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06.スキルとは 1

 翌日。酒場の開店時間までには、まだまだ時間がある朝。

 テーブルの上について、昨日の残りであるカレーライスを楠男は頬張る。

 トッピングにチーズ、ゆで卵のスライスを飾り付けてあった。あと、できれば福神漬けがあればいいのだが、店にはなかった。漬物という概念はこの異世界にもあるらしいが、この店の人達はあまり好きじゃないらしい。

 所持金は数えきれないほどあるので、暇がある時には福神漬けだけではなく、買い物へ行きたいものだ。

 昨日は疲弊しきったせいで、楠男はほとんど何もせずに寝てしまった。だから今日はたっぷりと腹ごしらえをし終わった後、自分にとって必要なものを準備するつもりだった。

「やれやれ。しかたないよなー、ほんとしかたないよなー。俺だって奴隷ハーレムとか、そんなの全然興味ないけど、契約上のことはもう覆せないしなー。やれやれ。不幸だー」

 奴隷ハーレムを否定した後。どれだけ口で否定しても、どうしようもなかった。キャサリンは楠男に借金ができるほどの大敗を喫したのだ。キャサリン自身も楠男の所有物になる。詳しくは説明されても馬鹿なので理解できなかったが、それが、この世界のルールだった。だが、そんなにも悪い気がしないのは、楠男がムッツリだからだ。

「……あんたね。いつか夜道で刺されるわよ」

 アリスは新しい首輪をつけている。

 首輪には、異世界の言語で楠男の名前が刻まれている。

 それは楠男の奴隷の証。

 抵抗がありそうなものだが、意外にもアリスはぶつぶつ文句を言うだけでちゃんと首輪をつけた。キャサリンとゲームをして作った借金――それは返金するまでは奴隷でいつづけなければならないらしい。だからといって、今日は一緒の布団に同衾とか、お前の身体がスポンジ替わりだ! 一緒に風呂に入るぞ! みたいな、エロゲ展開はない。あくまでも関係はフラット。アリスがキャサリンの奴隷の時も、単純に労働させられるだけだったらしい。

「なんでだよ! ハーレム作ったにしても、別にモテてるわけじゃないから! モテない男子だったら、俺みたいにいきなりハーレムになんてなったらはしゃいじゃう気持ち分かってくれるだろ!!」

「いや、むしろ女に刺されるわよ」

「え? なんで?」

「なんなの、その鈍感力? ラノベの主人公なの?」

「え? なんだって?」

「その難聴スキルはわざとでしょっ!?」

 夫婦漫才のように楽しく会話していると、

「まあまあ。新人さんは、そんなに怒らなくてもいいじゃろ。私は、新しいご主人様が男で嬉しい限りじゃ。いいや、もっといえば楠男様で良かったのう。何故なら、そうやって必死になっているところ観ると、凄く可愛いんじゃから」

 奴隷メイドの一人である、ノインがしなだれかかってくる。

 奴隷が、どうして奴隷になるのかというと、親に捨てられたり、売りに出されたりするせいで奴隷になる。もしくは、親の代から奴隷という例もあるが、大体が人間からも、獣からも忌み嫌われる獣人が多い。

 彼女も、その例に漏れない狐の獣人。

 彼女がこの店の創立メンバーの一人であり、古株。実年齢も他の店員たちとは文字通り桁違いらしいので、ほとんどの者がノインには逆らえない上下関係ができている。

 妖艶なる美貌を持ち、毛並みのいい狐耳と、長い九本の尻尾が蠢く。まるで人妻のような落ち着きを持っている。そして、奴隷ハーレムの中でもっとも胸が大きい。そんな獣人が、笑いながら楠男の背中に抱きついている。こんな状態がずっと続いてしまうと、椅子から立ち上がることができなくなってしまう。

「ちょ、ちょっと、あの――」

「ん。どうしたんじゃ?」

「あの、胸が当たってるんですけど」


「あててんのよ」


 フッ、と吐息を吹きかけるように耳元で囁かれる。

 大人の色気に陥落しそうになるが、

「ちょっと!! あんた! ノインさんに変な日本語教えないでよ!! 毒されてるじゃない! 萌え文化のアウトブレイクじゃない!」

 アリスのおかげで目が覚めた。

「大丈夫だ、問題ない。オタク文化は異世界にも誇れる文化だからな……」

「……オタクの悪いところはね、周りのことを鑑みずにそうやって屁理屈をこねて自己正当化するところだと思うわよ」

「そうか? 自分を曲げないで主張できるって長所があるだろ! 馴れ合いの文化が根付いている日本じゃ、オタクはマイノリティに生きてるのって素敵やん?」

「オタクがステータスになってから、流行ったアニメしかみんな語らないでしょ? それは昔のオタクよ。まっ、おにいちゃんの友達ゼロでも平気そうにしているのは、なかなかできることじゃないよ」

「それ、馬鹿にしてるだろ? 友達作らないのはわざとだから! 人間強度が下がるから作らないだけだから!」

 各々が好き勝手喋るせいで、収拾がつかなくなってきた。

 だが、酒場にいた四人目の存在によって、集まっていた他の者達が耳を傾けた。

「……ふん。あなた達、いい加減にしてくれない。奴隷ハーレムの主になるってことは、奴隷の面倒を見るってことなのよ。命の責任をとるってことなの。本来、あなたのような無知な子どもがなるべきじゃないの。せめて、もっと真剣になりなさい」

「…………」

「ん? なに黙ってるの?」

「驚いたか? キャサリンってこう見えても、意外にしっかりしておるんじゃ。普通は、奴隷がこんな普通に動けている時点でおかしい。本当はもっと酷い扱いを受けるのが当たり前じゃが、キャサリンって実はいい人だから、実は悪ぶりたいだけの人だから、意外にしっかりしたこと言うから……。だから、このぐらいで驚いてちゃ話が進まんぞ?」

「誰がだ! 誰が! 私は正真正銘の悪党だからっ!」

 酒場の店主――キャサリンの首には、新しい首輪がつけられていた。楠男の奴隷となってしまったキャサリンは、依然と全く変わっていない泰然とした態度だった。

 だが、アリスと楠男はすっかりキャサリンに慣れてしまったのか、砕けた対応ができるようになった。

「そっか……キャサリンさんっていい人だったんだ……」

「ああ、なんか見る目変わってくるよな」

「そこの異世界人二人!! 聴こえてるぞっ!! 私は憎むべき悪党だろうがっ! そんな生易しい眼で見るんじゃないっ!!」

 手首あたりに顎を乗せながら、はぁーとキャサリンはため息をつく。

「――ったく訊きたいことがあるって言うから待ってやってるっていうのに、ふざけるし。――これだから異世界人は」

「異世界人関係ないって。ちょっと談笑してただけだ。そんなに言うなんだったら、なんで昨日の内に話をしてくれなかったんだよ。色々訊いておきたかったのに」

「うるさいな。私はあなた如きに負けて憔悴してたの。少しは休ませてくれてもいいでしょ。――それより、ちゃんと昨日は寝れたの?」

「いやー、アリスのせいであんまり……」

「そうか。アリスが寝かせてくれなかったのか」

「ちょ、ちょっと! 変な言い方しないでくれますっ!?」

 酒場といっても、ちょっとした宿屋みたいに個室はたくさんあった。しかし、人数分は足りず、何人かは相部屋にならざるを得なかった。そして昨日は、楠男とアリスが同じ部屋に寝泊まりすることになった。

 同じ屋根の下に住んでいた義理の妹と兄とはいえ、同じ部屋に寝るとなるとやはり勝手が違っていた。お互いに寝たふりをしたせいで、アリスと楠男の瞳がうっすら赤く充血していた。

「わ、私はおにいちゃんが痴女の毒牙にかけられるのを、阻止したかっただけです! そのためなら私はま、毎晩でも犠牲になる覚悟ですっ!!」

「えぇ!? そんなに俺のこと嫌いだったのっ!?」

「いや、その、そういうわけでは……」

 声が小さいせいで、いまいち楠男の耳には届かない。少なからず好意を持っている相手にバッサリフラれてしまったと思いこめば、ショックで耳が遠くなるのも当然だった。

「なぜか、おにいちゃんと一緒に寝ようとする人多かったし、昨日は部屋を確保するの大変だったんだから……」

「みんな男が珍しいんじゃない? それに、あなたは安全パイそうだしね。近づいてもチキンなあなただったら、襲われないとでも思われたんじゃない。良かったわね」

「いや、それほどでも!」

「……馬鹿にされてるわよ、おにいちゃん。馬鹿なのは昔から知っているけど、周りが恥をかくんだから気をつけてよね」

「ああ、はい……。なんかすいません」

 新妻にさっそく尻に敷かれているダメ夫みたいになってしまっていたが、

「それで、何を訊きたいの?」

 キャサリンが本題の話に戻してくれる。

 そもそもここに集まったのは、質問したいことが山ほどあったからだった。楠男はそろそろ訊きたいことを訊いておきたかった。

「異世界のこと。――そして、俺のスキルのこと。俺達は元の世界へ帰還できるかってこと」

「――ほう。いきなり核心ね。世界の謎はもっと引っ張った方がいいんじゃないの? あなた達もそっちの方が楽しいんじゃない? この世界でこれからも生きていくには。――なにより、困っているお前らを見ていると、私も楽しいから――っていうのが本音なんだけどね」

「――キャサリン」

「分かってるってわよ。そんなに本気にならないでよ、ノイン。ただの冗談なんだから」

 コポコポと、木彫りのコップに酒をつぐ。グッ、と朝からキャサリンは飲酒すると、

「まあ、この異世界のことって言っても、特に何もない。ここはバルゼという街のスティエラっていう酒場。あなた達の世界と何も変わらないわよ。変わっているといえば、獣人という種族、モンスター、スキルがあるぐらい。後は特に何もないんじゃない?」

「でも、日本と似ているところがあるよな? RPGみたいな世界観っていうのは分かるけど、日本語で話すって言うのはできすぎだろ?」

「やっぱり、あなた達ニホン語とかいうので話しているのね? 私達にはこちらの世界で話しているように聴こえるけど?」

 楠男とアリスは思わず目を合わせる。

「勝手に翻訳されてるってことですか? どうせだったら、文字も日本語にしてくれればよかったのに……。それだったら、私も奴隷にならずにすんだはずですよ」

「うーん。確かにそうだけど、もっと重要なのは、翻訳の件じゃなくてさ、もっと別にあると思うんだよ。例えば――俺達以外の異世界人――もっといえば、異世界転移してきた異世界人の存在だろ。しかも、そいつらは複数いて、さらには相当前、少なくとも数十年前からここにいるんじゃないのか?」

「そうかもね。でも、どうすいてそう思うの?」

 キャサリンは試すように質問する。

「このカレーだよ」

 スプーンでカレーを差した後に、すくって頬張る。

(うん、おいしい。おいしいけど……それがおかしいんだ……)

 ネット小説知識で語ってしまうと、異世界といえば、中世ヨーロッパの時代設定がほとんどのはず。それなのに、どうしてインド――いや、日本のカレーがここにあるのか。存在している時点でおかしいはずだが、楠男の質問は、キャサリンにとってまったくの想定外だった。

「カレー?」

「本場インドのカレーは、ナンにつけるし、もっとサラサラしているはずだ。なのに、このカレーは小麦粉でも使っているかのように、とろみがある。それに具材や米も日本のものだ。インドのカレーとは違う。全く別物の、日本のカレー。しかも現代の日本カレーだ。もしかして、異世界人がここでカレーライスを伝来したんじゃないのか?」

「カレーねぇ。別にニホンじゃなくても、普通にこういうカレーは食べられるんじゃないの?」

「そうだな。だけど、あんたは俺のことを見て、最初に日本人だって分かったよな。一瞬でそんなことが分かるってことは、かなりの頻度で日本人がこの異世界に来ているってことじゃないのか? しかも、このカレーライスが普通に出てくるってことは、相当前からだ」

 イギリス人、アメリカ人の区別なんて楠男にはできない。日本人の楠男にとって、外人なんてみんな見た目は一緒に見える。だから咄嗟に金髪で瞳の色が違う外人さんが歩いていたら、アメリカ人だと思い込むだろう。それは、楠男にとって一番なじみがある外国人はアメリカ人だからだ。その理論でいくと、この異世界に来るもっともなじみある世界の人間は日本人だという当然の仮定が浮かび上がる訳だ。

「そうね。私がただ、当てずっぽうでニホンって言っただけだとしたら?」

「そうだとしても、ここは、この異世界に来たのは、やっぱり日本人なんだよ。日本人が考えるような中世ヨーロッパのような建物がいっぱいあった。もっといえば、RPGのような世界観だ。それから、メイド服は元々そんなに露出がある服装じゃない。もっと作業着的なもののはずだ。それなのに、そんなにデザインが凝っているのは、メイドフェチの奴がメイド服を間違って伝えたからじゃないのか?」

「メ、メイドフェチって……。まるっきり、自分の趣味でメイド服を誰かが伝来したってこと?」

 戸惑い過ぎて食事が滞ったアリスが、コトン、とスプーンを置く。

「いいや、もしかしたら逆輸入かもしれない。ここの文化を元に、元の世界に異世界転移した奴が、ゲームを作ったり、ネット小説に書き込んでいたとしたら? だとしたら――」

「帰る方法があるって?」

「…………」

 もっとはぐらかすかと思ったが、急に話す気になったようだ。にんまりと笑うキャサリンが、ゲーム以外でこんなにも面白そうに笑うのは中々なかった。

「――あなた、想像以上に面白いわね。ただ頭がいいだけの秀才じゃ、そんな発想は思いつかない。異世界転移してくる奴は右往左往する連中が多いけど、あなたはちゃんとした軸があるみたいね。これが、噂のおたくってやつなの? それにしても――なかなかの適応力ね。その適応力があれば、一生ここで暮らしていけると思うんだけど?」

「そんなのどうだっていい! とにかく、異世界と俺達の世界は行き来できるかどうか訊いているんだよ!」

「――まあ、まあ、そう焦らないでよ。この私がせっかく褒めてあげたのに――。まっ、可能――だと思うわ。私だって全てを知っているわけじゃないけど、それは確定っていいわね」

「や、やった!」

 重荷話していた楠男よりも、横にいたアリスの方が喜んでいた。

「だけど――その方法は私も知らない。そんなダンジョンアイテムがあるっていう噂はあるけど、私は目にしたことすらない」

「――ダンジョン? この異世界にはダンジョンがあるのか?」

 大体、ネット小説とかだと異世界と、ダンジョンは別ジャンルだ。合わせると設定盛り過ぎて読者がついていけなくなるからだ。

(やっぱり、色んな意味でハードモードの異世界転移か? これ?)

「そうね。ダンジョンには、私達が眼にしたことのないようなダンジョンアイテムがゴロゴロ転がっているって話。命の危険はあるけど、もしかしたらあなた達の世界に帰ることのできるダンジョンアイテムがあるかもしれない……」

「だったら、ダンジョンが――」

「あなた達が元の世界に帰ることのできる一番の近道でしょうね」

 手がかりをつかんだ。情報収集する酒場が活動拠点になったので客からも色々情報収集しようとしていたが、こんなにも早く有力な情報をつかめるなんて幸運だ。

「ただし、別名迷宮といわれるダンジョンにはモンスターが出現する。魔物とも言われるモンスター。彼らの中には私達のようにスキルを使ってくるモンスターもいる。まあ、スキルを持っていることも厄介だがけど、元から備わっているモンスターの運動能力も加わるでしょ? スキルと合わさったら、相当厄介よ」

「――やっぱりか。そのへんもゲームっぽいな……。他にモンスターの特性みたいなものはあるのか?」

「雄叫びで仲間を呼ぶモンスターがいるわね。それに、人間のように道具を使ったりする奴もいる。そういう奴らはデフォルトでスキルみたいな特性を持っていると言っていい。そんなモンスターがうじゃうじゃいるダンジョンには、それなりの準備が必要よ」

「準備?」

 一瞬、逡巡すると、

「――スキルか」

「そうよ。それから、装備を整えたり、パーティを結成したり、ダンジョンの知識を頭に叩き込んだり――あと、ギルドで冒険者登録も必要ね」

「ギルドで冒険者登録? なんで?」

「ダンジョンに潜るためには、冒険者ギルドで登録しないといけないの。身分証明書代わりにもなるから冒険者登録はしておいた方がいいわよ。まあ、詳しい話はギルドで聴けばいいわよ」

「変なところで現代っぽいな……。戸籍みたいなものか? 市役所みたいなものっていう認識でいいのか?」

「それでいいんじゃない? 正直、何言ってるかよく分からないけど」

「おい」

「そして、これが準備の一つ。自分自身のスキルを確認できるダンジョンアイテムよ」

「眼鏡? サングラスか?」

探知眼鏡サーチグラスと呼ばれているダンジョンアイテムよ。他の奴はギルド登録する時に初めて知ることが多いでしょうけど、このサーチグラスなら、自分自身のスキルを確認することができるの。まっ、説明を訊くよりかは、実際に体験した方が早いんだから。――ほら、さっさと、つけてみなさい」

「あ、ああ」

 言われるがままにサーチグラスを眼鏡のようにかけてみる。

 当たり前だが、度は入っていなかった。

「つけたけどなにも――うぉ!」

 ポン、ポポポンと、たくさんの小さいスターテス画面が表示される。

 スターテス画面の線を辿ると、糸のように物体へと繋がっていた。スターテス画面の右端にはバッテンがあって、あまりにもスターテス画面が多い時はそこを押せば消せるようになっている。

「ステータス画面は表示された? 椅子のスターテス画面には、椅子の情報が簡単に書かれているはずよ。今のところはサーチモードにいまなっているから情報過多かもしれないけど、消そうと思えば消せるわ。だけど、今はサーチグラスの左にスイッチがあるから、それを一度だけ押してみなさい」

「スイッチ? これか?」

 ポチッ、と出っ張りを押してみると、

「一回押したら、自分自身のステータスが目の前に表示されたはずよ」

「あ、ああ」

「スクロールすれば、一番下にあなたのスキルが表記されているはず。――それを見てみなさい」

「スキル……」

 楠男はすぐにはスイッチを押すことはできなかった。何故なら、この自分のスキルによって今後の異世界ライフが大きく左右されることになるのだから。

 チート級のスキルが備わっていれば、異世界で無双ができる。どうせったら、剣のスキルがよかった。二刀流スキルさえあれば、楠男はなんとかなりそうな気がしていた。

(もしくは、異世界っぽく大規模魔法なんかがいいかもな。全体攻撃で即死攻撃みたいなのがあればなおいい。とにかく異世界まできて苦労なんてしたくない。戦闘系じゃなくても、俺の世界のものをこの場にいながら調達できるネットショッピングができるスキルでもいいぞ……)

 目を瞑ってスイッチを押す。

 そして恐る恐る眼を開くと、そこに表示されていたのは――


【名前:江藤楠男 スキル名:『鍛冶合成屋ブレイクリメイク』】


 という簡素なものだった。

 もっと、レベルとか、攻撃力、HPとか、種族名とかそういうものが表示されるのかと楠男は思ったが、こんなものだった。しかし、表示される情報量のしょぼさより今気になるのは――

「『鍛冶合成屋ブレイクリメイク』……? なんか、めちゃくちゃ戦闘に不向きそうなスキル名なんだけど、これって何ができるんだ?」

「――さあ? 名前の通り、鍛冶と合成ができるスキルなんじゃないの? それは、あなたのスキルなの。私には分からないし、誰かが知ることもできない。あなたはもう、自分のスキルを把握した。後は心の中でスキルを実行することを念じればできるわ」

「えっ、ほんとうに鍛冶合成だけ? 他には? 炎を出すとか、風を起こすとかはなく? これだけ?」

「それだけね」

「ほんとうに?」

「ほんとうよ」

「何かの間違いとかじゃなくて?」

「うるさいわね! ほんとうよ! 何の間違いなくね!」

「嘘……だろ……」


【悲報】 異世界で手に入れたのは鍛冶合成のスキルでした


(あ、あんまりすぎるだろ……)

 せめて戦闘スキルならば、楠男だってここまで絶望しなかった。しかし、鍛冶合成とか、ダンジョンに行っても全然使えそうにない後衛職のスキル。完全なるハズレスキル。そもそもダンジョンで戦う鍛冶合成屋とか聴いたことがない。

 ゲームとかだったら、主人公の拠点地にいるだけの存在。あとは、隠しダンジョンを見つけて提供するようなモブキャラ。そんなスキルを手に入れても、戦いようがない。チートスキルさえ持っていれば、異世界で無双できたというのに――。

「――意外ね。まさか、こんなスキルだったなんて……。あなた、昨日の傷治っているわよね?」

「あ、ああ。骨折したんじゃないかって痛かったんだけど、すっかり治ってるな。もしかして、勝手に言葉が翻訳されているのと同じように、治癒速度も速くなっているのかな?」

「いいえ、アリスは普通の速度で治っている。だから、あなた固有のスキルが関係していると思ったんだけど、どうやら思い違いだったかもしれないわね」

 スキルは原則的に、一人につき一つしか持てない。

 例外は多少あるが、鍛冶合成のスキルと、治癒のスキルの両方を持っていることなんてありえない。スターテスの情報は第三者の介入による改竄行為でもなければ、絶対のはず。

 ということは――と、何やら思案顔のキャサリンは、やがて提案する。

「――そうね、色々と試した方がいいかもしれない。ここじゃあれだし、場所を変えるわよ」


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