07.スキルとは 2
物置と化している個室まで案内された。
「それじゃあ、そこの椅子使っていいわよ。あなたのスキル、見せてくれる?」
キャサリンにそう指示されるも、やはり楠男は躊躇われる。
お前にはスキルがある。さあ、使ってみろ! と言われて何の逡巡もなく使えるのはきっと中学二年生までだ。
(やってみろって言われても……これで何もできなかったら、俺ただの馬鹿に見えないか? それに、これで何も発動できなきゃ、本当にこの異世界で詰んでしまう)
念じるだけで発動できるにしても、一体何に対して、どんな風に鍛冶合成すればいいのかをしっかりと事前に試行錯誤する。
(名前からして、鍛冶と、合成をするスキルってことだよな? 椅子って、どうやって鍛冶合成するんだ? 普通、剣とかじゃないのかよ)
手で椅子に触れながら、魔力を手に通わせると――触れた部分だけが粉々に砕け散った。
「うわっ」
「……木っ端微塵に壊れた? やっぱり椅子じゃなくて、武器じゃないとダメなのかも? シルフィ! 壊れてもいい剣、二本持ってきて!」
「――はい」
ノインは開店準備があるからといって、ついてはこなかった。その代わりとしてゲームのジャッジをしたシルフィがお供としてきていた。解放されたはずなのに、どうも二人の上下関係が変わっていないようだ。
「どうぞ。剣を持ってきました」
「――っていうか、ノインも、シルフィも、キャサリンと同じで奴隷なんだろ? なんでそんな態度なんだよ」
「別に? ただの癖よ。シルフィだって嫌がってないから、別に命令ぐらいしてもいいっじゃない? それとも、シルフィに惚れたの?」
「違うってぇの!」
必死で否定するのは、ついてきたアリスに足を踏まれているからだ。何度も、何度も。笑いながらも、ゴキブリを潰すように踵で踏まれて痛い。
「ほら、今度は合成できそうなもの、持ってきてあげたんだからさっさとやってみなさい」
「持ってきてくれたのはお前じゃないだろ……。――なんか、偉そうなんだよなあ……。――てか、ありがとな、シルフィ」
「いいえ、当然です。ご主人様」
「…………」
一番忠誠心が強いのがシルフィのようだが、逆に接しづらい。無表情のままご主人様なんて呼ばれるから、どうにもくすぐったい。
「よし、やってみるか」
持ってきてもらった剣二本を、合成する。
パァァ、と発光すると二本の剣は見事に一本の剣へと変貌する。
「おっ、今度こそ成功――」
パキィン、と伸びていた剣が、枝のように折れてしまう。
「あっ! な、んで?」
「必要以上に長くしようとしたせいか、太くしようとしたせいじゃないの?」
キャサリンに指摘されたことは当たっていた。
とにかく剣を分厚く伸ばそうとしたせいで、本来の質量よりも大きくなってしまったのだ。つまりこれは、
「質量保存の法則か?」
「なによそれ?」
「錬金術の基本原則だよ」
「れ、錬金術ぅ!? もしかして、異世界にも錬金術師がいるの?」
「ああいるよ。錬成陣なしの錬成できる史上最年少の国家錬金術師とか、鍋で材料を混ぜるだけでパイを作れるアトリエの錬金術師とか、超常の合金で武器を生成する錬金の戦士とか、俺らの世界でも錬金術師は大活躍だったよ」
「嘘つきなさい! 全部、フィクションでしょ!!」
アリスに、ハリセンでツッコミをいれられる。
「いって。冗談だって!! っていうか、なんだ、そのハリセン!? どこのウィスパードだよ! そもそも、いつの間に作ったんだよ!?」
「余ってた紙で作りおきしてたの。ツッコミを入れるために作っておいてよかった。強度が紙すぎて、もう使えないけど……」
「どんだけ用意周到なんだよ!!」
音の割にはそこまで攻撃力はない。
折り紙みたいに、楠男は小さな紙ならばハリセンを作ったことがある。折り紙そのものは友達がいなくてもできるから好きで、どこまでも遠くへ飛ぶ紙ひこうきを小学生の頃に作っていた。――が、五十センチはある本格的なハリセンは流石に作ったことがない。
「――なんだ、ただの冗談だったんだ」
「いやいや、フィクションだからって、馬鹿にできない。フィクションの知識だって、ノンフィクションの世界に生かせることだってあるんだよ。俺にとって、サブカルチャー全般は人生の教科書みたいなものだから! プロのオタクほど詳しくはないけど!」
「……オタクにプロとかアマチュアとかあるの? でも、大丈夫。おにいちゃんは立派なキモオタだよ」
「それ、全然大丈夫じゃないよね!? せめてキモをとって、オタって呼んでくれないかな!?」
にわかは相手にならんよ! とかそんなことが言えるほどのオタクでもないのに、キモオタ扱いされるのは心外だった。
「でも、おかしくないか? さっきの剣の合成は成功してもよかったんだと思うんだよな。キャサリンだって何もない虚空から、変な奴生み出してただろ?」
「――『束縛の審判』のことね。あれはスキルで作った人形みたいなもの。ああいう虚空から幻想を具現化するようなスキル保持者は極めて稀よ。あなたみたいな人が手に入れるなんてありえない。――いや、でも、そうね。もしかしたらあなたもできるかもね。スキルとは、その人の資質そのものも大事だけど、初めてスキルを知った時の経験や環境も影響を受けるものだから……」
チラリ、とアリスの方を一瞥する。何か思うことがあったのかもしれないが、何も言わずに楠男に水を向ける。
「とりあえず、今度はそれを試してみましょうか? スキルで剣を作ってみせて。最初は全部じゃなくていい。不足分の剣を補足する感じで――」
「剣を?」
「イメージするだけでいいの。そもそも合成っていうのは、新しいものを創造するということでもあるのよ。初めて敵対したのが私のスキルだったことも、もしかしたらあなたにとって意味のあることだったかもしれない。あなたの鍛冶合成のスキルが発現したことは決して偶然なんかじゃないはず。そのことを、あなたの力で証明して見せなさい。まぐれとはいえ、この私に勝ったんだから、そのぐらいできるわよね?」
「いや、証明してみせなさいなんてそんな大層なことを言われてもなあ……」
「…………」
無言で睨まれたので、しかたなしに集中する。
切っ先だけがない剣。一から創造するなんてイメージすると難しい気もするが、欠けている箇所だけをスキルで作り上げるだけならハードルは低そうだった。
また、剣が発光する。うねうねとミミズがうねっているように新たな切っ先が生える。少しでも思考が乱れると壊れてしまいそうだった。
体中の神経を研ぎ澄ます。さっき触った剣の感触や固さを思い出しながら、剣の切っ先を造り上げる。無から有を生み出す。
「よし、成功した! 今度は不足分も具現化することができたっ!」
「凄い!!」
「だろ!」
永遠にこの形を保っていられるわけがない。
未熟な楠男が造り上げた剣なので、もしかしたらすぐにポッキリ折れるかもしれない。だけど、初めてのスキル成功で舞い上がる。
「……そういえば。忠告しておくけど、自分のスキルを他の人間にペラペラしゃべらない方がいいわよ」
「え――と、大体想像つくけど、なんで?」
「どんなスキルにも大体弱点があるからよ。私の『束縛の審判』だって色々弱点があって、それを突かれてあなたに負けた。だから、あんまり他人には言わないことね」
「なるほどね。でも、サーチグラスとか、解析のスキルみたいなものが使われたら、どうしようもないんだろ?」
「――そうね。確かにそうとも言えるけど、ちょっと補足説明するわ。とりあえず、サーチグラスで私に照準を合わせてみなさい」
「合わせるって、こうか……。よし、合わせたけど?」
「私をタッチしてみなさい」
「お、おう!」
タッチしてみなさいっていうのは、サーチグラスのステータス画面――だったはずなのに、はずみで実物の胸にタッチしてしまった。
「「あっ」」
二人で声がユニゾンする。
(ゴムまりみたいに弾力があるのに、それでいて指が吸いつくような柔らかさがある矛盾しながらもちゃんと二つの良さが両立している奇跡的なこの感触はまさか――まさかの――)
女性の胸の感触だった。
「わ、悪い――いてぇ!!」
バシンッ!! と、さっきの数倍の威力で、壊れてしまったハリセンで無理やり叩かれる。
「ちょっと! 触るだけじゃなくてなんで揉みしだいたの?」
「違うって! この眼鏡に慣れていないから、遠近感がうまくつかめないんだって。タッチする感覚もよく分からないから、ちょっと手を動かしたらも、揉んじゃったみたいになっただけだって! これは事故! 不可抗力なんだっ!!」
「…………まっ、まあ、次からは気をつけなさい。ぜ、全然気にしていないから」
大人の態度をとっているけれど、耳まで赤いせいで威厳が全く保てていなかった。深く追求するのはやめておいた方がいいようだ。
「――すいません」
謝罪しながらも、今度こそスターテス画面をタッチする。すると――
【名前: キャサリン・ルールブック スキル名: 『束縛の審判』】
普通に表示される。
「俺の時とおんなじだな」
「それじゃあ、今度はアリスに合わせてタッチしてみなさい」
バッ、と胸の前で腕を交差される。
(どんだけ警戒してるんだ、こいつ……)
そのせいで、胸が強調されているのは、さらにハリセンの威力を知ることになにそうなので黙っておく。
【名前: 有住愛 スキル名: ?】
「あれ? はてなになってる?」
「掛けた人間が相手のスキルが分からなきゃ、サーチグラスじゃ表示されないことになっているの。現時点ではね。――もっとも、新しい性能のいい探知眼鏡サーチグラスがダンジョンから見つかるか、発明されるか、それか、物凄く性能のいい解析スキルを持つ人間に出会ったら、スキルがばれちゃうわね」
「発明ってことは、改造したり作ったりする人間がいるってことか?」
「そうね。スキルなしの技術で作る人もいるけど、スキルがあった方がそういう職に就きやすいわね。戦闘用じゃなくても色々あるのよ、スキルも。料理系のスキルだってあるんだから……」
スキルによって職業に就く。ということは、このままいけば楠男は鍛冶合成屋を経営することになるってことだ。でもそれは――
「――なんかいやだな。スキルで将来が決まるって。スキルで一生が決まることだってあるんだろ?」
実家が工場をやっているから跡を継ぐみたいに、分かりきっている道へ進むのには抵抗がある。他に選択肢があって、それでも自分の意志で道を選択するなら分かる。
それでも、やはり、ただ漫然とした理由で、これから鍛冶合成屋をやりたくはない。もしもこれからダンジョンに潜っていくとなったら、戦力外の楠男はお留守番。指をくわえて自分だけ安全地帯で待っていることになる。
(それでいいのかな……。せっかく違う場所に来て、異世界デビューでもしようと思った。だけど、予想とは全然違う……。俺のこのスキルじゃ、どこにも行けないのか?)
「――どうしたの、おにいちゃん? 才能があるなら、それでいいじゃない。料理が得意なら料理人になるのと同じようなことでしょ?」
「でもさ、アリス。料理が得意イコール好きってことじゃないと思うんだよ。俺のスキルだって、鍛冶合成だろ? もう、俺、スキル名からして、異世界で鍛冶屋を経営することが運命づけられているじゃん? 鍛冶や合成ができたって、ダンジョンに潜ってもパーティの足手まといになるだけだ。俺ができることは精々、お前の装備を整えて、影からサポートするぐらいだろ? それで本当にいいのかな?」
敷かれたレールをただ歩くよりも、道なき道を切り開いていく。思い込みかもしれないが、そのぐらいの覚悟がなければ、きっと異世界で生きていけない。その場しのぎでなんとかなるのは、元の世界での学校生活だけだ。ただ何も考えず、授業では板書をしていればいい。――それだけじゃ、きっと、ゼロから始まる異世界では通じないはずだ。
「それで、それでいいのか―――」
「いいに決まっているじゃない。何、当たり前のこと言っているの?」
ようやく決断しかけていたのに、キャサリンが割り込んでくる。
「なっ――」
「あなたぐらいの年頃の子はさ、常識とか大人へ対して過剰に反発したがるのよね。特に理屈なく、何の策もなく、みんなとは逆方向へと進みたがる。でもね、それはただの黒歴史にしかならないの。一時の反抗期。薄っぺらい感情。そんな意味のないプライドなんて捨てなさい。近い将来、あなたが後悔するだけよ」
「――意味があるかないかは、あんたが決めることじゃないだろ」
「そう? 少なくとも、私は人生の先輩よ。あなたよりかは、この世界の道理というものを理解しているつもりだけど?」
「………………」
「……あなたは自分のスキルの価値が分かっていないみたいね。あなたのスキルはかなり貴重なの。異世界人らしいといえば異世界人らしい特殊なスキルね。そのスキルをうまく使えば、金を稼げる私が保証してあげる。あなたは絶対に大金持ちになれるわ。あなたが望むなら、チートスキルでこの異世界を無双できるの。そんな王道展開をあなたは棒に振るの? 異世界人らしくないわね」
「っ…………! 鍛冶屋のスキルがあるから、鍛冶屋にならなくちゃいけないなんて安直過ぎる。たとえ、王道だったとしても、それは誰かが決めた王道でしかない。俺は俺の道を行きたい。たった一人の妹を死地に送り込んで満足するような奴は、本物だろうが、義理だろうが、兄として失格だ!!」
「……………………おにいちゃん」
アリスは楠男がダンジョンに行くことになっても、待機になってもどちらでもいいと思っていたから黙っていた。だけど、ここまで楠男が覚悟をもって言ってくれるなら、一緒について来て欲しかった。本当は心細くて怖かったのだから。
「それが、修羅の道だったとしても?」
「覚悟の上だ」
苦労すると分かっていても、大切なもののためなら踏み出せる。
「…………ぷっ、あははははは!! いいわね、気に入った。私も若い頃同じように悩んだな。――悩んだけど、こんなにも真正面から大人に噛みつく熱さはなかったけどね……」
「人が悪いですよ、キャサリン様。そんな試すようなことばかり言って……」
「若い頃は説教好きの大人を煙たがったものだけどね、今なら分かる。成長しそうな奴にはついつい説教という名の試験を与えてみたくなる。だって、もっと大きく成長して欲しいもの」
「ど、どうも」
なにやら褒められているような気がしたので、礼を言ってみる。馬鹿なせいで、楠男自身、あまり、よく分かっていないが。
「さて、覚悟は決まっているらしいわね。だったら、こっちも遠慮なくあなたに教えてあげるわ。――いい? スキルは応用が効くの。同じスキルを持っている人間はこの世には存在しないし、仮に持っていたとしても、いずれスキルは変質し別物になる。双子が完全に同じ成長を遂げないのと同じように」
「応用が効くってことは、俺のスキルも?」
「そう。あなたのそのスキル――火炉やハンマーを必要とせず、ノータイムで鍛冶合成ができる。その時点でも凄いけど、でも、もしかしたらもっと凄いスキルに進化させることができるかもしれない。でも、その進化の仕方はあなたの発想次第ね。あなたの考えによって、あなたのスキルはいくらでも変化するわ。だって、スキルの可能性は無限大なんだから」
「……そ、そうなのか?」
いきなり言われても、あんまりパッとしない。思考の持久力には自信があるが、瞬発力はまるでない。
「――どうもしっくりこないみたいだから例を出すわね。――炎を出すスキルを持っていたとするでしょ? それが周りの熱エネルギーを吸収して炎を出すスキルだったら、対象物を凍らせる氷のスキルを同時に持っていることになったりしない?」
「……炎と氷のスキル? そうか、そういうことなら、炎で一酸化炭素中毒させるスキルとか、蜃気楼を発生させたり、水蒸気爆発させたりするスキルとか、そういうこともできるようになるのか……」
「そうそう。その調子。そうやって考えて考えぬいて、自分なりの個性を醸成させる。自分だけの武器を自覚する。それが未知なる道を歩んでいく上で最も必要なことよ。私は賭け事が好きだから、こんな風にスキルは発展したし、それに、私だからこそあそこまで強力なスキルが発現できたと思っているわ」
「…………」
「早く、あなただけのスキルを見つけなさい。それこそが、あなたの帰るべき場所に帰るための最短ルートのはずだから」