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英雄はサボれない  作者: 笠舞直哉
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1-3 学校に行きます

 何時に帰ってきたのかわからない母親を起こさないように、俺は静かに家を出た。

 今日こそ学校に行こうと決意してみたものの、心臓が痛いほど胸を打ち付けるものだから、結局一睡もしていない。

 学校は嫌いだ。

 制服に着替えるときなんか過呼吸を起こすくらいだ。部活前に胴着をきるときも一緒。

「……眠い」

 人生はラクしたもの勝ち。

 まさしくそうだろう。

 苦労して頑張って、さらに辛いことに挑んで何が楽しいのか。

 その場その場で楽しく生きろよ、みんな。

 嫌なことを全力でできる人間が不思議でしかたない。

 例えば勉強。テスト期間以外で勉強しているやつらの気がしれない。

 例えば部活。休みの日に個人練習とかがんばるやつはなんだ。

 委員会とか実行委員とか部長とかに手をあげるやつらはどういうことだ。

 さっぱり理解できない。

 人生ラクしたもの勝ち。

 同じ生きるなら、ぐーたらのんびり楽しく生きればいいのに。

 嫌なことを嫌だと思わないのだろうか彼らは。

 もしかしたら俺が異常なんじゃないか?

 みんなとは違う感覚で生きてるんじゃなかろうか。

 あー、頭が痛い。

 どうでもいいことを考えていたらもう学校が近い。

 学校は嫌いだ。

 重い足を引きずってやっと校門をくぐる。

 家から近いという理由で入った公立高校だが、そこそこの進学校。文武両道を謳っており人気も高く、倍率は県下ダントツのトップだそうだ。

 だけどそんなのは関係ない。学校なんて結局どこでもいい。どこ行っても同じ人間だし、むしろ行かなくても同じ人間だ。がんばっていい大学に入っていい会社に就職して自殺したくなるくらい働くよりも、ラクなアルバイトでのんびり生きて死ぬほうがいいじゃないか。

 くだらない。

 あー、行きたくない。

 胸が痛む。

「…………ふぅ」

 心臓を落ち着かせようと、教室の前で深呼吸をする。

 みんな、どんな反応するだろうか。

 俺なんか無視してくれていいよ。無反応で頼む。

 居てもいなくてもいい。そんな人間に、私はなりたい。

 もう一度深呼吸。

 よし、行こう――

 と、決意を固めてから、教室の中から怒号が鳴り響いていることに気づいた。机と椅子がなぎ倒される音、女子の悲鳴――。

 ――なんだ?

 窓から中をうかがおうと首を伸ばしたところ、肩を上下させている宮武旭の横顔が見えた。

「あきら……と……」

 彼女が騒動の渦中にあることは明らかだが声なんてかけられるはずもなく、とりあえず傍観する。

 どうやら喧嘩だ。腹を押さえてうずくまる尾形忠志を見るに、旭の蹴りが入ったのだろう。あれは痛そうだ。ていうか痛い。ほんとに。経験者は語る。

「……んのブッチギレ女……お前にゃ関係ねえだろうが……!」

「くだらねえことしてんじゃねえよ、クソザコ」

「……っそやろう……」

 忠志のこめかみにはち切れそうなほどの青筋が浮かんでいる。こいつは人から下に見られることが耐えきれないタイプだ。「ザコ」ってのは考え得る中で最悪なワードといえるだろう。

「どうしたチビ、早く立てよ。おなか痛いのか? 先生でも呼ぶか?」

 ……旭のやつ、ピンポイントで人の嫌がるとこ突くよな。

「……殺すぞ、てめえ」

「蹴り一発でうずくまるチビが怒っても怖くないんだけど……」

「は……ははー」

 忠志って、キレると笑うタイプか。いつ殴りかかってもおかしくない。そうとうキレてるだろう。しかし対する彼女は一言で忠志を斬って捨てる。

「うるせぇ、殺すぞチビ」

「――っ!」

 旭が一歩前に出ると忠志は軽く悲鳴を上げる。最高にかっこわるい。

「お前、次やったら殺すぞ…………」

 旭は舌打ちすると鞄を担ぎ、教室を出ようとする。当然、俺と眼が合った。

「お、おはよー、旭……ちゃん」

 背は同じくらい、女子にしてはかなり長身だ。ミディアムショートというのだろうか、亜麻色の髪がふんわりと肩にかかっている。少し着崩した制服は色気よりも彼女の格好良さが際立っていて……単純にいえばとんでもない美人だ。

 彼女は俺に気づくなり、虫けらを見るかのような目で俺をにらむと、

「なにしに来たんだよ、カス」

 そう言って俺の横腹に強烈な蹴りを入れた。

「――んがっ!」

 目玉がはじけたのかと思うくらいの衝撃。壁にたたきつけられて床に崩れ落ちる。

 痛い。あばら、折れてないか?

「そ、その綺麗な足は……武器じゃない、と思います……けど」

 あまりの理不尽に怒りたいところだけど……彼女相手にはこれくらいしか言えない。若干顔が赤いところを見ると、かなり興奮している。猛獣並に危険だ。

「……フン」

 どうやら今日はお家に帰るらしい。ばいばーい、と手を振っても反応することもなく、彼女はつかつかと歩いて行った。

「さて、俺も帰るか」

 こんな状態の教室に入れるわけがない。なんなら旭と一緒に病院に行こう。ユキも喜ぶだろう。

「よう……藤崎」

 くるりと教室から背を向けたものの、一歩遅かったらしい。

 蹴られたお腹と吐瀉物噴火寸前の口を押さえて顔真っ青の忠志が俺を呼びかけた。

「久しぶりじゃねーか。……お前のせいで大変な目にあったぜ?」

「お、俺のせい?」

「まあとりあえずこっちこいよ」

 心の中で深いため息をつく。

 嫌いな人間との縁を切れる道具をつくってほしいと願いはじめたのはいつからだろうか。だいぶ前からだったような気がする。



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