1-1 目覚め
また、奇妙な夢をみた。
目覚めは最悪である。
汗で肌に張り付いたシャツをなんとか脱いで洗濯機に放り込む。時計を見るとすでに昼を過ぎている。いつも通りの時間だ。
新しい寝巻きに着替えてからPCを起動。
ヨウツベでしおりんの最新PVを流す。気分はDJさながら、彼女の歌声とビートを身体に刻み込み、気分は上々。最悪な目覚めを見事一掃させる。
「しおりん、マジ天使。デュフフ……」
いかん、よだれが……。
「この人、俺より年下なんだよな」
すげえ人もいたもんだ。
三次元で初めて好きになった女子だ。大切にしていきたい。
ルックスは完璧といっていい。ギターもピアノもダンスもできる。そしてなにより、圧倒的な歌唱力と作曲作詞センス。海外ツアーもこなす天才少女。一つ年下の高校一年生。……本当に人間か?
「あー、胸ときめく、しおりん……」
画面ごしでも胸がズキズキ痛む。ということは、これは紛う事なき恋だろう。……好きだ。
働かずにこうやって好きな子とボーッと過ごす日々が永遠に続いてほしい、と俺は心の底から思った。
そのままいつも通り、動画巡りや声優ラジオ、録りためたアニメを観て過ごす。
「おっと……」
夕方五時の鐘に気づき、俺はあわててパソコンを閉じた。
「母さん、時間……うわっ」
寝室に酒の臭いが充満していた。
牛のようなうめき声を漏らしながら、母は寝返りをうつ。
「……なんじ?」
「俺が起こしてんだから六時に決まってんでしょうが」
「……やばい」
「は? 今日って出勤早かったっけ?」
「ちがう、酒、きつい」
「めずらしいね、そんなに飲むの」
「うーん、歳かも」
そういって起き上がる母親は、20代といわれてもわからないスタイルをキープしている。
「なにいってんの、なんか食う?」
「うーん……食べれるかな」
「おかゆっぽい雑炊つくるよ。その間に風呂入れば? 昨日入らなかったろ」
「うん、わかった、あと野菜ジュースね」
「はいはい……あちょっ、それやめろってば」
抱きついて頭なでるのはいい加減やめてほしい。
「昨日お店にさあ、好みの男きてね、ちょっと飲み過ぎちゃった」
「息子にそんな話すんなよ……きついなら無理して食わなくていいよ」
「ん、大丈夫。けっこう美味いし」
「あのさ、俺も、バイト……やろうか?」
さすがに働かせすぎだと思う。母はラウンジ以外にも、日中はコンビニとスーパーでもパートとして働いている。
「子供が気にすることじゃないよ、バカたれめ」
「でもさ……」
「部活もあるでしょうに。あんた千原さん家から剣道具一式いただいて、やめるって訳にいかないでしょう」
「うっ……」
「千原の結佳子ちゃん目当てで始めたからって、少しは真面目にやんな」
「いやいや、勧誘を受けたから入っただけで、目当てじゃないから」
「可愛いもんねぇ、結佳子ちゃん」
「そ、そうかな? ちょっとみんな騒ぎすぎだとは思うけどね、俺からしたら」
「好きじゃないんだ」
「とくに興味もないね。尊敬はしてるけど、べつに好きってわけじゃ」
「結佳子ちゃんが出た番組、わざわざBDにうつして部屋に隠してあったけど、あれ捨てていいの?」
「…………」
なんで知ってんのこの人。怖いんですけど。背筋凍ったんですけど。
「ほら、尊敬はしてるから。仏みたいな。部屋の仏壇に供える感覚」
「あんたの仏壇ってベッド下なの? エロ本も一緒に供えて? やめてよ、結佳子ちゃん可哀そうじゃない」
「やめて! 今は俺のほうが可哀そうだと思わないの!?」
「ぜんぜん」
今度から仏壇は鍵付きのものにしよう。この人ならすぐに御開帳しそうだけど。
母親はカラカラと笑っていたものの、何かを思い出したかのように真顔にもどる。
「そういえば慎平。あんた最近ずっと家にいない?」
母は不審に眼を細めながら、俺にとって痛恨の話題に切り替えた。
「あんた、まさか学校行ってないってことないよね?」
まずい、と思って言い訳を考えたものの、これは全部見透かされているとすぐに覚悟した。こういうときの母親をごまかすなんぞ不可能である。
「まあ、うん。ちょっと、しばらく」
怒られるよなー、と思い構えていたものの、母は拍子抜けにも、
「ま、しばらくは何も言わないけど。……しっかり考えなさいな」
といって食器を片付けはじめた。
「ユキちゃんのところ、今日お願いね」
「わかってるよ」
「有紗ちゃんのお尻を見に行くんじゃないのよ? 妹の顔を見に行くのよ?」
「お母さま。さっきから俺をなんだと思ってるんですか」
「思春期のエロガキでしょ?」
「あんたの息子だよ」
「そうだっけ」
「おい」
また母親はカラカラと笑う。
俺が元気でいられるのは、この人がいるからだろうなと、たまに思う。
しかし、決してマザコンではないことだけは強調しておく必要があるだろう。
説得力は後々の展開に付け加えるとする。