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21.妹と兄

 とある日の昼下がり。本日の昼ごはんの献立は、ナポリタン。卓の真ん中にドンッ!! と鎮座している巨大な皿から、シルフィが取り分けてくれる。卓に置かれている皿の数は三つほど。既に小皿に取り分けているキャサリンは少し離れているカウンター席で、ちびちびと先に食べている。食事というよりかは、脇に置いてある酒を呑むための肴。今日もアルコールを浴びるほど摂取していく。

「ナポリタン……これも、日本発祥じゃなかったか?」

「え、そうなの? ナポリじゃないの?」

「……ナポリってどこだっけ?」

 ド忘れしてしまっていた。質問してきたアリスならともかく、都道府県の場所を正確に言えることすらできないシックスには少々難解な問題だった。

「お口に合いませんでしたか?」

「いや、全然。というか、凄い美味いよ、これ」

「うん、確かに。まかないとは思えないぐらいおいしい。メニューとして出せばいいのに」

「それは、よかったです」

 シルフィはにこりと微笑む。

(あのストーカー事件、少しは吹っ切れたのかな?)

 モンスターテイマーを冒険者ギルドに連れて行ってから、数十日。その間、シルフィは時折悲しそうな顔をするが、その頻度も少なくなってきた。むしろ、以前より笑顔を見せてくれるようになった。

 そして、料理の腕は以前と全く変わらずに最高だった。

 シルフィが作ってくれたパスタは客に出すメニューの残り物で作ったにしては美味しかった。事件直後は仕事でミスが目立っていたが、眼前のパスタは頬が落ちるほどだった。フォークで、ツルツルの麺を巻き取るのがはかどる。

(確か……。本場だとスプーンを使うのは子どもだけだった気がする。大人ぶってフォークだけで喰ってやるっ!!)

 意気込みながらシックスはナポリタンを口に運んでいく。

「これだけ、異世界転移の手がかりなしだと、やる気削がれるなー。なんだか、ほんとうに雲をつかむような話に思えてきた」

「……そうね。なにか新しい情報はないんですか? キャサリンさん」

 カラン、とグラスの中の氷が動く音がした。

「――新しい情報はないわね」

「昼間っから酒飲んでるアル中にちゃんと話している内容理解できているのかよ」

「そこ!! 小声で言っているの聴こえてるぞっ!! 酔ってないからいいのよ。ここは酒場なんだから、お酒も満足に飲めない子どもが口出ししないでよね」

「そう、ですか。やっぱり。はー」

 アリスがため息をつく。

「まあ、異世界転移はできないけど、空間転移のダンジョンアイテムならあるわね」

「空間転移? それって、瞬間移動テレポーテーションですか?」

「まあ、そんなところかな。任意の場所に転移できるダンジョンアイテム――『記憶置換メモリーキューブ』っていうんだけどな」

「……メモリーキューブねぇ。それさえあれば、どんなところでも行けるのか?」

「いいえ、どんなところにでも行けるっていうわけじゃない。自分が一度行った場所だったらどこにでもいけるってだけの代物よ」

「ゲーム風に言うと、記憶をメモリーキューブにセーブし、それをロードするってことか? だったら、他人の記憶をセーブしたメモリーキューブをロードすることも可能なのか?」

「――それは、可能と言えるわね。他人のメモリーキューブを使えば、自分の行っていないところだって行ける」

 はっ、とした表情でアリスはスプーンとフォークを置いた。

「――あの、それって、自分の記憶の残っているところに転移できるダンジョンアイテムなんですよね? ――ってことは、もしかして――――」

 アリスは気がついてしまった。


「私達異世界人が使えば、元の世界に帰られるんじゃないですか?」


 この世界に来てからずっと見つけることができなかった一筋の光明を。

「…………そうかもね」

「なっ! だったら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか?」

「意味がないからよ。あなた達に教えてもね」

「でも、試してみる価値はあるはずです!」

「そういう問題じゃないの。もしかしたら、使用すれば元の世界へ戻れるかもしれない。だけど、あなた達がメモリーキューブを手にすることはないでしょうね」

「どうして、そんなことがいえるんですか?」

 グッ、と強めの酒をあおる。ふー、と息を吐くと、グラスを持つ長い指を引き剥がし、また酒を注ぎだした。

「メモリーキューブは元々稀少なのよ。それだけじゃなく、一度使用したら、消えてなくなってしまう。一番入手しやすいのは、高難易度のダンジョンで拾っていう方法だけど、それでも滅多に手に入らない。今のあなた達では第一階層を突破することすらできないぐらいのダンジョンでね。金で買うにしても市場に滅多に出回らない。出たとしても、冒険者ギルドがすぐに回収してしまう。だから実験しようにも実験ができない」

「冒険者ギルドって、そんなこともするのか?」

「まあ、あなた達の世界で例えるならば、市役所とか郵便局とか警察署とか、様々な公的機関がまとまっている世界最大の組織といっていいわね。冒険者ギルドのギルド長は、一国の王に匹敵するほどの権力を持つ者もいると聴くわ」

「うわー、組織を細分化していないとそうなるのか……。ダンジョンアイテムの独占って、なかなかエグイことしているみたいだな。俺が冒険者ギルドへ行った時はそんな感じはしなかったけどな」

「どんなものにも、表の顔と裏の顔があるってことよ。――実際、冒険者ギルドが世界各地に設立されて、ダンジョン犠牲者が激変したっていうんだから、悪いことばかりじゃないわよ。あなた達だって情報を得たり、身分を保証してもらったり、成功報酬をもらったり、そういう恩恵は得ているんだから、あまり大きな声で悪口は言わない方がいいわよ」

 ギシッ、と板張りの床が軋む。


「その通りだよ、ギャンブル中毒者」


 酒場の中に、いつの間にか見知らぬ男が立っていた。シックスは全く気配に気づかない内に店内に入ってきたところから、かなりの腕前であることを物語っていた。

(こいつ、ただの客じゃない。熟練冒険者か?)

 その割には相応の装備品を身に着けてない。身に着けているのは装備品というよりかは、装飾品が多い。胸元には豪奢な金の勲章がつけていて、黒を基調とした服を着こんでいる。清潔感に溢れ、普通の立ち方すら絵になるぐらい姿勢がビシッとしている。

 長い前髪。顔は色白で童顔。年齢に関係なく異性からは好意を持たれてもおかしくないぐらい、顔の造形は整っている。無駄な筋肉はついておらずに細身。屈強な冒険者というよりかは、デスクワーク派といった風貌をしていた。

「ボクはあまり君のこと好きじゃないんだけど、君のその頭の良さは嫌いじゃないね。分を弁えなきゃ、クズはクズらしくね」

「…………私のことを知っているとは光栄の極みです。――バルゼ冒険者ギルドのギルド長」

「ギルド長? こ……こいつが?」

 嫌味な言い方をしながらも、先ほどから酒を呑んでいた手を完全に止めて立ち上がるキャサリン。どんな相手だろうと不躾な態度をとるキャサリンが、椅子に座りっぱなしで話してはいけないほどの権力者だ。

「君のことは良く聴いているよ。弱い者から金銭をまきあげるのが趣味だとか。あまりいい趣味だとは言えないが、今はその問題は不問にしてあげよう。もっと大きな問題は、他にあるからね」

「なんだ、あんた? 何しに来たんだ?」

 唐突に表れたと思ったら、高圧的な態度で話す冒険者ギルドの長に、シックスは内心イライラしていた。二人の間に割って入って文句の一つでも言ってやりたかった。だが、それは結果的には最悪な行為だった。ガシッ、とシックスは頭をつかまれ、テーブルへと勢いよく押し付けられる。

「きゃああああああああああああ!!」

アリスの悲鳴と共に、テーブルの上のグラスや皿が割れる。

「――がっ――なっ!?」

「誰が口を聴いていいと言ったんだ? この偽物がっ!!」

「お前――――」

 ギロリ、と睨みあげる。未だにシックスの後頭部に手が乗っている。物凄い力で上から押さえつけられているその腕を手に取る。

「お? なんだ、その顔は? 抵抗するつもりか? クズのくせにプライドだけはあるみたいだな」

 地面に落ちた蝶を嘲笑するかのように、見下してくる。シックスはいい加減、その余裕ぶったにやけづらにイライラしてきた。そのまま腕に攻撃を仕掛けようとするが、

「やめろ! そいつに手を出すな!!」

 キャサリンの大声に一瞬怯んだ。

「そうそう。そこの異世界人も手を出さない方がいい。もしも君達がボクに手出しなんかしたら、ここにいるみんなの居場所がなくなっちゃうよ?」

 アリスも『冒険の記録ホワイトアルバム』を出して構えていてくれたが、スッと腕を下げた。

「………………」

「ふん。最初から、そうやって偽物は黙っていればいいんだ。ボクは君達みたいな、この世界に潜り込んでいる異物を、死ぬほど嫌悪しているからね。本当は関わり合いたくなんてない。この場にくるのも嫌だったんだ」

「――護衛もなしに、ギルド長がこんな埃被ったところに何の用ですか?」

「そう、警戒しなくていいんだよ、ギャンブル中毒者。どんなものも収まるべき場所に収まるべきだって君も思わないか? ボクはただ当たり前のことを当たり前にしにきただけなんだ」

 フッ、とギルド長はずっとシックスを押さえつけていた手を放して、


「迎えに来たよ、愛しのシルフィ」


 両手を横いっぱいに広げて、シルフィを慈しむように見つめる。

「あ、あ、あああ……」

 当の本人はガチガチと、雪山にいるように歯のかみ合わせができていない。恐怖で顔の色がすっかり抜け落ちている。シルフィは眼前の人間について知っていた。

「ボクが来たからにはもう安心だよ。もう、奴隷メイドなんてならなくていい。契約のことなら、ボクがどんな手段を使ってでも破棄させてあげよう。だから、ボクと一緒に帰るんだ。昔、約束しただろ? 絶対に君を幸せにしてあげるって」

「――ぃや」

「どうしたんだい? シルフィ。もしかして、恥ずかしいのかな? 君が世界で一番愛している人が、わざわざ来てあげたんだよ? 恥ずかしがっているんじゃなかったら、もしかして、その怯えた態度――ここにいる人達に脅されているのかな? そうかあ。――――――だったら、この酒場にいる全員を処分しないといけないね」

「………………っ!」

「さあ、どうするの? 君次第なんだよ? ここにいるみんなが死ぬか、それとも生き残るかは、君の判断で全てが決まる。ね? 賢いシルフィだったら、なんて答えればいいか、分かるよね?」

 シルフィの両肩に手を当て、グググ、と爪を立てて力を入れている。脅しているのは言葉だけじゃなかった。鬼のような形相でシルフィは睥睨されていて、ついに小さな声を絞り出した。

「か、帰ります」

「うん、そうそう。君は帰るべき場所に帰らなきゃ。庭付きの豪邸を用意しているから、君の好きにするといい。なんでも言うことの聞く使用人もいるよ。どんなものだって買っていい。君が望むものならどんなものだって可能な限り与えよう。だから、もうどこにも行かないでね。君はずっとボクの傍にいるべきなんだ、分かるよね?」

「………………は、はい」

「――ッアハハ。ねえ? いい加減に素直になろうよ。なんで嫌そうに答えてるの? ボクは優しいからまだ手を出さないでいるんだよ。もっと嬉しそうに答えようよ」

「ご、ごめんなさいっ! ごめなんさいっ! 嬉しいですっ!! 私は、あなたに会えて、あなたと一緒にいれるようになってほんとうに、嬉しいですっ!!」

「うん、うん。それでいいんだよ、それで」

 誰も手出しや口出しなんてできない。誰がこの場にいようが関係ない。ギルド長に反逆できる者などいない。一国の王と同等の権力を持つギルド長に逆らえるこの世界の者はいない。たとえ、異世界人であっても、普通の人間であれば、ここで異を唱えることが、自分の死だけでなく、たくさんの人間を犠牲にすることだってわかる。そもそも、口出してどうにかなるような状況ではないことも。誰もが理解している。そう――


「お前と一緒に行くわけないだろ?」


 空気が読めないバカな異世界人以外は、誰一人として――――。

「――ハァ?」

「シ、シックス様ッ!!」

 髪の毛についてしまったナポリタンを取り除いて凄む。

「シルフィを連れて行かせるわけにはいかない。そんなのシルフィは望んでいない!! あんたがどれだけ偉いのかは知らないけど、シルフィを連れて行く権利なんてないはずだ!!」

「――権利ならあるんだよ」

「えっ!?」

「ボクの名前はトリスタン・シルバーレイン。シルフィ・シルバーレインと血の繋がった本物のお兄様だよ」 

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