆにダメ出しをするなんて俺はなんて罪な……ちょっとまて。
俺はなんでこんなにミアを褒めたり気にして……いやいや、当然だろう? だってミアはこんなに可愛くて今だからこその魅力あふれた少女じゃないか。大人になったら味わえない背徳的な感じがっ。
「? アルス、顔が赤いよ? どうしたの?」
「な、なんでもない。それよりミアはお腹空いてないのか? 俺はたくさんは食べられないだろうから残りはミアが食べるといい」
わずかにミアが離れたことで妙な思考は収まってきたような気がする。どういうことだろうか? 確かにミアは可愛いとは思うけれど、こんな魅了されきったような……魅了?
(思い出したっ! ラミアの涙は……!)
ラミアの瞳は魔法の触媒、それは有名な話だ。だからこそ魔眼なんて呼ばれるときもあるけれどその瞳そのものはあくまで魔法を使う時の杖代わりでしかない。けれど、全く無関係という訳でもなく、常に魔力の流れる瞳はそれ自体が専用の道具のような物。それはつまり瞳に関係する物は魔法の力を帯びていても不思議ではない。そう、瞳から流れ落ちるラミアの涙は、自然の魔法薬なのだ。そして、ラミアの魔法と言えば……。
「ミア、待った!」
「え? お代わりいる?」
時すでに遅し。ミアは結構な量をもぐもぐと食べているところだった。ごくんと鳴る喉がひどく遅く感じられた。ラミアの魔法は……ラミア自身には効くんだっただろうか?
その答えは、器を置き、ゆらりとした仕草で俺を見つめ、頬を赤くしているミアが示していた。口は半開きで、息も荒くなっているように見える。これはむしろ、俺以上に効いている!? マズイ、そう思った時には遅かった。
「あはっ、アルスぅ。今日は酔っぱらってないからいいよねぇ?」
「良いも悪いもあるかっ! 自分で魅了にかかるラミアがどこにいるっ!?」
言いながら、ここにいるんだよなあ等という妙に冷静な自分がささやいてくるのを感じた。逃げようとするもだるさの残る体は思うように動かず、結果としてミアの再突撃を防げなかった。毛布が剥ぎ取られ、寒さを感じたところに重なる小さな体。伝わる熱に、思わず力が抜けてしまった。
小柄なミアの体では足りない部分の冷たさと、触れている部分の熱とが否応にも相手の存在を感じさせる。
「私、なんでこんなにアルスが魅力的なのに気が付かなかったんだろー」
「落ち着け、ミア。俺が不細工だとは言うつもりもないが、いつもと違う、ムグッ」
あっさりと、ひどくあっさりと俺の口は塞がれた。近づいたことでまた魅了の効力が強まったのか抵抗できないというより、もっと接したい、そんな動きをしている自分がいた。結果としてミアの小さな顔が目の前に広がっている。そして、小さな舌先が俺の口内へと侵入し、温かいどろりとした物が流れ込んでくる。いつの間にか俺の横に置いてあった器から残りのおかゆを口に含んでいたようだ。
「アルス、お見舞いだよ。おいしい? おいしいよね?」
「こんなお見舞いがあってたまるかっ!」
俺の叫びはむなしく響き、俺とミアの世間体を賭けた死闘はしばらく続いた。下半身はミアに巻き付かれ、逃げるに逃げられない状況での攻防は怪物と戦うよりも妙に疲れた気がする。
愛情は時に、相手に重く、そしてしょっぱく……のしかかる。
安心のR15オチだよ!