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24/24

24.告白

 トリスタンを倒してから数日後。

 シックスは、バルゼの街を一望できる丘の上で待ち合わせをしていた。身体の傷も癒え、そして精神的にも落ち着いたので、ずっと先延ばしにしていたことを解決するためにここに来た。

 夜空には敷き詰められたような星々と、煌々とした光を発する二つの月が顔を出している。眼下にも光がポツポツと灯っていて、人の営みが垣間見えてとても綺麗だった。日本と違って夜中には格安の屋台が開かれ、毎日がお祭りのようだった。ここからの景観は、シックスの生まれ故郷と異なる世界に来たことを否応なしに感じられる。だからこそ、ここに呼び出したのだ。――――――シルフィを。

「話があるんでしたよね?」

「……ああ」

 暗がりから姿を現したのは、シルフィ。他の誰にも悟られないように酒場を抜け出すように言い含めていたので、多少時間はかかったようだが後ろには誰もいない。尾行されている様子もなかった。どうやら一人で来ることには成功したようだ。肩で少しだけ息をしながら、いつものようにメイド服を着こんでいる。垂れ下がっている猫耳は何か不安を抱えているようだったが、それも当然。シルフィには、これから話す内容を全く明かしていない。

 いつもと違った真剣な頼み方に、何か粗相をしてしまったのかとシルフィは内心でビクついていた。だけど、話はそんな単純なものではなかった。

「悪かったな、お前の兄貴のこと」

「い、いいえ。こちらこそすいませんでした……。私の問題にシックス様を巻き込んでしまって……」

「お前の問題は俺の問題だ。それが雇用主としての当然の責務だろ?」

 シルフィのことを助けたいと思ったのは責務とか義務とかそれだけじゃなくて、同じ兄貴として見過ごすことができなかったから――そして、もっと別の何かの感情に突き動かされたからだ。その何かを明確に表現するのは難しいけれど、あえて一言で表すなら、

(あいつなんかに、シルフィを渡したくない)

 ――それが今は一番適切な表現な気がした。それを口にするのは、なんとなく今の関係性が崩れるような気がしたせいで憚れた。

「あの、ずっとお聴きしたかったんですが、いいですか?」

「ああ、なんでも」

「私の兄は、どうなったんですか?」

「――生きているよ」

 あの日。ゴブリンをけしかけて、トリスタンを蹂躙させた。普通ならば死んでもおかしくなかったが、攻撃を受けている途中でいつの間にかトリスタンは忽然と姿を消した。

(きっと、あいつはもう一つのメモリーキューブを持っていたんだ……)

 初めから使っていれば窮地に陥ることなく逃げることができたのに、ギリギリまで使わなかったのは己のプライドのためだろう。たかが異世界人に背を向けるわけにはいかない。だけど、きっと、それだけじゃなかった。

(――シルフィのために、退かなかったんだ)

 それは、ただのシックスの想像――というよりは願望だった。シックスはトリスタンがただの自己満足のために戦ったのだと思っていた。だけど、たったそれだけのために、あそこまで食い下がれるとは思えなかった。

 妹のことを大切に思う気持ちは、間違いなく本物だった。それを肌で感じたのは、シックス自身だ。

「おかしいよな? あいつは確かに生きている。なのに、また俺達を襲いに来ない。どうしてだろうな? あいつの性格からしてまたすぐにでもシルフィを攫いに来そうだけど」

「兄は自分が敗北したことを触れまわられることを恐れているんだと思います。だから今は他の人間に情報が拡散しないように奔走していて、そんな暇がないんじゃないでしょうか? ……ただ、事が露見されるのは時間の問題だと思います。兄が酒場に来たことを目撃した方々もいるでしょうから」

「なるほどね……」

 最後の命乞いのようなトリスタンの言葉は、まんざらその場しのぎではない。冒険者ギルドは一つではなく、各地に配置されている。その抑止力たるトップが、異世界人に倒されたという噂が広まれば何かが起こる。革命や地域間での争いの種火がまかれるかもしれない。

 図らずも、トリスタンが危惧していた最悪の事態に陥る可能性がでてきた。会話から滲み出てくる先見の明は確かなものだった。

「お話って、もしかしてこのことですか? 他の人の眼がつかないところでお話がしたいっていうから、私、変な期待しちゃったんですけどね……」

「変な期待?」

「いえ! すいません! なんでもないです!」

 嫌に頭を振って否定するが、シックスには言いたいことがよく分からなかった。だから、ようやく重い口を開く。

「分かった。本題を話すよ。大切な話だから心して聴いて欲しい」

「はい、分かりました」

「俺、実はずっと前から……うん、シルフィと会ったその日からずっと気になったことがあったんだ……」

「……えっ……?」

「俺、怖くてさ。本当はずっと前から分かっていたんだ。だけど、確証がなくて、ずっと黙っていた。だけど、ようやく今、この瞬間言う勇気を持てたよ……」

「それって、シックス様のお気持ちのこと、ですか?」

「いや、その、さ。とにかく、俺はシルフィのことをずっと想っていたんだ。だから、きいて欲しい。ずっと言おうとして言えなかった言葉を……」

「は、はい……」

 胸の前に両手を重ねあわせ、覚悟を決めるように唇をギュッと引き締めるシルフィ。どうやらシックスの言いたいことを半ば予想できているようだった。だったら、迷いなく告げることができる。


「犯人はお前だ」


 創作物にしかでてこないような名探偵のように、指をさす。

「………………え?」

「だから、犯人はお前だって言ったんだ。俺とアリス、そして恐らくバスの乗客全員を殺し、そして、この異世界に俺達を無理やり連れてきた全ての元凶、ラスボス。――その犯人は、お前だっ!!」

「……………………なんだ、そのことですか」

「やっぱり、否定しないんだな」

「ええ。指摘されたら素直に答えるつもりでしたよ。ただ、このタイミングで言われるのは想定外でしたけど」

 憔悴したようにシルフィは話す。

(やっぱり、覚悟はしていても実際に告げられるとショックなんだろうな)

 露骨に肩を落としているシルフィに少しばかり同情してしまった。

「どうして、気がついたんですか?」

「気がついたもなにも、俺に教えていたようなもんだろ。あれだけヒント盛りだくさんに出されたら、流石の俺も気がつく」

 日本料理を出した時や、宿屋のシャワーヘッドや、普段の言葉の端々にいかにも私は怪しいですと告白するようなことがたくさんあった。

 何が原因でバスの事故が起きたのかを考えると、犯人への手がかりになった。バスは、まるでいきなり目の前に現れた何かを避けるために、ハンドルを動かしたような動きをした。

 その原因こそが、シルフィだったと考えれば説明がつく。

 犯人はレインコートを着込んでいたが、日本でレインコートを使うのは通常、自転車に乗る時。だから、バスの乗客がレインコートを持っているのは考えられなかった。だからあのバスに乗っておらず、そしてすぐ近くにいた人間となると、事故の原因となった人物が一番怪しくなる。そもそもスキルを持ってなければ、シックス達を異世界転移できないので、現実世界の人間なんて犯人な訳がなかったのだ。

そして、異世界人であり、ずっとシックス達の傍にいて監視できた人物で、なおかつ異世界転移できるようなスキルを持っている。それらの要素に全て該当するのは、シルフィしかいなかった。

 彼女の『秘密の宿屋シークレットベース』は空間と違う空間を繋げることができるスキル。ならば、異なる世界を繋げることだってできるはずだ。それはつまり、異世界転移できるスキルということになる。

「それにさ、言っただろ? 俺はお前に会った初日に怪しいと気がついたんだ」

「どういうことですか?」

「異世界転移する前、俺は雨に濡れていた。そしてこの世界へ転移して、キャサリンとのゲームが終わってから、俺はくしゃみをした。それは憶えているか?」

「ええ、もちろん。そして、私はそれを心配して、雨で身体を冷やしたのかと心配しましたよね?」

 あの時の会話を反芻する。


――は、は、はぁくしょんっ!!

――なに、風邪でも引いたの?

――いや、ただ、ちょっとさっきまで濡れていたせいかな?

――大丈夫ですか? 雨で身体を冷やしたんじゃないんですか? ご主人様


 こんな風に他愛のないような会話だった。

「そこなんだよ。そこで俺はお前が怪しいと思ったんだ」

「…………? どういうことですか?」

どうやらヒントではなく、無意識に出た言葉だったようだ。きょとんとしているシルフィは、致命的なミスを犯したことに気がついていないようだった。


「どうして、俺がに濡れたなんてお前は知っているんだ? 俺は確かに濡れたとは言ったけど、一度もに濡れたなんて言ってないのに――」


 決定的な指摘をする。

「あっ!」

「アリスにも一応聴いたが、あの時雨が降っていたことは、誰にも話していないらしい。だから、俺が雨に濡れたなんて知っているのは、あの事故現場に居合わせた奴だけだ。あのバスの中にお前はいなかった。――つまり、シルフィが犯人ってことになるんだよ」

「なるほど、確かにそうですね」

「まあ、俺みたいな馬鹿でも気がついたのは、アリスのおかげなんだけどな。あいつと犯人について話し合った時に、何故か言い淀んでいた。あの時、アリスは犯人について勘付いていたんだって分かった。そして思ったんだ。普通だったら、確証はなくても俺に犯人候補を告げるはずだよな? だけど、俺には言わなかった。それは、何故か……」

「どうしてですか?」

「庇ったんだよ、シルフィのことを――」

「え?」

「あの酒場の面子の中でシルフィが一番俺達によくしてくれた。面倒を見てくれた。だからアリスもきっと感謝していたんだ。だから、言うのを躊躇ったんだ」

「……そう、ですか。そんなことをアリスさんが私に対して思ってくれたなんて、考えもしなかったです。――私は、ただ罪滅ぼしをしたかっただけですから」

「俺達を殺したことか? それともこの異世界へ転移させたことか?」

「そのどちらもですよ。道路に出たのは私の不注意だったんです。私のせいでこんなことになって、どれだけ謝っても謝りきれません。ごめん、なさい……。だけど、もう全部が白日の下に晒された今、私はもうあなたに殺される覚悟はできています。あなたを殺したあの時から、ずっと。――だから――私を楽にしてください。私を殺すことで、シックス様は帰るべき場所へ帰ることができますから」

 やっぱり、シルフィは、シックスが思っていた通りの女性だった。ずっと悩んでいたのだ。バスの事故で人を殺してしまったことを。だったら、シックスもやることは一つだけだった。


「いや、俺は一度たりとも元の世界へ帰りたいなんて言っていないけど」


 やるべきことは、ただただありのままの気持ちをぶつけることだけだった。

「ええ? でも、ことあるごとに言っていましたよね? 異世界へ帰る方法を見つけるって?」

「見つけるっていっただけだよ。本心から帰りたいって言っていたのはアリスだけ。俺は帰る方法を見つける――つまり、俺達を殺した張本人を見つけることが目的だったんだ……」

「そうですか……。そんなに私のことを恨んで……」

 いいや、むしろと首を横に振ると、


「ありがとう、俺達を殺してくれて」


 ずっと言えなかったお礼を言う。

「……………………え?」

「俺さ、ずっと考えたんだ。犯人の目星はついていたんだ、ずっと前から。だけど、どうして俺達を犯人は殺したのかなって考えていた」

「……快楽殺人だったとは思わないんですか?」

「それはないな。だって、あの雨の中、犯人は――――泣いていたんだ。最初は気づかなかったけどさ、よくよく思い出してみたら、シルフィは泣きながら殺していたんだよな。お前が俺達を殺したのは、スキルの発動条件があったからじゃないのか?」

「それは……」

 スキルにはそれぞれ発動条件が必要となる。それに、厳密に突き詰めるならば、一つのスキルに、一つだけの特殊能力しかつかない、というわけではない。それは、シックス自身のスキルが証明している。だから、シルフィにも異世界転移するスキルがあり、なおかつそれなりの発動条件があるのは、とても自然なことように思えた。

「どうして、自発的に告白しなかったのかなって思ったんだ。ヒントだけをだして、どううしてそれを、どうしてしなかったのか……それは――本当は殺したり、死んだりするのが怖かったからじゃないのか? 発動条件が『死』なら、転移させる人物を殺さなきゃいけない。――それに、きっと、自分自身も殺さないと発動できなんだよな? じゃなきゃ、私を殺して欲しいだなんて言わないよな? もしもそうだったら、説明がつくんだよ。今までの全ての行動に――」

 シルフィは、シックス達を再び殺すことで元の世界へ帰すことができる。だけど、その勇気が出なかった。自分が死ぬのも怖かった。それでも自分の罪を背負い続けるのが辛くて、あからさまなヒントを出し続けていた。断罪の剣を他人に託し、それに斬られることを望んだのだ。

「その通りです。私の異世界転移のスキルは、対象者が死んでいなければならないのが発動条件です。対象者を殺した後に、私自身が私を殺し、そしてようやく発動できる。それに、他にも条件があるんです」

「条件?」

「それは、傷を完治させることができるのは、その対象の人物が傷を負ってから四時間以内という条件があります。だから、私自身の手で殺さなくてはならなかったんです。もしもそのまま放置していれば、あなた達は出血多量で死んでしまうかもしれないぐらいに、重症だった。死ぬよりも、生きて異世界転移させた方がいい。そんな風に思って、私は自分糧にあなた達の意志を訊かずに殺しました」

「そうか、それで……」

 もしも、シルフィが懇切丁寧に発動条件を説明したとしてもそれは成功しない。今からあなた達には死んでもらいます、なんて言っても首を縦に振る自殺志願者はいないだろう。今から異世界転移してもらいますなんて説明で納得する非常識な奴もいない。だから、問答無用で殺すしかなかったのだ。

「それに気がついたのは、結構最近です。自分が死んで、あの世界に転移してから知ったんですけどね……。それから、バスの事故で死んでいた二人はそのままこの世界へ転移させましたが、後の二人――つまり、シックス様とアリス様は私が殺さなけれならなかった……」

「その場で生き返らせることはできなかったんだろ?」

「はい、私のスキルは異世界転移させなければ、生き返らせることができません。あのままみなさんを放置していたら、出血多量で死んでいたかもしれない。ですが、私の異世界転移のスキルなら、無傷になって生き返ることができます。ただし、慣れていないせいで、自分の思うような時間や場所に転移させることができないせいで、他の二人の居場所はまだつかみきれていないんです」

「だったら、探そう、一緒に――」

「え?」

「アリスは俺が説得する。まあ、あいつもシルフィや自分を殺してでも元の世界へ帰りたいなんて言わないと思うけどな」

「何を言っているんですか?」

「あ? だからさ――」

 もう、死んでしまうバッドエンドはごめんだ。誰かを犠牲にしてまで、帰るべき場所へ帰るつもりなんてない。だって、


「一緒に生きて、同じみらいを歩いていこうって言ってるんだよ」


 きっと、まだルートはある。人生にリセットボタンがなくても、誰もが笑っていられるハッピーエンドが、きっとどこかにあるはずだ。

「うっ……うっ――――はい」

「シルフィは、泣き虫だな……」

 泣いている顔を隠すために、ひしっと抱きついてきたので、シックスは抱き返す。

(また、泣かせてしまった……。もっと、笑った顔がみたいな)

 シルフィが死ななければスキルが発動できないということはつまり、もしも強硬手段を使って今の状態で異世界転移すればどうなるか? シルフィももれなく現実世界へご招待ということになる。彼女のスキルは片道切符だ。もしも、彼女が死んだままでいいならば、ここに彼女の死体は置き去りでさようなら。君の犠牲は忘れないよ、みたいな空々しい台詞を用意しなければならないだろう。そんなの、アリスだって認めるわけがない。

 だから、どっちにしろ無理だ。シルフィが元の世界で暮らすことも視野に入れればまだ帰られる。だが、やはり、もう二度と誰も死なせたくない。誰もが笑っていられるルートを模索したい。

 つまり、これで完全にふりだしに戻ったということだ。

 だけど、他にも異世界転移させることができる人物か、ダンジョンアイテムを探せばいいだけだ。複数人の異世界人がいるのだから、きっと、たくさん方法はあるはずだ。

「どう、するんですか? もう、手がかかりはないんですよ」

「なんとかするよ。異世界へ帰る方法をとにかく見つけ出す。何も切り捨てない方法で、いつか必ず――そして、俺は――」

「帰るんですか? 現実世界へ」

「分からない。帰るかどうかなんて。この世界だって俺にとっては本物だから。だから、帰る方法を見つけて、そして、それから決めるよ。帰る方法もみつけずに異世界へ居座っていることも、ただなんとなく元の世界へ帰りたいっている異世界人も、俺にとってはどっちも思考停止。ただ状況に流されているだけだ。だから俺は、ちゃんと考えて、ちゃんと自分の気持ちでどっちか決める。俺だけの未来こたえを見つけ出す。――絶対に」

 異世界転移したどこにでもいる普通の落第生が手にしたのは、どうしようもないハズレスキルだった。それでも懸命にここまできて、帰る方法を見つけた。だけど、結局は元の世界へ帰ることができなかった。それでもこの世界で生き続ける。まだ見ぬ未来をつかみとるために。希望を捨てないために。弱くとも、強く――。

「俺達の異世界生活たたかいはこれからだっ!!」


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