⑴旅のはじまり
その物語はイージスという国のランダンという街から始まります。
ランダンという街は、イージスの中では首都に次いで二番目に栄えている街であり、冬になると雪が降る寒冷な場所です。
ランダンの街の建物は、ほとんどがレンガで建てられていて見栄えが大変綺麗でした。
ですから、たくさんの観光客の方々が《レンガの街ランダン》を一目見ようと連日押し寄せてくるわけなのですがランダンには何せ駅が一つしかないので駅にはそれはそれはもう入りきらないほどの人が、出たり入ったりとせわしない動きを見せているのでした。
ランダンに一つしかないその駅の名前は《フォックスコート駅》といいます。
近年は観光客と元々ランダンに住んでいる人たちの双方が利用するようになり大変駅は混雑するようになってしまいました。
そのためランダンに住むたくさんの人々が駅をもう一つ建てることをランダンの市長さんに求めるようになりました。
ランダンの市長さんもその要望を受けて、解決策として《フォックスコート駅》の隣にもう一つ駅を建てることを決めたのが五年前の出来事になります。
そして五年の月日が経って、ようやく街のみなさんが待ちに待ったもうひとつの駅《アナザーコート駅》が完成したのです。
駅が二つになったことにより、ランダンに住んでいる人たちはよりスムーズに通勤や通学を行えるようになりました。
観光客の方々は、後からできた《アナザーコート駅》のほうを利用するように誘導され、《フォスターコート駅》は元々住んでた人たち用、《アナザーコート駅》は観光にきて人たち用と次第に区別されていきました。
ある雪の降る朝のことです。
《フォスターコート駅》はいつも通り通勤や通学をする人たちでいっぱいでした。
五年前に比べるとその狭苦しさは随分ましにはなりましたが、それでも朝は利用する人がとても多いので駅構内は大変賑やかです。
通勤をする会社員の人たちはみな、ロングコートを着て首にマフラーを幾重にもぐるぐると巻いてとても寒そうにしていました。
通学をする子供たちもみな、寒さのために厚手のセーターや耳あて、手袋も忘れずにちゃんとはめていました。
この日はその年の中でも特に寒い日でしたから、みな両手を擦り合わせたり、両手で両腕をさすって少しでもぬくもろうとしていたのでした。
駅構内にある小さな商店に置いてあった新聞の見出しにはでかでかと『極寒の地ランダン、最低気温を更新。』などと書かれており、その寒さを伝えるものばかりでした。
その小さな商店の前を駆け足で通り過ぎていく少女が一人。
その少女はブロンドの髪色をしていて髪型はショートボブ、身長は130センチ程度でしょうか。
学校に行くのでしょう、えんじ色の制服を着ています。ちゃんと帽子も被っていて、彼女の小さな背中にしてはとても大きなリュックを背負っていました。
リュックの中から、時折ひょこっと何かが顔を出してキョロキョロと周りを見回したりまたすぐに隠れたりしていましたが少女を含め誰もそのことには気付いていませんでした。
彼女の名前は《ヘーゼル》といいますが、彼女もまた他の子供たちと同じように学校へ向かう途中でした。
いつもはもう機関車に乗っている時間なのですが、この日は特に寒くて寝坊してしまったのです。
(みなさんも朝、寒いと布団から出られないことがありましょう。)
ヘーゼルは優等生なので、これまでに寝坊なんてしたことがありませんでしたがこの日はどうしてか不思議なことに起きることができなかったのです。
ヘーゼルは、人混みの中をかき分けて機関車に乗る人の長い列の最後尾にたどり着きました。
とてもそわそわした様子ですが、それも無理はありません。
例え、機関車が来たとしてもこの列の長さでは次の機関車に乗れず、その次の機関車に乗ることになるだろうと推測ができましたから。
次の次の機関車に乗って学校へ行くとなると、大幅な遅刻になってしまいます。
ヘーゼルがどうにかならないか、必死に考えていたその時、機関車が到着しました。
キューーーーーッと機関車はブレーキの音を鳴らしてゆっくりと停止し、ヘーゼルの並んでいる列の最前列のちょうどぴったりのところに乗り口の位置が止まりました。
その機関車は7両編成だったのですが、ヘーゼルが並んでいた列は最後尾7両目の乗り口の列でした。
『なんとかギリギリ乗れないかしら。』
ヘーゼルは、そう言って背伸びをして列の横から顔を出してどんな具合に人が乗っているか確認しました。
しかし、不思議なことに列の前の方にいる人たちがいつまで経っても誰も機関車に乗りません。
ヘーゼルはとても不思議に思いました。
この時間帯、《フォックスコート駅》も《アナザーコート駅》もレベルポール行きの機関車しかないはずですから、例外もなくこの機関車もレベルポール行きのはずです。
ヘーゼルには、誰もその機関車に乗ろうとしないというよりその機関車が来たことに誰も気付いてないような風に思えました。
機関車が来たことに対して反応が全くないのです。
『早く機関車が来ねえかな。』
『遅いなぁ、遅れてんのかな。』
そんな声もちらほらとヘーゼルの耳には聞こえてきました。
(その機関車は別にどこも変わった風ではなくいつもと同じの普通の機関車でした。)
ヘーゼルはと言いますと、周りに流されずに自分の意見を最後まで貫き通すことのできるとても勇敢な、言い換えると少し強引な性格の持ち主でした。
彼女には父も母もいませんが、唯一の家族である祖母がしっかりした女性になるように日頃から言い聞かせて育ててくれていましたからそのようにはっきりとした性格になったのでしょう。
(両親がいない理由はまた、後ほど語ることになるでしょう。)
列に並んでいる人が誰も機関車に乗らないことなんて、ヘーゼルは気になりません。
何より、一刻も早く学校に着きたい気持ちが彼女を突き動かしました。
『すみません!皆さん誰もお乗りになられないのでしたら私、乗ってもよろしいでしょうか?』
ヘーゼルは、大きな声で並んでいる人に言いましたが誰もその問いかけに反応する者はいませんでした。
『誰もいらっしゃらないようなので私、乗りますわ!』
上品な話し方でそう言って乗り口まで駆け足で駆け寄りました。
(ヘーゼルの通っている学校は、お嬢様学校と呼ばれているような上品な学校でしたので礼儀とか話し方は去年入学した時に嫌になるほど随分と厳しくしつけられたのでした。ですから、入学して一年が経った今はそれから比べてとても上品な話し方になったのです。)
乗り口の前まで来てから、もう一度振り返って最前列の人をじっと見つめましたが最前列に並んでいる男性はあくびをしてこれといって特に反応しませんでした。
それを見てヘーゼルは、黙って機関車に乗りこみました。
一瞬、順番抜かしをしたことを並んでいる人たちにどやされるかと思いましたがやはり何故かみな機関車の存在自体に気付いてないような素振りなのです。
機関車は、ヘーゼルが乗りこんでからすぐ発車のベルを鳴らしました。
その機関車の様子はまるで、ヘーゼルを待っていたかのようでした。
ゆっくりと、ヘーゼルを乗せた機関車は動き出すのでした。