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05.異世界で奴隷ハーレム

 ゲームは終わった。ルールで縛られていた結界が破れ、今まで出入りできなかった場所への移動が可能になった。――――――そして、ゲームクリアのボーナスのように新しい扉が開かれた。

「…………あ」

 出てきたのは、楠男の顔見知りだった。

 じわっ、と視界が歪んだ。

 この現実世界と異なる世界に来て、一時間も経っていないはず。眼前の少女と会っていない時間は、きっと二十四時間もない。 そのはずなのに、楠男はとんでもなく懐かしく感じていた。涙腺が緩むほどに。


「アリス、か?」


 アリスは生きていた。生きていてくれた。アリスが殺された現場を家政婦のように目撃してしまった楠男は、殺されてしまった。それでもこうして生きているのだから、もしかしたらアリスも……? と淡い希望を抱いていた。

 それでも考えないようにしていた。何故なら、小さい希望が潰れた時、より大きい絶望が心に襲いかかってくるものだから。だけど、もういいのだ。もう、泣いてもいいのだと分かると、人目もはばからず涙を流していた。

 男なのに。

 もう、高校生なのに。

 それなのに、年下のアリスよりも先に泣いてしまっていた。

「……馬鹿……。生きてたんだったら、もっと早く会いに来てよ……」

「お、お前こそ!」

 楠男に釣られて、アリスももらい泣きする。まるで三文ドラマのような滑稽な台詞だが、それしかでてこなかった。グスッ、グスッ、と鼻をかみながらも、懸命に言葉を紡ぐ。

「……良かった。ほんとうに、良かった」

 駆けだしたアリスの眼が涙で滲んでいたせいで、こけてしまった。ダイブしてきたアリスを、楠男は思わず腕を広げて迎える。


「おにいちゃん」


 楠男はアリスを抱きしめるが、抵抗はない。それどころか、腕を背中に回して力を込める。

「久しぶりだな。その呼び方も……。最初に会った時以来か?」

「おにいちゃんが、おにいちゃんがだめだっていったんでしょ? おにいちゃんって呼んだら周りの眼が気になるって。……でも、もう、いい。私の勝手にするよ?」

 義理の妹の渾身のデレ。

(か、可愛いな……)

 普段絶対言わないようなことを言ってくれていて、聴いているこっちが恥ずかしいが意識しないようにつとめる。

「ああ、ここは異世界だから、もう好きに呼んでいいよ。――アリス」

 アリスは義理の妹で、同じ屋根の下暮らしていた。

 交通事故で死んだ両親と、アリスの両親は仲が良かった。たまに家族ぐるみで遊んでいたから、彼女の家族との共同生活はそこまで抵抗はなかった。

 だけど、問題なのは周りの眼だった。下衆の勘繰りと言えばいいのか。楠男は、アリスとできているんじゃないかって、ご近所さんや学校で噂を流されたことだってある。

 だから、人前では砕けた口調で話すことは控えるようにしていた。でも、ここは異世界。そんな二人の小さな事情なんてどこかに吹き飛んでしまった。

「――というか、この格好はなんなんだ?」

 そう。抱きしめて、やっぱり楠男が最初に気になったのは服装やら、首に着けている者だった。メイド服に、首には首輪がつけられていた。それは、奴隷の証のようだった。

(も、もしかして、アリスもあのキャサリンと全財産を賭けてゲームをしたのか? そして負けてしまって奴隷になったとか、そういうオチか?)

 ファンタジー世界の奴隷の恰好だというのに、妙に似合っているのは髪の色のせいだろうか。あまりにも違和感がなさ過ぎて、楠男はちょっと可愛いとさえ思ってしまった。

「そ、そんなことはいいでしょ! そんなことより、一ヶ月も、どこに行ってたの? おにいちゃん?」

「は、はあ? いっ、一ヶ月? もしかして俺達は一ヶ月も会ってなかったのか?」

「そうだよ? 何言ってるの?」

 きょとん、としたアリスは嘘をついている様子はない。

 まさか一ヶ月も楠男は空を漂っていたとか、そんな荒唐無稽な話ではない。気絶しぱなっしだったら、もっと起き上がった時身体がだるかったはず。

 だとするなら、いったいどういうことなのか。とにかく、アリスからもっと情報が欲しかった。

「なあ、俺達の記憶は合っているのか? バスが崖から落ちた事故は憶えているよな?」

「お、憶えているって。それが一ヶ月前のことでしょ?」

「一ヶ月? 精々、何時間か前のことなんじゃないのか?」

 時間の体感がまるで違っていた。

(まさか――時差――か? 外国に旅行しに来たわけじゃあるまいし……俺とアリスは今、同じ場所にいるから、時差とはまた違うか……?)

 楠男達といた世界と、この異世界。時間の流れる速度が違うと仮定すれば、説明はつく。

 地球での一分が、異世界では一時間。地球での一時間が、異世界では一日。――みたいなものだとしたら?

(――そうだとしたら、絶望的かもしれない。バスに乗っていた他の人間を探すのは……)

 バラバラの時間軸でこの異世界に転移させられていたとしたら、もしかしたらこの酒場付近にはもういないかもしれない。もしくは、この異世界に来ていないかのどっちかだろう。

「――それに、お前は、あの時確かに――」

「うん。私は殺された。記憶の片隅に残っている。ナイフで滅多刺しにされたことを。そして、この異世界で目覚めた時は、自分の頭がおかしいのかって思ったけど、寝ても覚めても、この偽物フィクションみたいな世界から、私は逃げ出すことはできなかった……」

「……そうか。やっぱり、ここは俺達のいた世界じゃないんだな……」

 すぐに帰れるという訳ではない。再会の喜びに浸りたかったが、冷や水を浴びせられたような気分になってしまった。二人とも、あのレイルトレーサーみたいに顔面血だらけの人物に殺されてしまった。

 そこから楠男は記憶がない。気がついた時には、異世界の空の上にいた。異世界転移のトリガーとなったのはやはり、殺されたこと。

 もしもこの異世界が異界。――つまりは死者の都だとしたら? 涅槃、あの世、天国地獄、呼び方はなんでもいい。だが、死ぬことこそが異世界転移の条件だとしたら? それが真っ先に思いつく地球へ帰る方法。

 しかし、試してみる度胸なんて、どこにでもいる普通の劣等生にあるわけなんてなかった。あとできることといえば、その不透明な転移方法を調査する必要性がある。

「でも、帰る方法に心当たりがないわけじゃないな……」

「え? ど、どうやって?」

「俺は知らないよ。だから、直接訊けばいいんだよ。俺達をここに連れてきた奴にな」

「そ、それって、私達を殺した犯人ってこと?」

「そうだよ。どうして俺達をこの異世界に連れてきたのか……。目的は分からないけど、俺達を殺した犯人イコールこの異世界に俺達を連れてきた奴なはずだ。じゃなきゃ、あんなところで俺達を殺す意味が分からない……」

「そうだよね……。でも犯人を捜すって言っても手がかりが……」

「手がかりも何も、俺達二人を抜いたバスの乗客なんて一人しかいないだろ? それに、バスの運転手。二人しか容疑者はいない。そうだろ?」

「…………」

「――? どうしたんだ? アリス。何か気になることでもあるのか?」

「えっ、ううん。なんでもない」

「そうか……」

 アリスが分かりやすく眼を泳がせている。

 何か気がついてことがあるように見える。しかし、それを隠そうとする理由が分からない。訊き返そうとすると、

「は、は、はぁくしょんっ!!」

「なに、風邪でも引いたの?」

「いや、ただ、ちょっとさっきまで濡れていたせいかな?」

「大丈夫ですか? 雨で身体を冷やしたんじゃないんですか? ご主人様」

「いや、だいじょ――って――」

 シルフィに普通に返答しようとするが、


「「ご、ご主人様ぁ!?」」


 ありえない称号に、楠男とアリスは声を合わせて驚く。

 その言葉を合図にしたかのように、どこから現れたのかぞろぞろと奴隷メイド達が姿を現した。

「――まさか、あのキャサリン様が負けるなんて……。初めて見るかもしれないですの」

「すっごいねー。しかも、マスターが一番得意なゲームで倒したんだもん! 信じられないよー」

「――これが男の異世界人か。興味深いわね」

「そんなことどうでもいいのだ! さっさと我が飯を用意するがいい!」

「まったく、こんな時だっていうのに……ダルクはいつも通り過ぎますね。わたくしが軽食を作って差し上げますから少々お待ちなさい。今は、私達の新しいご主人様にご挨拶する大切な時間なんですから」

 背中に妖精のような羽が生えた幼女、魚のエラのようなものがついた半魚人、頭に角を生やしている鬼の娘、鎖を全身に巻かれた竜族、肌の露出の多い改造メイド服を着こんでいるサキュバスが、次々に言葉を発するが、楠男の頭には全然入ってこない。

 いきなりすぎて、脳みそがついていけていないのだ。

「キャサリン様が持っていた奴隷の所有権も、金貨に換えました。それでも支払い終えることはできなかったので、奴隷の所有権があなたに自動的に移行しました。それに、キャサリン様もあなたに借金を作ってしまったので、キャサリン様もあなたの奴隷となりました。――なので、キャサリン、ヨルズ、フレイヤ、シルフィ、レドラ、ノイン、ダルク、ティンカー、ホルン、アリス――総勢十名。私達はもうあなたの奴隷です。末永いご寵愛をお願いします」

 ディーラーも務めたシルフィが、色々とまとめてくれた。

「異世界で、奴隷ハーレム……だと……? ずいぶん、モテない男のロマンを分かってくれるじゃないか……」

「ちょ、ちょっと、もしかして、私も!?」

「そうです。皆さんの首輪を、楠男様の名前入りのやつにつけかえなばなりませんね」

 アリスもメイド服で奴隷の証の首輪をつけていた。

 だったら、もう答えは決まっている。

 据え膳食わぬは男の恥。もう少しで奴隷になりそうだったのだ。それはそれで、とある業界ではご褒美になりえるが、楠男にはそんな趣味はない。

 全財産を賭けたロシアンルーレットの対価にしては申し分ない。

 そして、ここは日本ではなく、異世界。倫理観とか、周囲の目などといった邪魔なものは一切ない。これでこんな最高な申し出を断るような奴は、ただのムッツリしかいない。世の男性は、二種類しかいない。オープンなスケベか、ムッツリなスケベかの二種類だ。だからきっと――


「だが断る」


 間違いなく、楠男は相当ハイレベルなムッツリだった。


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