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02.バインドジャッジメント 1

 抜けるような青空には、千切れた綿菓子のような雲が点在している。

 昼だというのに、月が二つ見える。

(…………二つ? 月が、二つある?)

 楠男の頭に疑問が浮かぶが、その答えを熟考する間などなかった。

 バキバキッ!! と楠男は背中から屋台骨に突っ込んだからだ。

「あがががががっ!」

 木箱の中に入っている青紫色の果実がクッション代わりになって、なんとか助かった。

 空を飛んでいた。

 というより、落下していたのだ。

 そして、どうやら出店をやっている店に突っ込んでしまったらしい。

「……いつつ」

「お、おいおいおいおいっ!! なんだ、お前!! 大丈夫か? 身体、動かせるか?」

「だい、じょうぶです。す、すいません……」

 咄嗟に柔道の授業でやったように受け身は取ったものの、身体のあちこちが痛かった。痛むところを手で押さえながら、楠男は謝るが――硬直してしまう。

 壊れたお店の店主の顔を、じっと眺めてしまう。

 失礼なのを承知の上。

 だけど、不躾に見つめるのにはちゃんした理由がある。何故なら――店主の顔はとても人間の者とは思えない――――トカゲの顔だったからだ。顔だけでなく、全身が、階段の錆びた手すりのような赤銅色をしている。

(と、特殊メイクってやつか? それにしては完成度が高すぎる。そこらの素人コスプレイヤーができるようなメイクじゃない。かなりお金が要りそうだな……)

 店主は、石化している楠男に、

「ん? どうした? 頭打ったか?」

「……いえ。ただ、ちょっと、その顔が……」

「どうした? 俺の顔になにかついているか?」

「いや、その、とてもワイルドだなって思いまして……」

「ガハハハハ! そうか! 俺はイケメンか! よく言われるよっ!!」

「うっ」

 バン! バン! と考えなしに背中を強めに叩かれる。親戚のおじちゃんみたいなウザいノリだが、怪我人相手に何を!! と、楠男は抗議しようになったが、閉口する。何故なら、そこまで痛くなかったからだ。

「あれ?」

 身体のあちこちを触るが、何故か痛みと打撲の傷の痛みが綺麗さっぱり消えている。骨折したんじゃないかってぐらいの衝突だったのに、まるでなかったことにされている。

(もしかしなくても、俺は今、夢の中にいるのだろうか)

 すると、集まってきた野次馬さん達から声が次々にあがる。

「何いってんだい! グスロー! あんたみたいな強面イケメンなはずがないだろ!!」

「そうだそうだ! その子どもがお前の顔みて金玉縮みあがって、お世辞を言っただけだってぇの!」

「あぁんっ!! なんだとぉ! てめぇら! 俺は商売よりも腕っぷしの方が自信あるんだがな!」

 服の裾を上げるグスローには、山のような力こぶができあがっていた。出店で力仕事が多いため、必然的に筋肉ができあがっている。それに、声は客の呼び込みなどもするので通常状態で大きめ、それによく声が通る。

 そのせいで、どんどん騒ぎが大きくなってきていて、周りの出店の店主達や客達も、なんだ、なんだ、と顔を出す。

 その人達の顔と言ったら、猫、犬、牛、馬、やら動物をしているのが多かった。ちゃんと、人間もいたけれど、顔の造形からして外人さんのようだった。黒髪の人は今のところ一人もいなかった。獣の顔貌をしている方々の、尻尾までついているところを見るとやはり相当完成度が高かった。

(完成度が高すぎて、日本語ペラペラなところが妙にシュールだな……)

 出店はテントみたいに布で覆われているところが多い。直射日光を遮断して、果実の劣化を防ぐためだろう。そんなところや、家と家の間に洗濯物が干しているのが見て取れると、なんだかカンフー映画で見たことがある気がした。もうすぐ役者の人があの洗濯物を干している棒で、悪人たちをバッタバッタとなぎ倒していっても、楠男は驚かない自信がある。

 劇団員、映画村、ハリウッドなどの単語が頭に浮かぶ。

 だが、どれもしっくりこない。

 やっぱり、全部夢であるというのが正解な気がする。もしくは、暇つぶしにネット小説を読んでいる楠男だからこそ、すぐにその答えに至ることができたが、ブンブンと頭を振って否定する。

 そんなはずがない。もしも、そうだったら大概、元の世界へは帰れないのだから。

「おおっ、グスローとオリアン達が喧嘩始めるみたいだぞ!!」

「そいつは面白い! だが、今日は謝月祭だ! 喧嘩はご法度だぞ!!」

「だったら腕相撲だ! 俺はグスローにバルゼ銀貨五枚!」

「私はオリアンにバルゼ銀貨十枚!!」

「じゃあ、俺はグスローに七枚だ!!」

 賭けの話で盛り上がっている。

(……日本って確か、お金賭けるの禁止じゃなかったか? 賭博罪だったか? だから、パチンコも実はグレーゾーンで、両替所がパチンコ屋の外に設置してあるとか、ないとか。未成年の俺にはよく分からないけど……)

 と、そこで大変なことを想いだしてしまった。

 楠男が落ちてきたせいで、屋台がめちゃくちゃだし、店の果実は潰れてしまっていたのだ。覆水盆に返らず。壊れる前の状態に戻すことなんてできないけれど、どうにかしたい。

「すいません、これ弁償したいんですけど」

「ああん? このぐらいいいってぇの。どうせ俺ところのりんごは人気ないからな。どうせもう売れ残るって分かってたから、潰して飲み物にしようと思ってたからちょうどよかったよ」

「――でも」

 そういうわけにはいかない。

(というか、その、青紫の果実ってりんごなのか。めちゃくちゃまずそうだな……。ペンキでも上から塗りたくっているのか、それとも世界は広いから、そういう色のりんごってあるのだろうか。――ってそういうことじゃなくて、やっぱり、お金は払わないと、弁償しないと流石に悪い)

 背中から落下したってことは、下手したら脊髄を痛めていたかもしれない。運よく死ななかったとしても、一生全身が動かなくなっていたかもしれないのだ。

 高校生だから、そんなに財布の中身はない。屋台やりんごを弁償するお金が足りなかったとしても、少しぐらいは足しになるはずだ。気持ちとして受け取って欲しい。

「餓鬼が遠慮するんじゃねぇよ! しかも、なんだ? その金? もしかして兄ちゃん、旅行者か? そんな金、見たことねぇし、ここじゃ使えねぇぞ?」

「えっ、そう、ですか。そうですよね……」

 財布から取り出した、千円札を見やってすぐにそう答えられる。淀みなどなく、まるで演技とは思えない。どうやら、本当にこのお金は使えないらしい。どうすればいいだろうか。外国へ旅行する時とかだったら、空港に両替所があるはずだけど、そういうものは近場になさそうだ。

「あの、両替するところってありますか? このお金を使えるお金に両替できるところって?」

「ああ、それならスティエラ――ああっ、とあそこの酒場が確実だな」

「酒場で両替、ですか……」

「道の正面に見えてるだろ? この道をまっすぐ行った、あそこだよ」

 酒は飲んじゃいけない年齢だが、別に飲酒しなければ問題ないだろう。

「まあ、あそこの店主がなかなかに金に詳しくてな。ここいらの連中はあそこで金のやり取りをしているんだよ。ここいらで一番の近場で、どんな金でも両替してくれるっていうんだったらあそこだが、あそこはやめといた方がいいかもな」

「なんでですか?」

「いや、金のやり取りにはしっかりしているんだが、あそこの店主は相当の変わり者だからな。何をやってくるか分からねえ。特に、あんたのような旅行者にはな。ちょっと待ってろ。俺も一緒に行ってやるから」

「いえ、そんな、大丈夫です! ありがとうございました!」

 グスローの静止を振り切って走る。

(これ以上お世話になる訳にはいかない。とにかく両替して、トカゲさんに少しでもお金渡して、この辺の事情をゆっくり聴こうっ!!)

 石畳を駆けていると、

「ちょ、待て!!」

「おっと、グスロー。逃げるんじゃねぇよ。俺とお前の一騎打ちだ」

「あっ、こら、離せ!!」

 どうやら、グスローは捕縛されたらしい。

 背中越しに悲痛の声を聴きながら、楠男は何の障がいもなく酒場へと辿りついた。西部劇みたいな開放的な扉かと思いきや、しっかりとした木製の扉だった。

 一瞬、コンコンコンとノックした方がいいかとも楠男は思案したが、よくよく考えたら店に入店するのにわざわざノックはしない。

「……すいませーん」

 扉をゆっくり、そして少しだけ開けた隙間から顔をのぞかせる。

 小さな声のせいで酒場のすみずみまで聴こえるか心配だったが、すぐ近くに店員がいたので杞憂に終わった。

「あっ、はーい。ごめんなさい。まだ準備中なんですよ! まだお酒は出せないんですよ!」

 対応してくれたのは、褐色肌で銀髪のメイドさん。

 西部劇で観るような酒場に、近代的でスカートの短いメイド服は以外にマッチしていた。

 彼女は耳が尖っていて、まるで黒エルフのようだった。快活そうな表情をしているメイドの首元には、銀色で頑丈そうな首輪をつけていた。おしゃれの一種かと思ったが、そんな飾り気などない。むしろ重々しく、まるで拘束具の一種のようだった。首輪には英語の筆記体のような文字で何やら書いてあるが、まるで読めない。

「いや、そうじゃなくて、ここでお金を両替できるって聴いたから」

「あっ、そっちですか。店主! 両替したいって言ってるお客様が来ましたよ!」

 そうやって黒エルフメイドが呼んでくれると、えらい色っぽい店主がほどなくカウンターから出てきてくれた。

「……あら? 随分可愛らしいお客さんね。着ている服も珍しいし。もしかして、旅行者?」

「そ、そんなものです……」

 糸のように目が細い。

 開けているかどうか分からないぐらいの細さだ。

 たれ目で、おっとり系のおねえさんといったところか。服装が、ほとんど下着同然。胸元が開いていて、しかもかなりの大きさ。その良さを自分分かっているのか、胸に自分の腕をおしつけているせいで余計にエロい。

 店主というよりかは、夜のお店で働いている人というのが第一印象だ。話し方も、まるで熱にうかされているかのような言い方で、それもまた彼女の艶美さに拍車をかけている。

「それで、どこの国のものなのかしら?」

「ええっ、と。日本のものです。これだけあるんですけど、いくらか両替できますか?」

 財布から三千円をとりあえず取り出した。

 両替できるかどうかは分からないが、見せてみるしかなかった。ここで両替ができなかったら、飢えて死んでしまう。すると、横から見ていた黒エルフメイドが、目を丸くしていた。

「――――えっ?」

「えっ?」

「いえ、すいません。なんでもありません」

 明らかに、黒エルフメイドは日本円を見て動揺していた。手に持っていた盆を落としてしまうほどに、驚愕していた。

(え? 高校生で三千円の手持ちって少ないのかな? 一応、お小遣いもらったばかりで、いつもよりは多い手持ちなんだけど?)

 店主はへぇー、と一言つぶやくと、

「ニホン、ね。あれでしょ? とても豊かな国で、争い事は少ない代償として、物価が物凄く高いって聴いたけど。それってほんと?」

「ええ、まあ、おおむね間違ってないですね」

「そう、面白そうね。私も一度は行ってみたいわね。――行けるものなら」

 不穏そうな雰囲気を出しながら、店主はお金を受け取る。

「少ないですけど、どのぐらいのお金になりますか?」

「少ない? 全然そんなことはないわ。これぐらいあれば、普通に豪邸が買えるぐらいね」

「ごっ――じょ、冗談ですよね?」

「私は嘘も冗談も好きだけど、お金に関してだけ言えば、嘘も冗談も言わないタチなの。だから、安心して。きっちり両替してあげるから。それだけあれば、ここで生活していくのに、なんの苦労もないから」

「は、はあ……」

 壊してしまった店の弁償のためにお金が必要なだけなのに、生活と言われても気のない返事しかできなかった。

(そもそもここはやはり日本じゃないのか? ドッキリ大成功の看板をいつ出してくるんだ?)

「それじゃあ、ここに名前を書いてもらえる。もちろん、偽名とかはなしね。契約が無効になって、両替ができないから。あっ、このテーブルに座って書いてくれていいから」

「は、はい」

 少しごわごわしている紙と、豪華そうな羽ペンを渡される。黒いインクをペン先につけて書かなければならないらしい。ボールペンでも持っていればいいのだが、筆記用具は持っていない。それどころか、通学用のバッグすらない。バスにほとんど置いてきてしまったらしい。

 紙には文字がズラズラ書かれているが読めない。

(両替の注意事項のようなものらしいけど、まっ、別に読めることができようが、できないが、あんまり関係ないか……)

 スマホのアプリをインストールする時だって、日本語でつらつらとよく分からない難しい言葉で説明文が書かれる。そんなもの全部読まずに、適当に同意するボタンをタッチする。それと同じ感覚で実名を記入する。

「書きました」

「うん。これでよし。これで準備は整ったわね。それじゃあ、ちょっと待ってて。しっかり計算するから」

 カウンターの裏に引っ込んだ店主をしばらく待っていると、大きな袋を持ってきた。

 ドンッ! と、明らかに重い音をさせた袋の中身は、眩いばかりの光を放つ金貨だった。

「はい、どうぞ」

「えぇ!? も、持てるかな、これ?」

 店主は、黒エルフメイドに手伝ってもらったから持ってこれたが、こんなの気軽に一人で持ちきれる量じゃない。

(また、日本円に両替して欲しいけど、一度やるごとに手数料とかかかるのかな? だとしたら、最初にどれくらいの量になるか聴いておけばよかったな……)

 袋を一個だけ持ってみるが、五キロの米ぐらいの重さはあった。

「大丈夫よ。持てるか、持てないかなんてあなたにはもう関係ないんだから」

「…………どういう意味ですか?」

「だって、あなたはもう――」

 店主はとろけそうな笑顔をすると、


「ここに有り金全部置いていくしかないんだから」


 眼を怖いくらいに見開く。

「なっ――」

 店主の真横が、まるで蜃気楼のように揺らめく。

 輪郭がブレながらも、天使のような見た目のものが顕現化される。天使の輪っかに、羽を広げた美少女。さっきまではそこにいなかったはずなのに、今は確かに存在している。


「『束縛の審判バインドジャッジメント』」


 まるで工事現場のライトのように、天使は明滅する。

 ペル○ナのように術者の背後に顕現化された天使を見て、楠男は確信した。

(――やっぱり、ここは異世界だっっ!! 異世界転生――いや、生まれ変わっていないから、異世界転移ってやつかっ!?)

 だが、それでも話は矛盾する。

 あの時、眼球は片方潰され、身体のいたるところは滅多刺し。傷のことに目を瞑ったとしても、服の破れや、雨のせいで濡れていた全身。それらのことに説明がつかない。

 ネット小説なら、生き返らせた神様やら女神様が脳内に直接語りかけてくれるはずだが、そんな存在未だに存在しない。未だに謎だらけだ。

(分かることと言えば、どうやら俺が巻き込まれたのはハードモードの異世界転移らしいな……。チュートリアルなしで、いきなりここまで転移させられるなんてっ!!)

 虚空に、光る文字が浮き上がってきた。


【ルールその1 ゲームが終わるまでは誰もこの酒場から出ることはできない】


【ルールその2 江藤楠男とキャサリン・ルールブックの間での暴力行為の禁止】


 文字は日本語で楠男にも読めた。

「私のスキルは空間を支配できるタイプのスキル。この酒場からはもう、決してあなたは逃げることができない。そして、この私を傷つけることも決してできない」

「なっ、んだ、これ……?」

「状況が分からない? 分からないなら教えてあげるわ。あなたはもう、私と戦うしかないの。ゲームでね」

「ゲーム?」

「さあ、始めましょう。――全財産すべてを賭けたゲームを」


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