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英雄はサボれない  作者: 笠舞直哉
1/6

0-0 英雄の死

「あとは、金だな」

 調達の方法と運用の仕方。

 時間がないなかで、さらに絶対に失敗が許されない状況。

 いまこの国を動かしているのは、間違いなく自分だ。

 この素浪人が、各首脳を差し置いて天下を差配している。

 これほど奇妙で、面白い状況があるか。

 日本史上、はたしてあったかどうか。

「しょせん、この世は金の流れでできているようだ。金儲けこそが、国の発展につながるって話だ」

 耳をかきながら、うんざりした顔で俺の話を聞く目の前の青年。

「また金の話か。紀州から大金だまし取っただけでは我慢できんか」

 鋭い目つきと鋭い口調。さらに議論も鋭い。まるでカミソリのような青年である。陸奥も武市も同じタイプだから、俺にはこういう人間がパートナーとしてふさわしいのかもしれない。

「だましとったとは人聞きが悪い。裁判で決まったことだ」

「どうだか。船に物資が乗っていたかどうか。あやしいもんだ」

 くくくっ、と喉の奥から自然と笑い声が出た。

「まあそんな話よりもだ、腹減ってしょうがない。なんか食おう」

「さっき買いに行かせたんだろう?」

「遅い。腹減って死にそうだ」

「とても病人の言葉ではないな」

「はは、気づかなかったか。仮病だ」

「なに?」

「土蔵で寝泊まりは不便でな。仮病をつかって母屋に移った」

「馬鹿野郎。危険はなるべく減らせ。今の状況でお前が死ねば――」

「この状況だからだ。みんな迷っている。そんな迷い人たちが俺に逢いたがっているなら、土蔵に籠もるわけにはいかんだろうよ」

「そういえばお前、最近頻繁に出かけているらしいが、誰に会っている」

「永井様だ」

「まさかとは思うが、永井尚志のことではないよな?」

「その永井だよ」

「お前というやつは。死にたいのか」

「永井を説得しない限り、倒幕は難しくなる。やつにはなんとしても大政奉還案で幕府内部を抑えてもらわないとな」

「殺されるぞ」

「なぜだ。俺はもう表面上は幕府の味方だ。感謝される覚えはあるが殺される筋合いはないね」

「永井が抑えきれない幕府の人間がお前を殺す。いやむしろ、永井と会っていることをしられれば、薩と長も黙ってないだろう」

「それこそありえん。大政奉還は徳川をただの大名に格下げさせ、倒幕しやすい状況をつくりだす策だ。各藩も、薩長に味方しやすくなる。いいこと尽くしだろ」

「その意図を、薩長側に説明しているか?」

「やつらは馬鹿じゃない。そんなもん言われなくともわかるはずだ」

「桂や西郷、大久保などは理解しているかもしれん。だがな、今のこの状況下で、血がたぎる馬鹿どもが沸いてくる可能性はあるぞ」

「そっちの対策はしてある。永井に言って、新撰組は抑えてもらった」

「京都の治安部隊は新撰組だけじゃないぞ。むしろ危ないのは……」

 青年の言葉を遮り、階下から何かが飛び跳ねたような大きい音がなった。

 俺は青年の小言にうんざりしていたので、話をそらす良い潮だと思った。

「うるさいぞ!」

 そう叫んだ。

「峰吉が帰ってきたな。やっと飯が食える。腹減って死にそうだ」

「おい■■、まだ話の途中だ」

 ザザ、と意識が薄らぐ。

「慎ノ字よ。まあまずは飯だ」

 俺の名前は、なんだっただろうか。

「それにしても、峰吉のやつ上がってこないな。急に静かになりやがって」

「うるさいと怒鳴ったのはお前だろう」

「ああ、そうか」

 ぎし、ぎし、と階段を上る音。一つではない。複数人が上ってくる。

「なんか大勢来るな。あいつ、材料買いすぎたのか?」

「いやまて■■、客じゃないか」

「こんな時間に? まあまだ遅くはないか」

 足音が部屋の前で止まった。

「どちらさん?」

 尋ねた瞬間、跳ねるように戸が開かれた。

 男の影が、4つ。

 身体が反応したときにはすでに、抜き身の刀が一閃。俺の頭を横に切り裂いていた。

「っ――!」

 かまわず身体をひねり、背中にある刀を鷲づかんだ。その間にもう一太刀、肩に浴びる。振り向いて応戦しようとするが、刀を抜く余裕などない。鞘ごと、刺客の攻撃を頭上で受け止めた。

 凄まじい剛剣。

 鞘が割れて弾けた。それでも勢いは殺しきれず、俺の頭蓋にその剛剣がのめり込む。血潮が脳天から吹いて散る。

 一瞬の出来事。

 夜の薄暗い景色が真っ白に切り替わる。視界が勢いよく回り、身体の自由が途切れた。

 いつのまにか、刺客たちは引き上げていた。意識が――いや、記憶があいまいだ。死んでいるのかどうかさえ定かではない。

 目の前で、相棒が同じく血だらけで丸まっている。おそらくあいつも助からない。

「また……か」

 声にならない声で呟いた。

「あっけねえ」

 あまりにも、あっけない。命を燃やして国を救おうとした英雄の最後にしてはあんまりな終わり方。

「また……だめだったか」

 また、次はあるかな――。

「もう、少し……だったのに、なあ」

 今度こそは、順調だと思った。

 今度こそは、夢が叶うはずだった。

 今度こそ――故郷に……。

 彼女のもとに……。

 ――俺の意識はそこで消えた。




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