1-2 病院にて
春になったとはいえ、さすがに一九時ともなるとあたりは暗い。ともあれ、当然ながら病院内はまだ明るいもので、面会時間もあと一時間残されている。
目的の病室に向かう途中、すっかり顔なじみとなったベテラン看護師さんに会釈をすると、あちらも気づいたようでやっほー、と手を振りながら声をかけられる。おいおいおばさん、歳考えろよ。
「こんばんは藤崎くん。残念、有紗ちゃん今日休みよ?」
「……いや別に、妹の顔を見に来た訳であって、片倉さんとか関係ないですから」
まじかよ、あの人が日勤でも夜勤でも準夜勤でも会えるようにこの時間に来たというに……。
「あらそうなの、じゃあそう言っておくわね。有紗ちゃんなんて関係ないって」
邪悪な笑みを浮かべる熟達の看護師。
「待った。あの、あとであの人のシフト教えてくださいよ。こういう悲劇を繰り返さないためにも」
「なに? 私との遭遇が悲劇だっていうの? 酷い言われようね」
遭遇ってなんだよ。モンスターかよお前は。……間違ってはないが。
「いやよ、連絡先さえ聞けないヘタレ童貞に教えるものはなにもないわ」
こんのババァ……。
癖のある患者を相手にしてきたベテラン看護師は口が悪くなるのだろうか。
労働環境に問題ありだ。
早く有紗さんを救い出さないと大変なことになる。あの人たまに疲れた顔してるしな。心配です。いつまでも張りのあるお尻であって欲しい。
姫を魔王城から助ける決意をした勇者たる俺は、ベテラン看護師から逃走しつつ目的地に向かった。
「おーいユキ、お前の好きなお菓子もってきたぞ」
寝ている妹の横に座り、行きしなに買ってきた金つばの袋を開ける。ガキのくせにこういう高級なものを好物にしやがってけしからん。しかも店まで指定しやがる。
「よく寝るねえ、お前は。お兄ちゃん食っちまうぞー」
金つばはうまいが、喉が渇いてしまうのが欠点でもある。ああ、こういうときに有紗さんがいればお茶をもってきて話し相手になってくれるというに……。あの人たまに仕事放棄してこっちくるけど大丈夫だろうか。
むしゃむしゃと妹の好物を妹の前でむさぼる鬼畜お兄ちゃんを演じつつ、さらに妹のつるつるすべすべしたほっぺたをつまむ。
「おーい、ユキやーい」
「……」
一瞬、瞼がぴくりと反応したような気がして、手を引っ込める。
「ゆ、ユキさん?」
しかし気のせいだったようで、そのまま動く気配がない。
「ま、いいか……て、もう時間か。ババアに時間とられたな」
有紗さん以外には関わらないようにしよう。時間がもったいない。
「んじゃま、帰るわ」
空になった金つばの包みをユキの枕元に飾り、俺は病室を後にした。ちっ、と妹が舌打ちをしたように感じたが、それもまた気のせいに違いない。