13.シブキダンジョン 3
「もう、第二階層。なかなかいいペースでダンジョンを進んでいます――と、いいたいところなんですけど、そろそろ日も暮れてきましたね……」
「……ダンジョンで太陽があるのもなんだけど、なんで日が暮れるんだ……? ツッコミどころが多すぎて最早ツッコミが追いつかないな……」
シックスの足は、もう棒になりそうだった。第一階層、第二階層と、出会ったモンスターはたったの二体。しかも、モンスターの中でも最弱に位置するゴブリン。それだけの戦闘しかしていないというのに、もう疲弊しきっていた。
もう、六時間以上は歩きっぱなしだ。夜型で、さらには運動のしない帰宅部だったシックスにとって、この苦行は地獄だった。スキルで傷は治癒できても、体力を回復させることはできない。肩を落としてゾンビが徘徊するみたいに、のそのそ足を動かす。アリスも疲労の色が見えている。そして、シルフィは涼しい顔をしているが、微妙に顎のラインを汗がなぞっている。装備はしていないものの、メイド服を着こんでいるので、長時間の移動には明らかに向いていない服装をしている。もしかしたら、シルフィが一番しんどいのかもしれない。
シックスだって、もっと運動に適した服をダンジョンに入る前に薦めた。だが『ご主人様の命であっても、それは聞けません。何故なら私は奴隷メイドですから』と何やら意味不明なことを力説されたせいでシックスも説得を諦めた。
「そろそろ、限界ですね……」
「野営でもするんですか? シルフィさん」
「……ああ、そうか。そうでしたね。アリスさんにも私のスキルについて教えていなかったですね。私のスキルなら、野営しなくても大丈夫ですから」
「えっ?」
シルフィは手を中途半端な位置まで挙げると、
「『秘密の宿屋』」
ぽつりと独白のようにスキル名を呟く。派手なエフェクトや効果音などのゲーム的な演出は全くなく、ただ、ぽつんと、眼前にありえない光景が広がっていた。
ダンジョンに、木彫りのドアが現れた。
シルフィは突然現れたドアノブを回す。
「えっ、これって――――――ドア……?」
「さあ、入ってください」
どこにでも具現化すことができるドアを、シルフィが開いて招き入れる。
その中にあったのは、宿屋だった。
「ここが私の宿屋です。寝室が一部屋で、人数分のベッド、風呂場があり、シャワー完備。キッチンもあって、料理のための材料もあります。宿泊費はもちろんとりませんので、ご安心ください」
「は、はああああああああああ!?」
シルフィが造りだしたドアは薄っぺらいものだった。外から見ると、そこにはドアしかなくて、その後ろに空間が広がっているわけではない。だが、ドアを開くと宿屋があった。実際に室内に入ってしまうと、それが幻覚の類のものではないと確認できた。
「キャサリン様が空間を支配するスキルなら、私のスキルは空間を創造するスキル。この宿屋は私のスキルで造りだした空間です」
「いや、空間を作り出したって、中にあるもの全部、あんたの魔力で造りだしのか?」
「そうじゃありませんよ。私がスキルで造ったのはあくまでこの宿屋だけです。中にあるものは実際にあるものを運んだんです」
「じゃ、じゃあ、この空間は言うならば、一つの世界として独立しているのか?」
「ええ、私が自在に出すことができます。この宿屋を生み出していない時でも、この宿屋の中にあるものはなくなりません」
「は、はぁ……」
シックスはまだ理解が追いついていなかったが、これ以上話をしても頭がパンクするだけなのでそろそろこの宿屋とはなんぞや? みたいな質問は打ち止めにしておく。代わりに、シックスみたいな阿呆でも分かることを訊いてみる。
「凄い、確かに凄いけど………………これって、戦闘向きのスキルじゃないよな?」
「…………もしも強いモンスターに襲われたら、ここに逃げ込むことができますよ?」
眼をそらされても、心が怒りに満ちたシックスは騙されない。
「さっきまで偉そうに指導した癖に、お前が一番の戦力外じゃねぇかああああああああああ!!」