1-4 男のつきあい?
休み時間になると忠志に呼び出された。彼の取り巻き二人がなにやら緊張した面持ちでついてきた。
「ちょっと見張ってろ」
忠志に言われて、取り巻きの一人がうなずくとトイレの入り口で見張りを始める。
「お前も吸えよ」
煙草をくわえた忠志が俺に箱を投げつける。
「俺は、いいよ、やっとことないし」
「やったことないは関係ねえだろ。いまからやればいいじゃねえか」
そう言うと、彼は慣れた手つきで火をつけた。
「最初は酷えもんだけど。慣れるといいもんだ。頭がくら~ってしやがる」
「それ、大丈夫なのか? とりあえず、俺はやらない」
「そうか、じゃあ見張り代わってやってくれ」
「……なあ、それ、家帰ってからやればいいんじゃねえか?」
「ばかやろう。学校でやるのが楽しいんじゃねえか」
「……そうですか」
俺はあきらめて見張りを代わってやる。
トイレの入り口は扉があるわけではない。中が見えなくなる仕切りがあるだけで、当然、臭いが廊下に流れる。
しかも入り口に一人突っ立ってたら怪しまれるに決まっている。
「なあ早くしてくれ。だれか来そうだ」
そう言うとすぐに水が流れる音がした。煙草を流したのだろう。
「サンキュー、藤崎。お前さ、今日ひまか? 町いこうぜ」
忠志が俺の肩に手を回してくる。なにかお願いするときの、こいつの癖だ。
なぜこうも遊ぶことが好きなのだろうか。あきれるばかりで理解ができない。家で一人、ゆっくり動画巡りすることが至福の俺とは大違い。
「いや、今日は部活に行こうかな」
そう言うと忠志は顔を歪ませる。
「はあ? やめちまえよそんなもん。弱っちいお前にゃ向いてねえだろ」
まったくもって同感である。やめられるものならさっさとやめてしまいたい。
「いいから行こうぜ、お前にやってほしいことがあんだよ」
俺の肩にある手に力が入った。どうも逃がす気はないらしい。
嫌な予感しかしないのだが、こうなると断るのは面倒だ。どうせ部活にも行きたくないし、付き合ってやらないと後が怖い。
「わかった、いくよ」
「お、まじか、たのむわ」
忠志の手が俺の肩から離れ、開放感で心臓が楽になった。そこで、どうやら俺はかなり緊張していたことに気づく。
――情けねえ。
忠志の言うことは基本断れない。なぜ断れないのだろうか。
嫌われたくない――違う。こんなやつに嫌われたって別にかまわない。
孤立したくない――のだろうか。ハブられるのは嫌だ。以前、忠志たちに目をつけられたやつは今、学校にいない。苛烈な虐めに耐えられずに学校を辞めた。俺はそいつのことを、格好悪いと思うし、かわいそうだと思う。もし俺がそいつの立場になったとしたら、きっと周りの目に耐えられない。
いや違うな。それもあるけど――。
単純に、断る勇気がないのだ。
敵は作りたくない。平穏が一番だ。
忠志たちを敵に回すと平穏なんて塵芥も残らないだろう。学校を辞めたあいつみたいに、人生が狂ってしまう。
そう考えると、あいつらに「嫌われたくない」というのは間違いじゃない。
ああ、結局は家で一人、のんびり過ごすのが一番だ。
何度もたどり着いた真理にまたしても着地してしまった。どうやらこれ以外にないらしい。
どうやら、この世界はつまらないらしい。
まだ先の人生は長い。
ばかばかしい話だ。
こんな世界で、頑張る必要がどこにあるのか。
サボってラクしたもの勝ちではないか。
なんで苦労して耐える必要があるんだ。サボってラクすればいいじゃないか。
逃げたい。
面倒なことから。
すべてのことから逃げてラクになりたい。
「……」
俺の中の誰かが、ため息をついた気がした。